1本目 さいかい①
──これが去年の夏のこと。あれから、勇太は全国大会に出場したものの、予選を突破することは出来なかった。俺はと言うと、あの大会で引退して以来、陸上競技から自然と離れていった。そして今日は清蘭高等学校の入学式だ。
「…だりぃ」
長かった入学式が終わり、それぞれの教室に向かって歩く。
「一年二組…って、おわっ!」
誰かとぶつかった、いや、ぶつかられた?そう思って振り向くと見覚えのある顔がいた。
「陸久、久しぶり!これからよろしくな!」
「…勇太!?なんで!」
「なんでって、俺も同じ学校入学したからだよ。」
「そーじゃなくて!」
勇太は訳が分からない、というふうに首をひねる。
「なんでお前が強豪でもない、てかむしろ弱小に分類されるような学校来てるんだ!?お前は光桜学園行くんじゃないのかよ!」
「家から近いから。」
「…はぁ!?」
「てかそもそも光桜行くなんて誰にも言ってないし、元々清蘭行くつもりだったし。」
勇太は淡々とした調子で続けた。
「でも、陸久の理論で言うなら陸久こそ光桜学園行くんじゃないの?あそこ凄い強豪だし。なんか清蘭に特別な思い入れとかあんの?」
「…っ」
言葉に詰まった。確かに清蘭にとても行きたかった訳では無い。ただ、理由がなかった訳でも無い。
「…んだ。」
「え?」
「俺、陸上競技、辞めるんだ。」
「っ!なんで…っ」
「だから弱小のここに来た。陸上を忘れるために。」
「いや、だからなんで?陸久なら上を目指せる。それなのに…。」
「本気でやっても、ダメだったから…。」
勇太は何かを思い出したかのように目を見開いた。
「中学の県大会の三ファをまだ引きずってんのか…?」
「…。」
「それならまたやり直せばいいじゃん、高校からでも!まだ…っ」
「もういいだろ!?」
「…っ」
「俺自身がもうやらないって言ってるんだ!俺の勝手だろ!?」
「陸久!待っ…」
引き止めようとする勇太を置いて俺は教室に入り着席した。これでもう勇太は俺の所には来ないだろう。少し寂しい気がしたが、気づかない振りをして窓の方を見た。…ところが。
「なんでお前が隣に座ってんだよ!?」
「ここが俺の席だからだよ!」
「同じクラスかよ!」
「逆に知らなかったのかよ!知ってて教室入ったのかと思ったわ!」
「はぁ?」
「だから、『立ち話はなんだから、教室の中で話そう』的な。」
「んな訳あるか!」
勇太は冗談だよ、と笑った。
「…何がおかしいんだよ。」
「いや?なんか、楽しいなって思ってさ。」
「言っておくけど、俺は陸部入るつもりないからな。」
「…。陸久が本当に陸上やりたくないなら仕方ないよ。俺も何も言わない。」
「…。」
「けど、本当はやりたいけど怖いから、また、大好きな走り幅跳びで同じミスをしたらって考えて辞めるならそれは考え直した方がいい。」
「…違っ」
違うと言いかけて躊躇った。でも、そんな訳ない。そんな、怖いなんて理由じゃないのに…。
「後悔、しない?」
全てを見透かされてるような、そんな目に少しドキッとした。でも。
「…する訳、ない。」
勇太少し目を見開いた。そして
「…なら、いいんだ。」
少し、悲しそうな目で窓の方へ目をやった。
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