工房

 月夜が照らす中ソラとアラトは東の工場群の端にある”ハチ鍛冶屋”の前にまで来ていた 


「来てみたは良いけど……どう思う?」


「どうって……これは……」


 結論から言って見るからに潰れていそうな見た目をしている。辺りに街灯はなく看板を照らす電灯は不定期に点滅している。そんな状態でも分かるほどにハチ鍛冶屋の看板は錆びていて、足元には酸化鉄がにじみ出て地面を茶色く汚している。言葉は声には出さずともふたりとも同じ印象を抱いていた


「”本当にやってるのか”って言いたそうな顔じゃな」


 ギィッと軋んだ扉を開けながらあの骨の浮いた爺さんが出てきた。爺さんは袴のような作業服を着ている


「ちゃんとやっとるわい。とりあえず中へ入れ」


 爺さんは鼻息を荒くしながらも俺たちを中へ招き入れる

 中に入ると一瞬で熱気が全身を包む。奥を見れば数人が大鎚を振り上げ金物を加工しているようだった。聞こうとしなくとも建物内全体に響いているカンッカンッと鳴り響く音が耳に入ってくる

 外から見ただけでは想像がつかないほどに室内は整備されており、汚れなど1つもなく電球は途切れることなく光を発し壁には包丁やヤカン、ザルなどの日用品、大鎚やハサミ、鞴や火箸などが吊るされている


「お前ら! 一旦止めぃ! 此奴らはじゃ!」


 爺さんが大声で伝えると全員が即座に動き出し道具を片付けている。しかも行動一つ一つがどれも最小限の音しか出ていない。しっかり教育の行き届いている証拠だろう


「お前ら、遅いぞ! さっさと出さんかい! 弟子辞めさせんぞ!」


 爺さんが怒鳴ると弟子全員がすみませんでしたぁ! と大声で叫びながら片付けを終える。弟子の一人が火を吹く龍の形を模した細長い棒を地面に刺すとカチッと音が鳴り一部の壁が反転し様変わりしていく。それによってハチ工房のもう一つの顔が露わになる。中央には武器が並べられ、その左右には鱗や角といった進生物の身体の一部が吊るされていたり進生物の筋繊維や臓器といった内部器官の一部などが水槽に保管されている


「「おぉぉ……」」


 アラトと二人して驚嘆していると横から自慢気な顔を浮かべた爺さんが話しかけてくる


「カッコいいじゃろ」


「あの、ハチさん……」


「かっこいいじゃろ?」


「……はい。カッコいいです」


「うむ。そうじゃろう。なにせワシの自慢のギミックじゃからな。扉の反転する仕組みはワシがこの鍛冶屋を建てる時に仕込んだ男のロマンなんじゃ」


 期待していた答えが聞けて満足したのか爺さんは弟子の方へ向かう


「叔父貴、準備出来ました」


「うむ」


「あの人、叔父貴とか呼ばせてるけど大丈夫なのかな」


 少し不安げにアラトから耳打ちされる。俺もどうかと思うけど爺さんは嬉しそうだし弟子も目を輝かせているところを見ると嫌そうではないらしい


「お互い楽しんでそうだし良いんじゃないか」


「じゃあ僕たちも叔父貴って呼んだ方が良いのかな」


 アラトがふざけてる余裕があるのに驚いていると爺さんが俺たちを呼びつける


「お前ら、ボサッとしとらんでこっちへ来い!」


 叔父貴からのお呼び出しだと二人で目配せし少し笑いながら小走りで向かうと爺さんが神妙な面持ちで口を開いた


「お前、エツヤの坊主と決闘するんだって?」


 決闘の話とだけあって工房内が静かになる


「はい。早くて明後日くらいにはもう」


 アラトは直ぐに真剣な目つきになり爺さんの問いに答える。すぐに真面目になれるのはアラトの良いところだが決闘の前でもいつもの調子でいられるのは才能と言ってもいいかもしれない


「武器は何だ。見せてみろ」


 ソラが爺さんに成人の儀の時に貰ったナイフとつい先程購入した刃の溝に毒が仕込まれたナイフを渡す。爺さんは無言で2つのナイフを隅から隅まで細かく見ていく。その目は正しく職人の目であり先程までの衰えた老人の目と同じ人だとは思えない。弟子が無音で用意したテーブルに乗った肉塊で試し斬りをする。毒ナイフの方はしっかりと切れているのに対して成人の儀のナイフは強く押し付けてやっとギリギリ傷が付く程度で素人目から見ても駄目なのが分かる。試斬りを済ませた爺さんは2つのナイフをテーブルに置く


「毒ナイフの方は良いがこっちはもう使いもんにならんな」


 爺さんはしばらく顎に手を置き考え込み、近くの大きな水槽の棚を眺め始めた


「これなんかどうじゃ」


 爺さんが指差した物は半透明な薄緑色の液体に浸かっているが馴染み深い形をしていた。それは天貫くほどに鋭く尖った牙。鋭くまだ器官が生きているのかバチバチと周囲に雷を放っている。これは間違いなくボァースクの牙だ


「これってボァースクの……」


「何じゃ、知ってたのか。つまらんのぉ。つい最近狩られて持って来られた親ボァースクの牙じゃ」


 まさか狩ったボァースクと再度出会うとは思っても居なかったがこうやって見ると出会った時よりもデカく感じる。角の近くの筋肉質な肉塊や筋がボァースクの身体の一部であったことを強調させる


「知ってたも何もこれ狩ったの僕たちです」


 ソラの返答を聞きながら爺さんはタバコに火を点ける


「何じゃ。お主らだったんか。じゃったらコイツの特性も知っておるじゃろう。これを加工すると雷を付与することが出来る様になると思うぞ」


 爺さんは少し笑みを見せると電極を水槽に挿し込み電球を光らせて見せる


「え、もしかして作ってくれるんですか」


 ソラの声から隠せなていない喜びが溢れているのがおかしいのか爺さんは意地悪そうにニヤニヤする


「なんじゃ、要らんのか? ならさっきのナイフを直すくらいしかやることはないのぉ」


 爺さんが片付けようとするのをソラが無言で止める


「お願いします。叔父貴」


「よし、お願いされた。最速で明日の夜に完成させるでな。また明日の夜ここに来い」


 そう言うとハチ叔父貴は直ぐに弟子に指示を出し始め先程までの静けさと一転して騒々しくなる


「お前らはもう帰りな。お前らに特に出来ることはもう無い」


 爺さんはタバコを吹かし弟子たちの動きを見ながら俺たちを手で払う

 俺たちはハチ工房から追いやられる形で出る


「帰るか」


 俺たちは明日にもあるかもしれない決闘に向け身体を休めることにした


 ハチ鍛冶屋から帰ってきたアラトとソラは床に正座になりシズクさんに説教を受けていた


「いつまで経っても帰ってこないから心配になったんだからね!?」


「「はい、すみませんでした」」


「……それで? いつ完成出来るの?」


「明日の夜くらいには……」


 チラッと見てみればシズクさんの額に青筋が立っているのに気がついた。横を見ればアラトの姿は先程よりも少し小さく見えた

 シズクさんは椅子に座りコーヒーを一口含み溜息をつく


「まぁ、とりあえず明日早いんだから早く寝なさい」


 釈放された俺たちはベッドに入ると即座に泥のように眠りについた




「で、起こされるまで起きられなかったんだ? もう9時よ? 」


 朝になってまた俺とアラトはシズクさんに起こられていた


「とりあえず着替えて玄関に行って! 行政の人、待ってるから!」


 アラトはシズクさんに急かされる形でベッドから叩き起こされ玄関に向かう

 タイミング的にきっと行政からの決闘に関する連絡だろう。俺も急いで玄関に向かうと既に行政による連絡は終わったらしくアラトが扉を閉めている所だった。アラトが少し焦り顔をしていたような気がするのが気掛かりだがまずは一度テーブルに戻り一緒に遅めの朝食を食べる


「食後すぐに聞くのも悪いけど、なんて言ってた?」


「決闘の日程について言われたんだけど……今日の昼、12時からだって……しかも今から向えって」


 今日の昼ってことはハチ工房の完成予定よりもだいぶ前だ


「どうにかするしか無いな。今からでもなにか出来ないか……」


 思考を巡らせているとアラトはフフッと微笑する


「大丈夫だよ、ソラ。僕には作戦があるってね」


 アラトは自慢げに胸を張って見せるが腕が少し震えているのを隠しきれていない


「その作戦が成功すれば勝てるんだな? 脳天でも割るのか?」


 少しふざけて言葉を返すとアラトも俺と同じ様にニヤリと歯を見せる


「アイツの腕ぶった斬ってくる」

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