第42話 開花、母性本能全開!④



 健一がこの危機的状況をどうしようかと愚策している時、近くから救いの手が差し込まれた。


「君達ペンギンの雛とそんなに仲良くなれるなんて凄いね!正に「家族」みたいだよ!」


 健一と鈴の事を見かねてか飼育員の男性が人の良さそうな笑みを浮かべながら話しかけて来たのだ。


 ただ、その救いの手は今はいらないものであった。


「………ッ!」

「…………」


 飼育員の男性の話を聞いた鈴は益々恥ずかしくなったのか下を向いてしまった。ただ、雛だけは離さずに胸に抱いているが。


(………悪気が無いのは分かるけど、今は何も言わないで欲しかったわ。勿論俺達の変な雰囲気を見ての助け舟だとは思うのだが)


 健一は無言になりながらもどうするか考えたいた。


 だが、この飼育員の男性はなんとできる男で……健一達の顔色を見て自分が言った事が不味かったと気付くと瞬時に合いの手を入れる。


「ごめん、ごめん!さっきの言葉はセクハラだね。でも本当に凄いことではあるし家族の様に仲が良いな、とは見ていて本当に思ったことだよ?その子がそんなに人に懐くのは稀だからね」


 飼育員の男性は鈴に今も抱かれているペンギンの雛を優しい目で見るとそう伝えて来た。


「………そう、なの?」


 抱いているペンギンの雛から顔を上げると鈴はそう飼育員の男性に問いかけた。


 聞かれた飼育員の男性は頷く。


「うん、勿論。その子は他のペンギンの雛より少し人見知りでね。今回みたいなペンギンの雛との触れ合いの時はお母さんペンギンを呼ぶ様に一人いつも鳴いているんだよ。でも今回は鳴かずに君達に懐いている」

「ヘェ〜、そんな事があるんですね」


 飼育員の男性の話を聞いていた健一は興味深そうに話を聞きくと今も鈴に抱かれているペンギンの雛を見ていた。


(………うん。なんかよく見るとこのペンギンの雛がさっきからずっと俺の顔見てくるんだけど?これが懐かれてるって事なのか?)


 イマイチピンと来ない健一は首を傾げていた。ただ、そんな健一を見たペンギンの雛も健一の真似をする様に曲げられない首を一生懸命に曲げようと鈴に抱きしめられながらもジタバタしていた。


 また、その仕草が可愛いからか「健太郎、可愛い!」と言い抱きしめていた。


 そんなペンギンの雛と健一、鈴を間近で見ていた飼育員の男性は少し驚いた顔をしていた。


「………本当に懐いているんだね。もしかして君達を本物の親と見間違えているのかもね?だって君達お似合いのカップルにピッタリな組み合わせだからねぇ〜」


 そんな爆弾発言を投下した。


「いや、俺達別にカップ「ん!私達は最高のカップル!!この子が私達に懐くのもあながち間違いじゃない!カップル=夫婦。夫婦には子供が付きもの!!」………えぇ」


 直ぐに否定をしようとした健一だったが、鈴の言葉に遮られて何も言えなかった。


 逆にこんな公衆の面前でカップル発言をされてしまった。


 周りで聞いていた人々は………


『初々しいわねぇ〜私達にもあんな頃があったわねぇ〜』

『あのお兄ちゃんとお姉ちゃんは恋人さん?ならあの、ペンギンの赤ちゃんはあの人達の……赤ちゃん?』

『ほう、あの男女はカップルだったのか。てっきり友人同士かと思ってたな。青年の方は何か違うと言うような顔をしているから』


 そんな事を口々に話していた。


 ただ、誰もが健一と鈴を見て捲し立てるわけではなく初々しい恋人同士を見る表情を浮かべていた。


 そんな中、「俺達はカップルではありません!」などと言える雰囲気では無くなってしまった為、健一は渋々黙る事を決断した。


(くそっーー!先手打たれた!鈴の奴、こうなる事が分かっていてあんな事言いやがったなぁ……ハァ、なんか最後のおじさんに関しては的を得ている回答をしていたし………)


 鈴とカップルや恋人に万が一にでもならないと思っている健一は鈴がふざけてやっていると思っている。鈍感ここに極まりである。


 そう考えながらも鈴に恨みがしい表情を向けるだけで留めた。


「…………」


 ………そんな表情を健一に向けられている鈴はというと………


(………む、むぅ。勢いに任せて反応したらカップルというか、夫婦認定をされてる。まぁ、いいか、な?これで健一が少しでも意識をしてくれれば………)


 今のこの状況に頭の中では少しパニックを起こしている鈴だか。一成一隅の好機が訪れた事には変わりはないのでそのまま周りの流れに流される事を選んだ。


「………フヘッ」


 鈴は今の状況が嬉しいのかだらしのない顔を作ると笑っていた。そんな顔を健一が見て「やはり、分かってやっていたか………」と勘違いを起こしていた。


 そんな健一と鈴の二人の様子を不思議そうに見ていた飼育員の男性は声を掛けてきた。


「そんなお似合いのカップルの君達に一つ頼みたい事があるんだけどさ、聞いてくれるかい?」

「「頼み?」」


 飼育員の男性の話を聞いた二人は声を揃えるとそう返事を返した。一人は「カップルじゃないけどな」と思いながらも疑問的に、もう一人は単純に疑問を持ち。


 そんな二人を見て「あはは、君達仲良いね」と笑いながらも説明をしてきた。


「あぁ、頼みだね。別に難しい事じゃない。ただ、今のペンギンの雛を抱いた状態で君達二人のツーショットを撮らせて欲しいんだよ。俺達としては良い広告の題材が手に入り、君達には良い思い出になるし、撮った写真は記念としてあげるよ……どうかな?」


 その話を聞いた瞬間、健一は断る事を直ぐ様に決断した。「誰が好き好んで広告の写真に移らなくてはいけないのだと」と。ただ、そんな健一よりも鈴の方が少し上手で。


「ん。それで良い。そちらは広告用の写真が手に入り、こちらは記念の写真が手に入る。正にうぃんうぃん?」


 WIN-WINと言いたいのだろうが、あまり使い慣れていないのか辿々しい口調で伝えていた。


 健一は先に了承の言葉を鈴に言われてしまったのでその場で項垂れてしまった。そんな健一を何を思ってか鈴に抱かれているペンギンの雛が小さな手でペチペチ叩いていた。


 それは慰めの行為なのか、はたまたただ単に遊んで欲しいだけかは分からないが。


 そんな健一を見て飼育員の男性は恐る恐る声を掛けた。


「えっとぉ〜君はさっき俺が言った内容で良いかな?彼女さんは賛成してるみたいだけど?」

「………俺もそれで良いっすよ」


 全てを諦めてしまったのか「鈴は彼女ではない」という事を言うのも億劫なのか健一は投げやりに伝える。


 健一の言葉を聞いた飼育員は頷く。


「分かった。君達が了承なら今から写真を撮らせて頂こうか。……じゃあ、君達の立ち位置はその場で良いけど、二人とももっと肩を寄せてもらって良いかい?こう、仲良さげにさ!」


 飼育員の男性に言われた通り健一は渋々に、鈴は意気揚々に肩を、身を寄せ合った。


「良いよ!それでセッティングは良いさ!ただ、男の子の方はソッポを向かないでこちらを向いて!女の子の方はもっとこう、笑顔で!」


 指定された通り、健一は飼育員の男性の方に向き直り、鈴は出来る限り笑顔を貼り付けて正面を向いた。


 そんな二人を見た飼育員の男性は笑顔になると、持っていたカメラを向けた。


「よし、その調子!じゃあ、今から撮るからね!俺が三、二、一。って言うからそれまでそのまま正面向きを頼むね!」


 そう言うと健一と鈴の二人は頷く。


「………じゃあ、行くよ。三、二、一……ハイ、チーズ!」


 飼育員の男性がそう言うと健一達に向けていたカメラから「カチッ」という音が鳴ると少しライトが光った。


 その後も何枚かカメラで撮った。カメラで撮っている間はペンギンの雛は意外にも大人しかったのでスムーズに進んだ。



「君達、ご協力感謝します!とても良い写真が撮れました。その中でも一番良かったものを約束通り君達にあげよう。本当にありがとうね!」


 そう言うと、その写真を鈴に渡した。渡された鈴は今は既にいないペンギンの雛の代わりなのか大事そうに写真を胸に抱えていた。


 そんな鈴を苦笑いを浮かべながら見ると健一は飼育員の男性に声を掛ける。


「良いですよ、俺達も良い体験を出来ましたし。な?鈴」

「ん。ちゃんと思い出は、作れたから、大丈夫」


 写真を撮り終わった健一達は飼育員の男性と話している。


 ペンギンの雛は写真が撮り終わると共に始め現れた女性のスタッフが現れてペンギンの雛は回収されていった。


 その時にペンギンの雛は鈴から離れないという姿勢を取っていたが、そんなものは所詮非力なペンギンの雛の抵抗なので直ぐに連れてかれてしまった。


 鈴は少し悲しそうな表情をしていたが、仲間と共にいた方がいい事を内心では分かっているのか何も言わずに見送ってあげた。


「そう言って貰えるだけでありがたいよ。また今度もこの水族館に訪れてくれると助かるよ。今回みたいにペンギンショー以外にも雛との触れ合いもやるからさ」

「分かりました。近いうちに来れるかは分かりませんが、今度また来ます」

「ん、必ず健太郎にまた会いに来る」


 鈴のそんな言葉で健一と飼育員の男性は笑っていたが、それも暫し経つと終わり、三人は別れる事にした。


 既に他の人々は帰っているので今は、健一と鈴だけで帰り道を歩いていた。人がいない分帰り道は混む事がなく楽に外に出る事が出来たので、健一はその場で伸びをしていた。


 伸びをするとそのまま少し暗い顔をしている隣で歩く鈴の顔色を伺いながら健一は話かけた。


「今日はどうだった?鈴は、その、楽しめたか?」

「………ん、楽しかった。けど、今は少し寂しい」

「………そっか」


 健一はそんな鈴の返答を聞くと、頭を掻きながら今は既に夕暮れになっている空を見上げた。


 空を見上げたまま、健一は自分とは20センチ程も小さい鈴の頭をポンポンと軽く叩いた。叩かれた鈴は少し非難がましい表情を健一に向けてきた。


 そんな鈴の表情などどこ吹く風か、健一はそのままぶっきらぼうに喋り出す。


「まぁ、あれだ。そんな辛気臭い顔すんなよ?さっきも言っていたがまた、遊びにくれば良いんだしさ。その時は、まぁ……俺もまた、付き合うからさ」


 そんな風にぶっきらぼうに言う健一を見たからか、自分を励ます為に言っているのが分かったので少し目を赤くしながらも鈴はクスッと笑う。


「ん、ありがとう。けど、健一の癖にそんな臭いセリフ言って、生意気」


 「ありがとう」と言いながらそんな事を健一に鈴は伝えた。


 言われた健一は………


「わ、分かってるわ!お前がなんか、辛気臭い雰囲気出すから気を使ったんだろうが……せっかく気を使ったのが馬鹿らしいじゃんか………」


 そんな事をブツブツと呟いていた。


 だが、そんな健一に鈴は振り返ると………


「………ううん。私も色々言ったけど健一が私の事を心配してくれてるのも気遣ってくれてるのも分かる。だから、ありがとう。それに、今日私の我儘に付き合ってくれて、本当に……ありがとう!」


 鈴は普段の無表情を感じさせないほどに、花が咲いた様に満面な笑顔を浮かべると健一にお礼を伝える。


「!!………いきなり雰囲気変わるなよな。なんか、調子狂うわ。まぁ、分かってくれたなら、それで良いよ」


 そう照れ臭そうに健一は呟くとソッポを向き、「あぁ、早く帰らないと暗くなるなぁ〜」と独り言を呟いていた。


 夕焼けのせいか、鈴の頬が火照っているからかは分からなかったが、鈴のそんな普段見ない表情を見た健一は何故か胸の鼓動が激しくなるのを不思議に思った。


 ただ、それがなんでなのかは分からなかった。なのでその気持ちを抑える様に、頬の火照りを覚ます様に自分の顔を手で煽ぐと歩き出す。


 そんな健一の状態を知ってか、知らぬか、鈴は小走りで近付くと健一の腕に自分の腕を絡ませた。


「うわっと!?鈴!?いきなり抱き付くなよ!」

「むっ!こんな可愛い女の子を一人置いていく健一が悪い。罰としてこのまま抱き着かせるのと……また、こうして、遊ぼうね?」


 鈴に抱きつかれながら上目遣いで言われた健一は「はぁ、約束は約束だ」と苦笑いを浮かべると頷いた。


「分かってるよ。また、今度な?」

「ん、また今度」

「おう。と、本当にこのままじゃ遅くなるから早く帰るぞ」


 健一がそういうと二人は楽しそうに今回の水族館の出来事をお喋りしながら星宮駅まで歩いていくのだった。


 その二人の姿はどう見ても……カップルにしか見えなかった。



 そんな二人の一部始終を見ていたレイナは………


「………無事、水族館デートは終わった様なので何よりです。が、やはりこのモヤモヤは無くなりませんね。というか、三丈様とお嬢様のやり取りを見ていたら余計この分からない感情が強くなったような………」


 レイナは一人そう呟くと下を向きながら自分の何故かおかしい胸を押さえていた。


 でも、それでもその「何か」は直ぐに答えが出るはずもなく。今は良いと思ったのか健一と鈴が星宮駅で解散をするのが分かっていたので自分も直ぐ近くにいれる様に二人の後を着いていく。


「………はぁ〜今日はやはり無理そうですが、今度三丈様を捕まえて鬱憤を晴らしますか」


 その「何か」が分からないなら誰かで鬱憤を晴らそうと思ったのかレイナはそんな事を言うと少し笑顔になって歩き出した。








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