探訪②
紗希姉は、死にたがっていたのです。
美しかったあの室堂平で、死にたがっていたのです。
紗希姉は絵を描くことが得意でした。失踪したとき、スケッチブックと水彩絵の具が消えていたので、きっとそれらを持って行ったのでしょう。
室堂平についたとき、私はすべてを話しました。何があったのか、奥田さんに捜査のためとして教えていた情報もすべてあいちゃんに話しました。
「私が中1の時にね、紗希姉が失踪したの。持って行ったものは、スケッチブックと水彩絵の具だけ。姉ちゃんは絵を描くことが大好きだった。」
私が語り始めたのは、唐突でした。今までずっと黙って歩いてきたため、他の3人は少し驚いた様子で私の話を聞いてくれました。
「私はあわてて、どうにかして紗希姉に帰ってきてほしくて、奥田さんに依頼した。その時、私はまだ12歳だった。ガキかって言ってバカにされたけど、そんなことは関係なかった。どんなことを言われようと、されようと、私には紗希姉に戻ってきてほしいという思いだけしかなかった。
それでも、なかなかお姉ちゃんは見つからなかった。
そうしている間にね、中2の終わりがけに、出勤していったはずの友希姉が突然家に帰ってきた。私はまだ学校に行く前で、ちょうど顔を洗っていた時だった。
『電車の中でものすごい息切れがした。動悸も。もしかして、私……。』って友希姉は言って、ものすごく怖がっているように見えた。心臓病とか、そういうのになったとばかり思ったの。2人でいろんな病院を回って、なかなか診断がつかなくて、やっと西の森にある精神科の病院でパニック障害だっていう診断がついたの。それで、私たちは病院の近くに住むために、引っ越しした。それで、私は転校した。
友希姉にとって、電車に乗れないのは致命傷だった。職場に行くためにはどうしても電車に乗らなきゃいけない。そのうち会社に行けない日が増えてきたの。
どうにかしなきゃ。生活費を稼ぐために、何とかしなきゃ。そして紗希姉は帰ってこない。2つの心配事が重なって、本当に苦しかった。そんな時にね。
奥田さんから連絡があった。紗希姉の居場所が分かったって。そこが、この室堂だった。私は体育大会の日、すべてあいちゃんに話した。そして、ここからは知っての通り、瀬川さんや奥田さん、それにあいちゃんが協力してくれたおかげで今私はここにいる。
生きてるかな。
ねえ、もし死体が見つかったらさ、連れて帰っていいよね?」
「それは難しいな。」
奥田さんは冷静に言いました。
「そもそも、ここに来たと思われるときからかなりの歳月が経ってる。死体はまず見つからないだろう。それに、法律的な問題もある。連れて帰るためには、いわゆるバラバラ死体というやつにしなきゃいけない。それは紗希さんが不憫だろ。」
なんともグロテスクな話をしていましたが、奥田さんの喋りは流暢でした。
あいちゃんが言いました。明るさを保つよう努力したうえで。
「行こ、探しに。早く見つけよう。」
室堂平の真ん中に、大きな岩があります。私は真っ先にそこに向かいました。子供のころ、ここで遊んでいた時、あの岩の影が紗希姉のお気に入りの場所だったからです。室堂にいるとしたらここかな、そういう思いが半分くらい、もっと奥地に入って行ってしまったのかもしれないという気持ちが半分くらいでした。
岩陰をのぞき込みました。
すると、色褪せたスケッチブックと、カラカラに乾燥した絵の具が無造作に置かれていました。
紗希姉のものだ。
私は一瞬でピンときました。
この場所こそが、紗希姉が最期を迎えた場所だ。
私はおもむろにスケッチブックを手に取りました。走り回っている子供たちの絵、山々の風景画、記憶の中の美しい室堂。
私とお姉ちゃんたちの中だけで共有されている、美しさ。そして儚さ。
私はそんなものを感じました。
私は泣き崩れました。奥地を見に行っていた他の3人が、私の声に気付いてやってきました。
「うわあああああああああああああああああ………ああ……」
あいちゃんが私の肩に手を置きました。そして、一つの言の葉を贈るわけでもなく、何をするわけでもなく、ただそこに、居てくれました。私は嬉しかった。悲しかった。苦しかった。
紗希姉が描いた絵の中の1枚は、私たち姉妹3人の姿でした。満面の笑みを浮かべてピースしています。写真のような絵画でした。
お姉ちゃんは、私を愛してくれていました。私たちを置いてあの世へ旅立って行ってしまったけれど……。
そしてあいちゃん。私のためにこんなに親切にしてくれてありがとう。
私は感謝の想いでいっぱいになりました。
私は何時間もそこで泣き続けました。
いま、これを書いている私の足はがくがくしています。足が疲れたからです。そして、目は真っ赤に腫れています。
私は決めました。私が心のままにつづってきたこの文章を、お姉ちゃんに、そしてあいちゃんにささげようと。読んでもらうかどうかは関係ありません。彼女たちのために、私はこれを書くのです。
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