第3話 悪の組織に殴り込みをかけるには


 牧島嶺緖は混乱していた。

 それもそうだろう。目が覚めたら知らない場所にいたのだ。これで混乱しない者は、危機感が欠落しているか、慣れきっているかだろう。


 「……? 私はどこ? ここは誰?」


 記憶喪失のテンプレのように、すっかり混乱しきっていたのだ。

 室内に設置されたベッドの上で、嶺緖が頭を抱えこんでいると、部屋のドアが左右に開いた。どうやら自動式らしい。


 「邪魔するぞ」

 「ファッ!?」


 入ってきたのは、学校も見た虫怪人である。彼は身長が高いせいか、入室の際にちょっとかがんでいた。

 突然の怪人の出現(本日二度目)に、嶺緖は驚愕した。


 「かかっかかっかかかか、怪人……!!!」

 「落ち着け」


 そういって嶺緖を落ち着かせようとする怪人の手には、クマのぬいぐるみが握られていた。

 はっきり言って、シュールである。


 「ほら、クマちゃんだぞ〜」

 「はっ! そうやって私をクマちゃんで懐柔しようたって……」

 「ぼくクマでちゅ。仲良くしてほしいでちゅ(虫怪人くん迫真の裏声)」

 「うんっ!!!!!111!1!!」

 「えぇ……」


 とんでもないチョロさに、怪人も困惑を隠せない様子である。


 「落ち着いたか?」

 「うん。でも、何で私がクマのぬいぐるみが好きだってわかったの?」

 「組織の調査力だ」

 「調査力しゅごい……」


 誘拐対象の好み一つ調べられない場所に、怪人など所属していない。


 「はっ、そうだった! 学校の皆はどうなったの!?」


 我に返った嶺緖は、クマのぬいぐるみで忘れていたことを思い出した。

 自分がここにいるということは、何かあったに違いないということだ。


 「……あの場にいた者は、一人を除いて気絶した。あのムテキなる少女のせいでな」

 「無敵ちゃあああああああん!?」


 嶺緖は、意識を失う直前のことを思い出した。

 鬱憤の溜まった無敵が、クラスメイトを巻き込みながら暴れまくる光景を。

 無敵の、考えなしの直情的行動に、嶺緖は頭を抱えた。


 「い、いつもいつも……無敵ちゃんや甘粕君達が“頑張る”と、些細な事件でもスケールが累乗されて……」

 「あ、あー……それは……災難だったな……今回も……」

 「ホントだよ、もう……」


 ついに膝を抱えて丸くなってしまった嶺緖。

 それに対し、何も言えない怪人であった。


 「……それて、私はこれからどうなるの……?」

 「それはおれにも分からん。攫ったは良いが、上で揉めているらしい

 「えぇー、グダグダー」

 「耳が痛いな。そして、決まるまで、おれが護衛と言うことになる」

 「え〜? 貴方が〜?」


 嶺緖は、怪人に疑惑のジト目を向けた。


 「おれでは不服か?」

 「だって貴方、怪人の癖に、生身の錦くんや無敵ちゃんに勝ててないじゃん!」

 「ぐっ! い、いや、あれに関してはおれが弱いのではない! 奴らが異常なだけだ! 何なんだ奴らは、本当に人間なのか!?」


 あの二人は、怪人から見ても明らかな脅威らしい。

 不運にも超人類二人に当たってしまった怪人は、弁解に必死だった。


 「はぁ……先が思いやられる……」

 「多分、ヤバ校(矢倍高校の愛称)の皆は私を取り返しに来ると思うよ。総力で」

 「(無言で天を仰ぐ)」


 無慈悲な宣告は、怪人を絶望に叩き落とすには、十分過ぎる程だった。




 ◇




 ところ変わって矢倍高校の体育館。そこに、大勢の生徒たちが集まっていた。

 その中心にいるのは、不死身無敵と、甘粕錦だった。


 「これより、第一次“牧島嶺緖を取り返すぞゲットバック作戦”を開始する」

 『押忍ッ!』


 体育館が若干揺れる程の大音量の返事を返す生徒たちは、それぞれ武装していた。

 これから悪の組織に立ち向かうのだから、当然とも言える。


 「つってもよぉ、お前ら。あの程度で気絶するなんざ、弱過ぎるよなぁ?」

 「いや、あれは……」

 「ってことで、お前らには“ゼロ”をくれてやる」

 『“ゼロ”?』


 無敵のいう“ゼロ”とは何なのか。

 錦を除いた生徒たちは疑問に思った。それと同時に、果てしなく嫌な予感がしたのだ。

 そして、その予感は当たった。当たってしまった。


 「ううううおおおお……」

 『!?』


 突如として無敵の胸部が、目に見えて膨らんだ。

 その膨らみは徐々に上へと昇って行き、ついには口内へ到達した。


 「がはぁッ!」

 『うおおおおああああ!?』


 そして、それは勢いよく吐き出された。

 まるでナメ〇ク星人のようだ。


 「こいつが“ゼロ”だ」

 『こ、これがァ〜!?』


 緑色の脈動する水溜りのようなもの。

 それが、無敵のいう“ゼロ”だった。


 “ゼロ”などという大層な名前なので、どんなものかと期待していた生徒たちは、かなり引いていた。

 それもそうだろう。クラスメイトの体内から、明らかに異生物と思わしき存在が、『吐き出された』のだから。


 困惑する生徒たちの中、錦が話を引き継いだ。


 「これこそが、『極限環境微生物“ゼロ”』。無敵の体内という絶対安全圏を得たことにより増長し、ついには神ならぬ身にて神域へと至るべく適応と変異、そして進化を繰り返す化物だ」

 『す、凄え……!!!』


 ざわめく生徒たちを置いて、錦は更に続ける。


 「これを経口摂取すれば、胃の中で爆発的に増殖し、体中へ広がって行く。最終的には脳まで達する。ここまで来た人間は、ゼロの出す様々な分泌液と未知のエネルギーによって、不死身に近い耐久力や生命力、そして、怪人すら凌駕する身体能力を得るのだ。これを摂取したならば、最早寿命で……人間として死ねるとは思わないことだ。不死身の怪物として永劫に現世を彷徨い、神をも超えるべく進化を繰り返すだけの存在になる。精々、心を強く保つことだ……」

 『……』


 誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。

 勇猛果敢なスト学生といえど、流石に死ねなくなるのはごめん被(こうむ)りたいのだろうか。


 『……じゃねぇ……』

 「何ぃ? 聞こえんなぁ?」

 『最ッッッ高じゃねぇかッッッ!!!』


 一人を皮切りにし、次々に歓声が上がる。

 ここに集まった生徒たちに、死を恐れる者は一人としていない。また、『死ねない』ことを恐れる者もいないのだ。


 そして、生徒たちはこぞって“ゼロ”にむらがり、その一部を掴み取って、飲み込んだ。

 その様子は異様極まりなく、事情を知らない者が見たら、邪教の儀式か何かと思うことだろう。


 「よし! ならば私はここに宣言する!』


 全ての生徒が“ゼロ”を飲み込むのを見届けた無敵は、両手を大きく広げ、声を張り上げた。


 「邪魔する奴は例えヒーローでも警察サツでも関係ねぇ! 見せしめに半殺しにでもしてやれ! ちょっとばかし超能力や権力がある程度では、無敵軍団は止められないことをその身に刻み込んでやるのだッッッ!!!」


 『応ッッッ!!!』


 「そして愚かな怪人共にもだ! 何が目的かは知らんが、よりにもよってこの矢倍高校の生徒を攫ったことを後悔させてやれ! 例えその目的が世界征服でも世界平和でも関係無い! 無敵軍団が刹那と反射神経で生きていることを知らしめてやるのだッッッ!!!」


 『応ッッッ!!!』


 「邪魔者はゴミクズの如く殺し、壊れるまで犯し、欠片すら残さず喰らう無法にして最凶の我が無敵軍団よッ! 天国を引きずり落とし、世界を滅ぼし、地獄を踏み潰す最狂の無敵軍団よッッ!! 神々に逆らい、人間の理から外れ、悪魔すら屠り去る最強の無敵軍団よッッッ!!! 無敵力の寵愛は我らにありッッッ!!!」


 無敵は右の拳を振り上げた。

 すると、“どこからともなく極彩色の風が吹いた”。

 まるで無敵たちを祝福するような極彩色の風は、そこにいる全員の髪や制服を揺らす。

 そして、無敵は再び声を張り上げた。


 「ただ今より、矢倍高校 2年 虚無きょむ組 無敵王であるこの不死身無敵とッッッ!!! “ゼロ”の力を得た不死身の無敵軍団であるお前たちでッッッ!!! 牧島嶺緖を取り戻すのだァァァァッッッ!!!」


 『ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!』


 歓声は爆発となり、体育館中を震わせ、ついには全ての窓ガラスを木っ端微塵に砕いた。

 

 「お前ら行くぞおおおおッッッ!!!」

 『ウオオオオッッッ!!!』

 『正義は我らにありィィィィッッッ!!!』

 『万歳ッ! 無敵軍団バンザアアアアイッッッ!!!』


 体育館の壁をぶち抜き、校門すら吹き飛ばし、無敵軍団は走った。


 吹奏楽部ウォークライヤーたちが特殊改造エレキギターや、特殊スピーカー付き太鼓ドラムをかき鳴らす。

 無敵軍団は、“ゼロ”の恩恵である身体能力を生かした速度を維持したまま、一糸乱れぬ動きで突き進む。

 公道を車以上のスピードで、器用にも車にぶつからないように走り回る。

 先頭の無敵がジャンプすると、後続の無敵軍団もジャンプする。それは、まるで津波の如き有り様だった。


 「さあ! まずは見せしめに、何たらとか言う悪の組織の研究所を潰すぞ! 研究員は一人も逃すな! 検体(被害者)は捨て置け! 目的は悪の組織のみ! 研究所にいる構成員は八つ裂きだ! 四肢をもぎ取った後、ケツから棒にぶっ刺す! それで次のアジトに直行、繰り返しだ! 錦ぃ! 場所は割れてんだろうなァ!?」

 「割り出してある! 日本のは全部だ!」

 『ヒャッハァァァァーッッッ!!! 略奪だァァァァッッッ!!!』

 『潰せ! 殺せ! 滅ぼせ!』

 『女の研究員がいたら俺にくれ! 壊れるまで犯したい! その後はホルマリン漬けにして保存してやる!!! ああ、勃ってきたぜ!』

 『私にはイケメンをちょうだい! ああ、苦痛を浮かべた表情が目に見える!!! 想像しただけで濡れたわッッッ!!!』

 『食いたい! 人間食いたい! 美味そうな奴がいたら食わせろ!!!』

 『何たって正義は全部こっち側にあるんだから! 俺たちは正義の名のもとに何をしても許される!!! 最高だぜッッッ!!! 正義! 俺たちが正義! だってあいつらが全部悪いんだからなァッッッ!!!』

 『我らは不壊金属(アダマンタイト)の守護神により守護(まも)られている! かの大神の名のもとに、悪魔の尖兵どもを殲滅せん! ああ! 斯くあれかし、不死身無敵ッッッ!!!』

 『我が魂はァァァァッッッ!!! 無敵と共にありィィィィッッッ!!!』

 「見えてきたぞォォォォッッッ!!!」


 生徒たちが、様々な欲望と闘争本能を剥き出しにする中、目的地が見えてきた。

 それは一般の民間研究所に、巧妙に偽装された悪の温床であった。

 ただ、それはIQ300は確実とされる錦の頭脳の前には全くの無意味。あっけなく見つかってしまったのだ。


 「さあ! 喰らえ! 喰らい尽くせ! 奴らを一匹残らず全滅することで、更なる存在へと進化を繰り返すのだァァァァァァァァッッッ!!!」

 『うおおおおォォォォォォォォッッッ!!!』


 かくして、世界の滅びに繋がりかねない悪夢の蹂躙劇が始まった。



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