第7話 絶対に猫を怒らせないと誓います



「お〜い。引きこもり! 今帰ったのじゃ!」


 急に扉がトッティの声と同時に勢いよく開けられた。

 

 なんだ。引きこもりって。

 俺はある意味そういう言葉に関しては地獄耳なんだからな。って、まぁ俺はもう引きこもりじゃないしそんな事どうでもいいや。 


「おうモグモグ……。お前が来るの遅かったからお前の分まで昼食食べちゃったぞ。一体どこいってたんだ」 


「な、な、な、なんで遅かった程度でわれの大事な昼食を勝手に食べるのじゃ!?」


 トッティは俺の言葉に涙目になりながら怒ってきた。


 俺はてっきりこんなに昼食に遅くなるならどこかで食べてきているものだと思っていた……。

 まぁ食べちゃったものは仕方ないよね。吐き出してそれを食えとか、そんな残酷なこと言えないし。


「もぉ……そんなに怒るなよ。血糖値だったっけ……まぁなんかが上がるぞ? ほらこれ。お前のために残しといてやった焼き魚だ。よく味わって食べるんだぞ?」


 俺は唯一、最後の楽しみのために残していた焼き魚をトッティへと向ける。


 はぁ。仲間のために食べ物を譲ってあげるなんて、俺ってめちゃくちゃ優しいな。


「ニャッフ!」


 トッティが俺の皿を受け取ろうとしたとき、真っ白な謎の影が一瞬横切った。姿こそは見えずに謎だが、その鳴き声は聞いたことがある。


「なんだこの猫! どこから入ってきたんだ!? 」


「お主はバカじゃのぉ〜。ほっほっほっ」


 トッティは俺の反応を見て楽しそうに笑ってきた。

 俺はその様子からトッティが、この猫についてなにか知っているのものだと思った。


 でも今はそんなことよりも、皿の上にあった魚がなくなり猫の口に咥えられているという事実のほうが俺にとって重大なことだ。


「くそ……俺が大事に取っていた久しぶりの焼き魚を奪いやがって」


「さっきわしのって言っておらんかったか!?」


「……いやそんなこと一言も」


 トッティは「ムキー」と猿のように怒ってきた。


 はぁ全く。これだから思い込みってやつは厄介なんだよな。俺は怒っているトッティのことを見て、呆れていたその時。


「ご主人様! もっと魚ほしいです!」


 俺たち以外にいるはずのない部屋から声が聞こえてきた。


 あまりにも怖かったため、一瞬にしてすべての脳細胞を使って過去どこかで聞いたことある声なのか記憶を探ったのだがそれは無駄骨になった。本当に、まったく一度も聞いたことのない声が聞こえてきたのだ。


 そう。その声の発生源はまるで……。


「猫が喋った!?」


「ふふふ……。驚くのも無理ないのじゃ。この猫は上位種である、喋べれる猫なのじゃ!」


「ご主人様ご主人様! われの名はミーちゃなのニャ! われはご主人様に従うのニャ!!」


 俺の方を見ながら目を輝かせながら言ってきた。どうやら、なぜか勝手に猫の主人になってしまったようだ。


「んな!? わしが拾ってきたのになんでこんな見るからに汚そうな、引きこもりになついているのじゃ!?」


 トッティは「ガーン」という効果音が出るほどに、膝から地面に崩れ落ちた。

 俺は、そんなオーバーリアクションをとっているトッティには申し訳ないのだが……。


「………俺、猫嫌いなんだよね」


「なんじゃって!? お主。それは本心なのか!?」


 トッティは俺の言葉を聞いたやいなや、急に立ち上がりこれまでにないほどの目力で聞いてきた。


「ん? ほら。上から目線なところとか特に。」


「そうかそうか……。お主はまだその段階なのじゃな……。なら教えてやるのじゃ。猫がどれほど尊い存在なのかを……」


 トッティは腕を組みながら俺の言ったことに納得し、どこからともなく出てきた紙を壁に貼り、これまたどこからともなく出てきた如意棒のような伸び縮みするものを俺の方へ向け、ニッコリと笑った。


 その笑顔はただの子供の笑顔のようにも見えるのだが、俺の目には悪魔の笑顔に見えた。


■□■□


――あれから3時間


「……であるからして、猫という生物は人間……いいや生物全体から見ても優れているということがわかるのじゃ。これをふまえて、猫の尊さを考えると……」


「あの……トッティ博士……」


 俺は力が入らず、フラフラとしている右腕をなんとかあげ質問した。


「のじゃ? なんじゃ? ねぼすけ」


「ねぼ……。あの、これって……あとどれくらいで終わりますか?」


 俺は楽しそうに白衣のような服までも着ながら、笑顔で見てきているトッティに向かって質問する。


 勝手につけられた、バカにしている呼称が気に食わなかったが今はそんなことどうでもいい。

 それよりも終わりが知りたかった。


「そうじゃなぁ〜……。今は、まだ序章の部分だから……ざっと計算するとあと2日で終わるのじゃ!」


「ふ、2日……。長すぎだろ……」


 俺の本音は無意識に口に出ていた。


 俺は慌てて口をふさいだ。だが、言ってしまったものは取り消し不可能だ。なぜ俺がこんなにも焦っているかというとこの言葉は捉え方次第で、猫について真剣に語っていたトッティに対する侮辱行為になってしまう。

 

 俺は相手の様子を伺い、つばを飲み込んだときトッティの口が開かれた。


「そうじゃそうじゃ。それほど猫という生物は尊いということなのじゃ」


「そうなのか……?」


「そうなのじゃ。質問してても進まないのじゃから、続きを始めるのじゃ。え〜と今は……尊さの場所じゃな。尊さという言葉にも様々な……」


■□■□


――そして2日後


「……というわけなのじゃ。どうじゃ? 猫の尊さを理解できたのじゃか?」

 

「う……。あ、あぁ……り、理解できた。できたからもう寝てもいいよな……?」


 俺は2日寝ずに、ずっとトッティの猫についてを聞いていたので今にも死にそうなほどにもう体力は残っていなかった。


「うむ!」


「はぁ〜……」


 俺はトッティから許可が出たので頭からベットに倒れ込んだ。そのベットは、日本にいたときのほうが確実に柔らかかったが、疲れ切った俺にはそんな硬いベットでも最高級のベットに感じ取れることができた。


 もう疲れた。

 今の俺の脳内にはその一言しかなく、重いまぶたを閉じようとしたその時。


「ドンドンドンドン!」


 ドアが叩かれ、睡眠がそがれる。

 その音は、ノックとは流石に捉えづらいほど大きすぎる音だった。


「なんじゃ?」


「開けろ」


 トッティの言葉を返したのは、命令口調の男の声だった。


 不穏な空気を感じとった俺は、もう頭の中がこんがらがりあまり良くない状況なのだが頑張って起き上がり、壁にもたれかかった。


「のじゃ? もしかしてるーむさーびすなのかじゃ?」


「がはは……。あぁそうだ俺はルームサービスだ」


「そうかそうか! では入っていいぞ!」


「……おい。お前! こいつがどうなってもいいのか?」


 男は入った途端、トッティの首を腕で固定しそこにナイフを突きつけた。


 こいつ。なんなんだ?


「な、なんなのじゃ!? さてはお主、るーむさーびすじゃないのじゃな!」


「……ん?」 


 トッティがわざとルームサービスなのか聞いたのは、ここに入ってくるやつを騙す高等テクニックなのだと思っていた。だがそれは、本心からの言葉だったらしい。


 はぁ……。頭を使ったせいでよけい眠くなってきた……。


「おうおうおう! てめぇ。俺様の前で寝てんじゃねぇぞ! 俺様はヘンズっつう者だ。てめぇらが最近噂になってるヨズミーヤを討伐した冒険者だっつうことは知ってんだ。早く金をよこしな!」


「か……ね……?」


 俺は男の怒声をきいて、頑張ってまぶたを開き問いかける。


「あぁそうだ!」


「やだ」


 俺は男の言葉に即答した。


 だってそりゃあそうだろう。

 金がなくなったら俺たちはこの先どうやって過ごしていてばいいんだ。またホームレス生活か? もう、あんな生活はこりごりだ。


「あぁん? そんなこと言っていいのか? もう一度言ってみろ。まぁいったときにはもうこいつは死んでるがな。がははは!」


「や、やめるのじゃ〜!! おいマサル! 早く金なんか渡してわしのことを助けるのじゃ!! こやつ本当にわしのこと殺す気じゃぞ!!」


「やだ」


 俺はまたしても即答した。


 ここでトッティが死ぬのは悲しいがこいつは実際とくに役に立ったことがない……。と思う。あぁだめだ。頭がおかしい。寝ないと……。


「なぬ〜!!」


「がははは!! 仲間より金を取るのか……。てめぇ気に入ったぞ。俺様の右腕にしてやる」


「…………」


「チッ。まぁそんなことはどうでもいい。」


 男は俺が無反応だったことが気に食わなかったのか、舌打ちをした。 

 今の俺にはそんな事どうでもいい。だって今まで生きてきた中で一番眠いんだもん……。


「嫌なのじゃ〜! 嫌なのじゃ〜! わしこんなところで死にたくないのじゃ!」


「がははは! 恨むのならてめぇのことを売ったこの男を恨みな!」


「ニャフン!」


「うっ……。な、なんなんだ!?」


 俺は、男が決め台詞のような言葉を言ったあとになぜか怯んだような言葉を発したことにびっくりし目を開けた。


 男の視線の先を見ると怯えた声をあげさせた正体がいた。そう猫だ。トッティが拾ってきて、なぜか俺になついていた真っ白な猫。


「ニャ……」


「ッチ。猫かよ。」


 猫は男の顔めがけて飛びかかる。

 男は避けようとしたがその速さには抗うことはできず猫の攻撃を真正面から受けることになる。


「ニャウニャウニャウニャウニャウ!!」


「うわぁあああ!!」


 猫は男の顔を何度も何度も引っ掻いた。それはもう、何度も。そして倒れた男の顔は悲惨なものだった。

 顔全体に爪で引っ掻いたあとから血がにじみ出ている。めちゃくちゃ痛そう。


「しゅ、しゅ、しゅ……しゅごい!!」


 トッティは地面に倒れ込んだ男と猫を見比べていった。

 俺もその意見に同感だ。猫のくせに、強い。


「どうだニャ。悪党はくたばるのニャ!!」


「うっ……」


 猫は気持ちが良さそうに俺のいるベットに飛び乗って膝におでこをこすりつけてきた。


 正直、人を引っ掻くだけでダウンさせることができる猫なんて怖いのだが……。


「お前は今日から俺たちの仲間だ……」


「ニャ!」


 断じて、この猫がいれば俺たちは戦わなくてもいいんじゃないかとか思ったりしていない。


 ……いや少し。ほんの少しだけ思ったかもしれない。

 

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