第39話 開花、母性本能全開!①




「………15時から鈴のお目当のペンギンショーか。それまでにまだ時間はあるし、他のエリアでも散策しますか」

「ん、まだペンギンショー以外にもアシカとの触れ合いやイルカも見ていない。色々とある」

「意外と見る所、あるな………」


 健一が決めていたイタリアンなお店で二人はそれぞれ昼ご飯を食べ終わった後に食後のお茶を飲みながらそんな話をしていた。


 今、健一が言っていた通り、鈴のお目当のペンギンショーが観れるのは15時からとなっている。今の時刻は12時30分、まだ時間は約3時間程もある。


「………健一は魚、好きなの?」


 時間に余裕があるのでゆっくりと店内で寛いでいると、健一と逆側に座っている鈴からそんな質問をされた。


「えーと、魚が好きって観る方か?それとも食べる方?」

「ん、どっちもと言いたいけど、食べる方。健一は魚好き?さっきパエリアやサーモンのカルパッチョを食べる時、美味しそうな顔をして食べていたから」


 そう聞かれた健一は少し、考える仕草をしたが、直ぐに鈴に答えを出す。


「まぁ、好きっちゃ好きだな。でも何で突然そんな事を?」

「………以前「たまたま」……職員室で健一とお昼を一緒にした時にコンビニお弁当を健一が食べていた。私はいつも手作りだから今度どうせなら健一の分も作ろうと思って好きな食べ物を聞こうとした」


 鈴はそう嘘偽りない気持ちを健一に伝える。


 ただ、「たまたま」という時に何か強調されていた様な気がしなくもないが、どうせ気のせいだと思いそれ以上は考えるのを辞めた。


「あぁーーー、そゆことね。でも別にわざわざ作ってこなくて良いぞ?俺はやろうと思えば自分の弁当ぐらい作れるしお嬢様のお前に作らせるのも何か、なぁ」


 健一はそう言うと断る方向に話を進めようとしていたが、鈴はこんなチャンスを益々逃すはずがなく………


「別にお弁当を作るのは一人も二人も変わらない。それにこの前も言ったけど花嫁修行の練習になる。夫に出すお弁当用の練習に」

「お、夫?」


 高校女子からあまり聞いた事が無い単語が出てきたので健一は思わず聞き返してしまった。


 「普通そこは彼氏じゃないのか?」と思いながらも口には出さずにその「夫」という単語を呟いた。


 そんな健一の言葉を聞いた鈴はコクリと頷く。


「ん、夫。これは未来の私の夫になるべく人の為への予行練習でもある。それに健一は選ばれた、誇って良い」


 そんな事を言うと少しドヤ顔を顔に浮かべながら何故か健一の事をチラチラと見ながら伝えてきた。


 だが、健一としてはそんな他人の未来事情に付き合っているのも面倒臭いし、鈴というお嬢様にご飯を作らせるのも世間体に悪いのでやんわりと断ることにした。


「あはは、それは有難い。有難いけど、やっぱり悪いから良いよ?その気持ちだけ受け取るからさ」

「…………」


 無難に健一はそう言い「この話はもう終わりだ、店から出るか」と思っていたが……どうやら鈴は違う様で健一の顔を生気の抜けた様な光を通さない目にのっぺりとした様な表情を浮かべて無言で見てきていた。


 そんな鈴を見た健一は………


「ヒィッ!?」


 と、情けない悲鳴を喉の奥からあげると座っていた椅子からズリ落ちそうになっていた。


 その事に周りのお客が「どうしたんだ?」と言うような視線を向けてきたが、今はそんな事に構っている暇は健一には無かった。


 何故なら鈴が首から掛けている白色の可愛らしいポシェットから今正に何か黒くてゴテゴテとした何かを取り出そうとしていたのだから。


 それがなんなのかは分からなかったが怖くて目が離せなかった。


「………健一、断るの?」

「ッ!」


 ただ、鈴にそう問いかけられただけだったが、何故かどうしてかコレは何かがヤバイと健一の脳が伝えてくる。なので迂闊に言葉を出せなかった。


 そんな健一を見て何を勘違いしたのか、鈴はある事を呟き出した。


「ふーん?もしかして……私以外の誰かに、お昼ご飯……お弁当を作って貰う、とか?……それも……女に?」

「ッ!……ち、違う!違うんだ鈴!俺はただ、お前の為にと思ってだな………」


 勇気を振り絞りその言葉を鈴に健一は伝えた。そんな健一の思いが届いてくれたのか先程までおかしな雰囲気を出していた鈴は少し落ち着きを取り戻したのか、いつもと変わらない無表情を健一に向けてきていた。


 そんな健一達を見ていた周りにいる他のお客や店員は少し安堵の表情を浮かべた。


「私の、為?」

「そ、そうだぞぉ?鈴はお嬢様であり、後輩だ。そんな子にお昼ご飯を作らせたら、なんか世間体が悪いだろ?今も俺は色々な悪い噂があるのにそこに鈴が巻き込まれると思うとなぁ………」


 面倒臭いという本性は隠しながらも健一は最もな言葉を引き出し、なんとかこの場を脱しようとしていた。


 その話を聞いた鈴は納得してくれたのか………


「………ん、そういう事。でも気にしなくて良い。噂はどうでも良いし、もしそれが煩わしいならお金の力でなんとかするから。力で」


 大事な事なのか「力で」という所を二度言葉にしていた。


(………はぁ、これでなんとか凌いだか?何で鈴があんな風になったかは知らんが、面倒臭い事にならなくて良かったわ)


 そんな鈴のいつもの態度を見て健一は内心胸を撫でていた。


「分かった、分かったよ。鈴が気にしないのなら俺はもう何も言わないさ。好きにしてくれ」

「ん、好きにする。じゃあ、来週の月曜に早速健一の教室まで、届けに行く」

「おう、楽しみにしている」


 健一は何も考えずに鈴に伝えた。


 ………それが後に悲劇の始まりとなるとは知らずに。


 健一はこの時、完全に忘れていた。月曜日からある人物と「偽彼氏・彼女」をする事を。

 

 先程の鈴の態度を誤魔化す為に色々と考えていて忘れていたのは分かるが……頑張れ健一。


「よし、話も纏まったし、あまり長居しても他の待っている人達に迷惑がかかるし早速他のエリアも周りますか」


 後の事を何も考えていない健一は目先の事だけを終わらそうと鈴にそう声をかけた。


「ん、そうする。ペンギンショーまでまだ時間があるから、その間に沢山周る!」


 鈴は鈴でこの後の健一との散策を楽しみにしているのか目を輝かせていた。


 そんな鈴を見て「はいはい、お供しますとも」と健一は苦笑いを浮かべていた。


 そんな話をした二人は立ち上がると健一が会計を済ませて、次の散策をするエリアまで二人、肩を並べて歩き出すのだった。

 




 

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