霜月

 アラトが決闘場に向かっている頃俺はハチ工房に向かっていた

 時間は既に9時半、12時までに会場に向かう必要があると考えると武器が既に完成されていないと間に合わないだろう。できる限り急いで工房へ向かうが人の流れは決闘場へ向かっていて人の流れに飲み込まれそうになる

 一度家の影に逃げて周囲を見渡す


「こっちから行くか」


 俺は通りから少し隠れた場所で近くの木箱に乗り二階の小さなベランダに登る。そしてそのまま隣の家の屋根に手をかけよじ登る

 下を見れば幾多の人々がぞろぞろと会場へ向かっている。あそこで流れに逆らって進んでいたらそもそも12時にハチ工房に迎えていなかったかもしれない

 俺は屋根を乗り移り工房へと向かう

 時計の針が11時を越えた頃ハチ工房に怒号が響く


「今日の12時からじゃと!」


 事情を聞いたハチさんが声を荒げる


「お前ら! 出ろ! そこからはワシがやる!」


 ハチさんが叫ぶと弟子たちが即座に工房の奥の扉の奥へと消えていく


「悪いがお前も外に出ていてくれ。わしゃ周りに人がいると集中できんくて駄目なんじゃ」


 俺を見るハチさんの顔はまさに職人。普段見るハチさんよりもなんとなく若々しく見たこともない昔のハチさんの姿をそこに見出してしまった


「分かりました。完成するまで待ってます」


 俺は弟子たちと共に奥で待機する

 弟子たちは自分たちの手で仕上げられなかったことを悔しがっているようだった


「すみません。私アンドリューっていうんですけど、あの、もし良かったらなんですけどソラさんの武器見せてもらってもいいですか?」


 短髪の赤い髪をした弟子が口を開くと他の弟子も続いて見せてほしそうな目でこっちを見てくる


「……まぁどうせ待ってる間何も出来ないですし良いですけど、僕のベースで支給されるヤツですよ?」


「それでも僕たちからしたら珍しいものなので」


 弟子たちの目線に負けた俺は渋々武器を取り出す

 そういえばここ最近手入れをする時間すら無かったっけ。そんな事を思いながらブレードを鞘から抜き出す。ブレードはいつも通り隕石ダーウィニウム特有の吸い込まれそうな程に深い漆黒の刀身を見せつける

 弟子たちは唾を飲み込み無言でその刀身を眺める事数秒


「……えっと、いつもこんな感じの状態……なんですか?」


 いつも武器の手入れは欠かしていなかったし、武器の見た目は受け取ったときからほとんど変わっていない


「そうですけど、なにか問題ありました? いつも手入れしてたんですけど……」


 俺の回答に悲鳴とも呼べるような息を吸い込む音が鳴る


「刃をこんな風にしているのは初めてみました」


 俺の貰ったブレードは石器時代に石で刃を鋭くした様に刃が黒曜石のナイフのようになっている様に加工されていた

 もしかして、虐められていたのがここにまで影響出ていた?


「正直早く武器を変えたほうがいいかと思います。僕たちの作品で良ければ今すぐ準備できます。待っていてください」


 それほどまでに俺のブレードは武器として終わってるのか……

 俺が唖然としている間に弟子たちは自分の作品を各々持ってくる

 ナイフ、大剣、双剣、直剣、曲剣、両刀、刀、薙刀、鎖鎌、鞭、ヌンチャク等々古今東西様々な武器が並べられていく。どれも進生物の器官が一部使われているようでどの武器も特徴的な見た目で魅力的だ

 そんな中に1つだけ刀身を隠した刀があった


「この刀は?」


「その刀は鍛えたのはハチ叔父貴なんですけど装飾などは弟のジュードです」


 アンドリューの説明に合わせジュードがこちらに近寄ってくる


「ソイツは氷刀”霜月シモツキ”。刃が空気に触れているだけで冷気を発しちまうから隠してんだよ。力込めると冷気がもっと強くなって冷気って言うより凍気になって使用者の手を傷つける失敗作なんだよ」


 ジュードが頭を掻きつつ俺の疑問に答えるのを耳にしつつ霜月を手に取る


「手が傷つくって言ってんだろ。分かんねぇのか」


 ジェードの制止を振り切り鞘を抜く

 刀身は絶えず見えず周囲の空気を冷やし白く涼し気な冷気が周囲に流れる


「霜月の柄をどうした?」


 ジェードの質問は曖昧であり的確だった

 ソラは柄の素材に隕石ダーウィニウムを使われていると察して自身の侵化エヴォルヴを使うことで手を覆うように柄を変形させていたからだ


「俺の侵化でね」


「……ダセェけど霜月に使い手が見つかったんなら良かった。裏に練習できる場所あるからそこで触っとけ。ただ、ソイツ殺したら承知しねぇからな」


「ありがとう」


 感謝の言葉を述べると思い出したように顔を赤くしてそそくさとどっかへ言ってしまった

 ソラが霜月を持ち工房の裏へ出て霜月の感触を確かめている内に時間は12時を過ぎ焦りが態度に出始めた頃アンドリューがアラトの武器の完成を伝えに来た


「ソラさん! 完成しました!」


 その言葉が聞こえた途端に俺は鞘に収め武器を受け取りに向かう。向かうとハチさんは少し大きめな直剣を持っていた。そして剣の鞘に貼られた札にはハチ叔父貴によって名付けられた名前が書かれている


「送り届けてくれ」


 ハチ叔父貴から受け取った俺は頷き自分のブレードも持ち、外に出る

 既に時間は12時を超えている。試合は開始している事だろう

 今から向かったら確実に30分以上かかる……一つの方法を除けば

 俺は覚悟を決め俺のブレードを手に取り外に出て空を見上げる


「空なんか見てないで今すぐ向かいましょうよ! ソラさん! 早く!」


 アンドリューの声を聞き流し俺はブレードを地面に突き刺すとそのまま侵化を発動し、ブレードを一瞬で縦に伸ばしていく

 屋根を越え周囲の工場群が既に遥か下に見える

 心臓がキュッと締め付けられる様な感覚になるが我慢して決闘場に向けブレードを曲げていく。侵化にももちろん限界がある。段々とブレードからヒビが入って来ているのを見てパッと手を離すのと同時にブレードが崩れながら縮小していく

 空から落下しながら俺は直剣を振り被り決闘場に向け力いっぱい投げつける


「届け!!」


 俺の気持ちを乗せ遥か下の決闘場へ向けて飛んでいった

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