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増田朋美

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寒い日だった。この時期ではこれが当たり前なんだろうけど、やっぱり寒いのは嫌だなあと思ってしまうのは、なぜなんだろうか。まあ、肯定的に取るのも、否定的に取るのも、所詮人間のすること、と思っておけば、世界は何も変わってなくて、安心するのかもしれない。

その日、水穂さんのもとに、また浜島咲がやってきた。彼女がいつもここにやってくるのは、なにか悪いことがあったときだとわかっているから、杉ちゃんなんかは、

「今日は何がありましたか。なにかお琴教室でトラブルでも?」

と聞いてしまうくらいだ。

「ええ、今回は、明らかにあたしが悪いわけでもありません。ウェブサイト側から、悪人にされちゃったんです。」

と、咲は言った。

「ウェブサイトですか?」

と、水穂さんがそう言うと、

「ええ。もちろん、ウェブサイトからです。正確には、ウェブサイトを運営している人にそう言われちゃうってことかな。」

と、咲は、大きなため息を付いた。

「ウェブサイトって、なんのサイトからだよ。」

杉ちゃんがそうきくと、

「はい。そうなのよ。最近さ、あたし、通信販売で色々着物とか買うんだけどさ。それで、最近、個人で不用品を売買する、フリマアプリってあるじゃない。それでね。」

咲は、そう話し始めた。

「はあ、フリマアプリでトラブルでもあったか。」

杉ちゃんが言うと、

「ええ、そういうことなんです。杉ちゃんあたしの話を最後まで聞いて。そういうサイトだとさ、時々、ホントの価値を知らないで、ものすごいものを格安で入手できちゃうっていうことがあるじゃない。ほらあ、とんでもなく立派な帯が、300円で手に入ったことがあったとか、そういうことよ。それでね、あたしもさ、ほしい着物が見つかって、でもサイズがどこにも表示されてなかったから、出品者に教えてくれって言ったのよ。そしたら、あんまりしつこく質問するから、私が転売屋さんと勘違いされちゃったみたいで、出品者側が通報したらしいのよ。それであたし、半年もフリマアプリにログインできなくなっちゃったわ。」

咲は、スマートフォンを出して、そういう事を言った。

「そんな事あるんですか。確かに、フリマアプリとか、そういうものは、悪質な購入者が後をたたないって聞いたことありますよ。それを防止するために、フリマアプリの運営者とのイタチごっこが続いているんでしょうし、ある程度は、そう思われても仕方ないんじゃないかな。」

水穂さんが、咲に同情するように言った。

「本当よ。あたしどうしたらいいのかしら。これからさ欲しいものが出たら。どこで買ったらいいのかしらねえ。だって。半年よ。半年もログインできないんだもん。不便でしょうがないわよ。」

「そういうことなら、店で買えばいいじゃないか。」

と、杉ちゃんが言うが、

「いやねえ、杉ちゃん。今は、店なんかで買うより、インターネットで買うほうが本当に欲しいものが手に入る時代じゃないの。それを逃したら、本当に欲しいものが手に入らなくなっちゃうわよ。」

と、咲が言った。

「いやあ、人間が販売してくれる方が、早く手に入ると思うよ。人間の顔を見て買えるんだったら、不正購入もあまりなくなるでしょ。やっぱりね、そういう機械に頼って販売すれば、誰だって、そういうトラブルに当たるさ。それはしょうがないんじゃないのかなあ。」

「杉ちゃん、言ってることがちょっと古くさいわねえ。」

と、咲は嫌な顔をした。

「まあ、古臭くは無いけれど、どちらの言うことも、間違いでは無いと思います。ようは、本人次第ってことじゃないですか。」

水穂さんは二人の話をまとめるように言った。

「そうねえ。右城くんの言うとおりかもしれないわねえ。」

咲は大きなため息を付いた。

「まあ気にすんな気にすんな。買い物が禁止されてもそれだって、半年経てば戻れるわけでしょ。それに、禁止されたって、別のもんを使えば、また買い物できるんだから、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない?」

杉ちゃんがそういう通り、たしかに、買う手段はいくらでもあるのだった。それは、はっきりしているのである。確かに半年経てばまたログインできるのであるが、そういうふうに明るく考えることは、咲には無理そうだった。

「そうねえ。杉ちゃんの言うとおりかなあ。」

とりあえずそれだけ言っておく。

それから、数日立って、咲は、お琴教室の仕事に出た。お琴の教師である、下村苑子さんは、着物へのこだわりが強い人だから、相変わらず、着物のことについて、お弟子さんたちに厳しく注意していた。今日は、間違って訪問着を着用しているお弟子さんがいたが、それをしないで、色無地を着てくるようにと言っていた。確かに、お琴教室では、楽器に対する敬意を表して、派手な訪問着は着ないとか、色っぽい格好には見せないなどの注意点があるのだが、ちょっと苑子さんはこだわり過ぎじゃないのかなと咲は思ってしまうのだった。

「それでは、次のお稽古には必ず色無地を着てきてくださいね。そうでなければ、お事に失礼よ。」

そういう苑子さんに、そのお弟子さんは、困った顔をした。

「すみません、色無地とは、どのような着物なのでしょうか?」

確かに、それを言われても、パッと来ないお弟子さんのほうが今は多いだろう。困った顔をしてお弟子さんは二人を見ている。咲は、苑子さんが、こういう着物だと教えてやればいいのにと何度も思ったが、苑子さんは、ご自身で調べるのも、着物を学ぶきっかけになるわよとしか言わなかった。

「調べるって言ったって、どこに聞けばいいのかもわかりませんよ。うちの家族は着物を着たことなんて無いと言ってますし。あたしが、お事に興味を持って、習い始めただけなんですよ。」

という言い訳をする人が大半である。まあ確かに、着物の事は、皆知らないとは思うけど、、、。知らなすぎるほど知らない人が多くて困るのであった。

「柄を入れないで、黒か白以外の一色で染めた着物のことよ。」

と、咲は急いで言った。

「そうですか。では、柄が何も付いていなかったら、それを買ってくればいいということですか?」

お弟子さんが聞く。咲は、もし可能であれば、フリマアプリに掲載されていた写真を見せてやりたいと思ったが、ログインできないのでそれはできなかった。

「柄がなければなんでもいいってことはないのよ。地紋は存在するんだし、それが縁起の悪い柄だったら、礼装にならないわ。そこも気をつけてね。」

苑子さんがそう言うと、

「地紋とはどんなものでしょうか?」

とそのお弟子さんは言った。

「着物を織ったときに、織りだされる柄のことよ。見てみればわかるわ。」

と、苑子さんは言うのであるが、お弟子さんはわからないという顔をした。ちなみに、色無地には地紋のあるものと無いものがあるが、地紋があって、それがおめでたい柄でないと礼装としては使えないのである。地紋のない色無地もあるのであるが、そういうものは弔事と兼用になる。

「それでは、色無地を、用意してきてね。よろしくね。」

と、苑子さんはそういうのだった。そのお弟子さんは、何がなんだかわからないという顔で帰っていった。なんでこういう事を覚えなくちゃいけないのかなと思われるお弟子さんも少なくはない。そういうことが連続して起こると、お教室をやめてしまう人も出てくる。苑子さんは、着物のことは、お弟子さんに調べてもらえば良いという構えでいるらしいのだが、こういうことは、もはや知らないで当たり前ということも考えられる。だから、親切に教えてあげたほうが、いいのではないかと思われるのであるが、伝統芸能に携わる人は、そういう気持ちが無いのだと思う。

お弟子さんが帰っていくのを、咲は、ちょっと複雑な気持ちで見送った。

その後、お琴教室の楽器を所定の場所にしまって、咲は苑子さんと別れて、自宅に帰る時刻になった。咲は、またあしたもよろしくおねがいしますと言って、バスに乗って自宅へ帰ろうと思ったのだが、そのときに、スマートフォンが音を立ててなった。

誰だろうとおもったら、先程のお弟子さんからである。なんだと思ったら、それは画像付きメールだった。

「今、色無地と検索したらこれが出ました。柄の無い着物ですよね?これでよろしいですか?」

と書かれているが、その着物は地紋が付いていなかった。咲は急いで、

「これは地紋が付いていないわ。着物は、地紋が付いているほうが、格は高くなりますよ。」

と送り返した。数分後またメールが送られてくる。

「これではどうでしょうか?」

と一緒に送られてきた画像の色無地は、今度は地紋が付いていることにはついているが、地紋であるひまわり模様の隙間がそれぞれ開いていて、格の高い色無地ではなかった。

「ちがいますよ。地紋は、隙間なくびっしり入れてあるほうが格が高くなるんです。それから、弱い光でも光る生地が、格が高くなるから、そっちを考慮するのも忘れないでね。」

と咲は、彼女に送った。全く、理想の着物にはなかなか近づけない。色無地であり、地紋がびっしり付いており、そして弱い光でも光る生地を使用している着物なんて、なかなか売られていないだろうなと思うけど、苑子さんが制服として理想視するから、それを伝えていくしか無い。

「どれなんでしょうか。わからなくなっちゃいましたよ。」

と、お弟子さんは、そう返信してきた。

「何を基準に色無地を選んでいるの?」

咲がメールで聞くと、

「フリマアプリです。そのほうが、普通の中古着物サイトよりも、着物を安く買えると聞きましたので。」

とお弟子さんは答えた。自分もフリマアプリを見れたら!と咲は思うけれど、今ログインできないので、それはできなかった。確かに、フリマアプリで、300円とかで咲も買ったことがあるが、それは逆に、買う側が自信を持って買わないと、できないことでもあった。流石に、フリマアプリが今見られない状態になっているなんて、恥ずかしくて言えない。

「浜島さんは、どこで理想と言われる着物を手に入れたんですか?」

またメールが来た。咲は、フリマアプリで手に入れた事は、内緒にしておきたいと思ったから、

「私は、お店で手に入れたわ。ちょっと高く付いちゃうかもしれないけど、やっぱり、お店が一番いいわよ。」

と、咲はそういった。

「でも、着物って、店で買うと、すごいお高いって聞くし、囲み商法的な売り方もされるんでしょう?怖くていけませんよ。」

と、お弟子さんがそうメールで送ってきたので、

「ええ、それはわかってるわ。でも、親切なお店があるのよ。明日行ってみましょうか。明日の夕方くらいに、富士駅に来てよ。」

と、咲はそう送った。お弟子さんは、

「はい、わかりました。明日行きます。」

と、メールを返してくれたので咲はホッとした。全く、伝統芸能を習うというのは、こういう面倒くさいことをすることも、また、修行なのだと思える人でないと、続けられないと思う。

咲は、バスを降りて歩いて自宅へ帰りながら、そういう事を考えていた。確かにフリマアプリは便利かもしれないけど、アカウントを停止されたら、なんにもできなくなってしまう。

翌日、咲は、お教室の仕事を終えると、富士駅へ行った。富士駅行のバスは結構本数があるので、短時間ですぐ行くことができるのだった。咲が、バスを降りると、お弟子さんが、バス乗り場の近くで待っていた。

「浜島さん、今日は誘ってくださりありがとうございました。」

そういう彼女は、申し訳無さそうに頭を下げた。

「いいえ、じゃあ行きましょうか。もうすぐ店もしまっちゃうわ。早く行かないと。」

と言って咲はタクシー乗り場に彼女を連れていき、タクシーに乗り込んで、増田呉服店に連れて行ってくださいといった。

「あの、浜島さん、呉服店ということは、やっぱり囲み商法とかされるんでしょうか?」

と、お弟子さんは心配そうに言っている。

「大丈夫。あたしが保証するわ。そのような事は一切ないから。」

咲は、にこやかに笑った。

「それより、着物を楽しんでほしいという気持ちで運営してくださるお店よ。」

「そうですか。」

お弟子さんはそれだけ言った。まだ信じてくれてないのかなと咲は思った。そう思われても仕方ない。呉服屋とか着物屋と呼ばれている商売形態は、平気で客を木津つけるような発言や、返って着物なんか二度と買いたくなくなるような、そんな売り方をする店があまりにも多いのだ。それは、なんとか改善してくれないかなと思う。でも、一向に改善する気配は無い。

「お客さん着きましたよ。こちらのお店でいいんですね。」

と、運転手は、店の前で車を止めた。確かに、店の看板には増田呉服店と書かれているが、いわゆる呉服屋のように、着物がデカデカと置いてあるような雰囲気はない。確かに商品数はすごくあり、店の中にある売り代には、着物が大量に置かれているのであるが、それもたとう紙に入れて貴重品とするのではなく、ただ畳んで、適当に置いてあると言ったかんじだった。二人はタクシーにお金を払って、増田呉服店の入り口のドアを開けた。ドアに付けられていた、コシチャイムが、カランコロンとなった。

「はい、いらっしゃいませ。」

それを聞きつけて、カールおじさんが、店の奥から出てきた。明らかに日本人ではない顔をしていたが、ちゃんと、着物を身につけている。

「なにか、ほしい着物がありますか?」

親切にカールおじさんは聞いた。

「ええ。彼女に、色無地を買いたいんだけど、できるだけ、地紋の多い、格の高い色無地がほしいの。」

と咲が言うと、

「わかりました。そうですね。色無地は、こちらになりますが、いかがでしょう。」

と、カールおじさんは、売り台からピンクの色無地を差し出した。桜色の、きれいに光っている色無地であった。そして、地紋は菊をびっしり隙間なく入れてある。

「これは、どういうものになりますか?」

お弟子さんが聞くと、カールさんは、

「はい、紋綸子というブランドになりまして、染柄はありませんが、織柄である地紋が細かいので、格の高い色無地になります。」

と説明した。

「わかりました。それではお琴教室に使うことはできますか?」

とお弟子さんが聞くと、

「もちろんです。格が高い色無地ですから、帯を袋帯にすれば、立派な礼装になりますよ。お琴教室だけではなく、身内でない方の結婚式や、音楽コンサート、あるいは茶道のお茶会などにも使えます。」

カールさんはにこやかに笑って答えた。

「ありがとうございます。でも、こんなきれいな生地、もしかして、何十万もしてしまうのですか?」

お弟子さんはそれを心配そうに言ったが、

「大丈夫です。需要が無いので、1000円でいいですよ。」

と、カールさんは言った。お弟子さんはぽかんとしている様子だったが、

「ほら、理想の着物を買うチャンスは、今しかないわ。」

と咲が言ったため、決断したようだ。

「わかりました!1000円でよろしいのであれば、私、買います!」

彼女は、急いで1000円をカールさんに渡した。カールさんはありがとうございますと言って、それを受け取った。

「帯もご入用でしたら、なんの帯を用意すればいいのか言ってくだされば、こちらでご用意できますよ。」

「いえ、それは大丈夫です。お稽古ごとに使うのであれば、名古屋帯でいいんですよね?」

お弟子さんがそう言うとカールさんは、

「はい、それで大丈夫ですよ。」

とそれ以上売りたい素振りも見せなかった。

「ありがとうございます。名古屋帯はいくつかありますので、それで合わせてみます。あたし、がんばります。」

と、お弟子さんは、ちょっとはにかみながら言った。

「もし、また足りない部品などが出てきましたら、買いにいらしてくださいね。」

と、カールさんはにこやかに笑って、領収書をかきましょうか?と聞くと、彼女は、

「ありがとうございます。よろしくおねがいします。名前の欄には、太田と描いてください。」

と、言った。カールさんはわかりましたと言って、そのとおりにした。彼女は、にこやかに笑って、領収書を受け取った。

「ありがとうございました。気軽な値段で、着物を買うことができて嬉しいです。私、お琴を本気で習おうと思っているから、すぐには諦めたくなくて。意外に、こういうところに、いいものが転がっているのかもしれないですね。嬉しいです。」

と、太田さんは、にこやかに笑っていう。

「こちらこそありがとうございます。また、いつでも来てくだされば、相談に乗りますよ。」

と、カールさんもにこやかに笑っていった。太田さんが、咲の方を見て、

「浜島さん、本当にありがとうございました。」

と言った。

「浜島さんが、ちゃんとした店を教えてくれなかったら、私、永久に色無地を買って来ることはできなかったと思います。やっぱり、ちゃんと、教えてくれる人がいないと、ネットで全部っていうわけには行かないですよね。」

咲はなんだかくすぐったかった。

「そんな事、大したことじゃないわよ。ただ、あなたが、そうやって、いつまでも苑子さんに叱られているのは、嫌だろうなと思っただけよ。」

とりあえずそれだけ言っておく。

「いいえ、浜島さんが教えてくれなければ、私、何もわからないままでした。誰も、着物の事は教えてくれないし、こういう着物のことを教えてくれる人は貴重な存在です。本当は、浜島さんに手数料を払わなくちゃ行けないんじゃないかな。」

と、太田さんはそういうのであった。本当はそれをもらえたら、嬉しいなと咲も思ったのであるが、でも、咲は、それを口にはしなかった。

「いいえ、大丈夫ですよ。着物のことは知っている人が教えないとわからないことでいっぱいよ。それで当たり前だと思ってちょうだい。」

と、咲は、にこやかに笑って、彼女に言った。そういう事を、報酬無しで伝えられる世の中であってほしいと思った。


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