雷牙

 アイツの腕ぶった斬ってくる、と豪語してきたが僕の持っている武器は使い古されすぎて使い物にならない儀式用のナイフとつい昨日買った毒ナイフ。どう考えても切れる様な見た目はしていないしせいぜいエツヤの腕に薄い切り傷が付く程度だろう

 ソラの武器を借りてくるべきだったかも……いや、むしろ借りたら作戦が……

 考え事をしながら向かうことでなんとかこれから迎える恐怖から逃げないように会場へ着いた


「アラトさんですね」


 警備の人に呼び止められるとそのまま会場の中に連れていってくれた

 時計の針は11時を指している。しかし12時までの間、双方の意思の確認や控室での準備などやることは結構ある

 次に時計を見たときには既に12時手前あと数分といった所だった

 やることが無くなってからは儀式用ナイフをずっと研いでいたおかげもあってか集中出来ている


「まぁ、少しは良くなったかな……?」


 ナイフの鋭さを確認していると扉が開き入場のアナウンスが鳴った

 ナイフを収め僕は入場する

 会場は古代の円形闘技場というものをモチーフにしているらしく太陽が直接会場を照らしている

 入場すると控室との明るさの違いで目がチカチカする。しかもワァーっという大歓声が音という壁になって襲いかかる。身体がビリビリと痺れ会場全体が揺れているように感じる

 舞台を向かいにエツヤも入場している。エツヤは毛皮で覆われた指ぬきグローブを手に装着している


「アラト君、元気でしたかねぇ? どうやら観客が少ないようですがどうしたんでしょうねぇ……そういえばアラト君の応援席の方はなんだか入場が遅くて外は大行列だとか」


 エツヤがやけに饒舌で会場全体へと語りかける。今日のは特段気色悪い


「そりゃ大変だなぁ! 確かにありゃいつ壊れてもおかしくない様な代物だけどな!」


 会場にいる一人が大声で返すと応援席の人たちは馬鹿にするようにゲラゲラと笑う


「皆さん、品のない笑い方ですよ! まぁ面白くてそうなっちゃうのもわかりますけどねぇ!」


 エツヤが応援席を嗜めると会場で一番と言っていい程に大きな音で手を叩き下品な笑い声を出す。どうやら既に戦いは始まっていたらしい


「さっさと始めようよ」


 儀式用ナイフを取り出し構える。その様子を見てエツヤは玩具を取り上げられた子供のようにムスッとした表情になる


「良いですよ! さっさとそのゴミを叩き折ってやりますよぉ!」


 エツヤが拳を地面に振り下ろすとそこから僕に向けて地面が割れていく。裂け目からは次々と溶岩の柱が立ち上がりそこで初めて試合のゴングが鳴る

 溶岩の柱がエツヤとアラトの間を遮る

 柱の左右どっちから出てくる

 左右を警戒するアラトにエツヤは後ろから話しかける


「こっちだよぉ~」


 声が聞こえると同時に背中に激痛が走る。髪の毛が溶け背中も火傷を負った事を吹き飛ばされながら理解する


「そういえば私の侵化について言ったことがありませんでしたっけぇ。私のはですねぇ。”私の記憶”を消費して身体能力を超強化するって感じでしてねぇ、いつも肩代わりしてくれる薬を飲んでないとやってらんないんですよぉ~」


 殴られた勢いで吹き飛ばされた僕に向かって歩きながらエツヤは語りかけてくる


「それに知ってるんですよぉ。アラト君の侵化は怪我をした部分の変化が苦手だってことも」


 身体を揺らしながらも立ち上がった僕を睨みつけながらエツヤは続ける


「だから次は腕を溶かします」


 今度は直接殴りかかってくる

 それに対して僕は侵化で脚をデカくして強く踏みつける

 強く踏みつけられたことでエツヤの居た場所は沈む

 片側が沈下した事によって出来上がった壁をそのまま殴りつけたエツヤは僕を睨み上げる


「見下された気分はどう?」


 エツヤは単純にも僕の煽りに乗せられ顔を歪ませると再度壁を殴りつける

 今度は殴りつけられた壁が溶解していき僕の足場が段々と斜面になり次第に壁は消滅しそのまま沈下した地面と同じ高さにまでなった


「アラト君から僕に攻撃は無いのかなぁ? まだ1つも傷を付けられていないんだけど」


「これからだよ」


 儀式用ナイフを前に構えエツヤに向けて走り出す

 エツヤは避けるでもなくナイフを殴りつけるように炎を纏った右拳を振り出す


「そのまんま溶かしてやりますよぉ!」


 僕は腕を伸ばしその拳を避ける


「バレバレですよ~!」


 という叫びとともにエツヤは左拳でナイフの腹を叩きナイフを粉々にして見せる

 作戦通りに動いてくれたことに思わず笑みが零れそうになる

 脚を変形させ僕は服に隠れるように腰に着けていた毒ナイフを脚で掴みそのまま勢いよくエツヤの横っ腹に突き刺す

 エツヤは刺された痛みに顔をしかめながら動きを数段速くすると右肩を殴りつける

 会場の壁に叩きつけられた勢いで肺の中の空気がコヒュッという音が口から漏れ出る。激痛で立ち上がれずにいるとエツヤが何かを持っているのが見えた

 グラグラと揺れていた視界が段々と元に戻っていき持っている物が分かった。いや正確には理解したくなかったが自らの身体を駆け巡る痛みから理解せざるを得なかった


「まずは右腕ぇ~」


 痛みで声を発することすら出来ない。やっぱり無理だったのかもしれない。成人になったとは言えまだまだ子供な僕には行き過ぎた行動だったのかもしれない


「あぁー……キモチイィ。ずっとアラト君の事を、こうしてみたいと思ってたんだぁ」


 エツヤは満面の笑みをたたえながら近づいてくると僕の顔の前にしゃがみ込む

 その間もずっと僕は喋る余裕すらなく煽られようと何も出来ずただ睨みつけることしか出来ない


「……反応がないのも、つまらないなぁ」


 ポケットからエヴォの実を取り出すと握りつぶし果汁を傷口に滴らせる

 腕が取れたときと同等の激痛が全身を駆け巡るが傷口は段々と塞がっていった


「お前、許さないぞ」


「おぉ怖い怖い、傷を塞いでもらったお礼くらい、言ったらどうなんだい?」


「そうだな、お礼したほうが良いかもしれないな」


「……そんな言葉を、君から聞けるとはね。死に際の言葉として、聞いてあげるよ」


「死に際の言葉になるのはお前だよ」


 肋骨を伸ばしとっさにその場所から飛び退くとエツヤはバタンと倒れ込んだ


「ずっと甘く見てたんだと思うけど、神経毒の塗ってある毒ナイフなんだよね。その証拠に今喋りにくいでしょ?」


「お前、絶ッ対に、殺す」


 これで遂に立場逆転と言っていいだろう。片腕持っていかれたのが厳しいけど後はコイツを殺すだけで全てが解決する


「お前、俺の侵化を忘れたのか? 記憶を消費すればエヴォの実の効果が切れても身体強化が出来るんだよ」


 流暢に喋るエツヤはゆっくりと立ち上がると汚れた服を叩き砂を落とすと少し周囲を見渡している


「おい、俺はここで今なにしてたのか知ってるか?」


 既に記憶がドンドン消費されていっている


「あなたは罪人で今は処刑を待っているところですよ」


「そうか、出来るだけ苦しみの少ない様に頼むよ」


 エツヤはゆったりと座り込みただボーッと空を眺めている

 記憶が全て消費されたらきっと神経毒で呼吸困難になるだろう。出来るだけ速く殺してさっさと終わらせたい

 エツヤを殺す覚悟を決めるその時、細長い何かが手前に落ちてきた。土煙が収まり鞘に収められたままの直剣が地面に刺さっているのが見えた


「ぶっ殺す!」


 叫びながらエツヤが落ちてきた直剣目掛けて突っ込んでくる。記憶を無くしたと思っていたが何かしらの仕組みがあったのか分からないが俺も少し遅れて直剣に向かって左腕を伸ばしながら駆け寄る

 直剣に手をつけたのはエツヤだった


「残念だったな。出来る限りの苦しみをコイツで与えた後殺してやる」


 エツヤが直剣を鞘から抜こうとした時膝から倒れ込む

 直ぐに直剣を確保してから近づくとエツヤは呻き声を上げながら頑張って呼吸しようとしていた

 直剣を見れば鞘に”雷牙ライガ”と記されている

 雷牙を鞘から抜きエツヤの首に刃を当てる


「僕はお前とは違うから」


 そのまま力を込め剣を振り切ると剣は電気を纏い一筋の電気の軌跡を描いた。ゆっくりとエツヤの首が落ちていく

 エツヤの首が地面に転がると決闘の終了を知らせる鐘が鳴り響いた

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