此処でひとり、刹那をきみと

天羽 宇月

プロローグ

「嘘…だろ…?」 

全国大会出場は確定、全国でも戦える。そうやって周りからも言われのに。それでも慢心しなんてしてなかった。いつだって全力だった。まだ中学生だけど人生を賭けてると言っても過言ではなかった。それなのに。

「ファール…?」 

まさか、こんな、県大会の、それも予選で自分の中学の競技生活が終わってしまうなんて有り得ない。でも、何度見たって目の前の赤旗は変わらない。スパイクの中の砂が足の裏を刺激していて気持ち悪い。重い足取りで砂場から出ながら頭の中で様々なものが駆け巡る。血の気が引いている。日差しが暑い。視界が揺れる。喉が渇く。手が冷たい。心音が聞こえる。そんな事に思考を奪われる。奪われようとする。

「まさか、森中の青羽が三ファで全国逃すなんて…。」

周りの、選手や先生方の声が聞こえる。五月蝿い。そんなの、自分が一番驚いてる。三本ともファールだなんて。一本でも足が合えば余裕で全国の標準記録を突破できるはずだった。たとえ足が上手く合わなくたって決勝に行けばまだチャンスはあった。なのに…。

「決勝に残らない人は自分のマーカーを片付けて学校のベンチに戻ってくださーい。」

審判の先生の声が聞こえる。…嫌だ。まだここに残っていたい。でもそれは許されない。足を合わせる為のマーカーを片付けて走り幅跳びのピットから離れようとした時、声をかけられた。

「…勇太?」 

勇太は違う中学だが、お互いにいいライバルであり、友人だ。県ランキングは俺に次いで二位で、今回の大会では既に標準記録を突破していた。

「陸久…大丈夫か?」

大丈夫だ、問題ない。全国大会頑張れよ、全国決めて安心すんなよ、ちゃんと6位以内入って地方大会にも出場するんだぞ、かけたい言葉は沢山ある。激励だってしないといけない。それなのに言葉が出てこない。出てくるのは悔しさと、情けなさと、嫉妬が入り交じった醜い涙だけだ。

「り…」

「北中の河野君、決勝始まるので来てください。」

勇太は心配そうに俺を見つめ、そして幅跳びのピットの方へ走っていった。今まで逸らしていた目を勇太の背中の方へ向ける。なんとなく眩しくて、居心地が悪くて、スパイクを脱いでひっくり返した。地に落ちるはずの大量の砂が風に攫われていった。

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