砂の賢者

 隕石ダーウィニウムが落ちて世界各国が崩壊し国というものが一度無くなった新暦0年から32年経ったある日、俺は生まれたらしい。らしい、というのは俺が親という存在を認識する頃には既に孤独で研究員の研究対象でしか無かったからだ

 当時新人類は自らが使える得体の知れない能力の活用方法について良く分かっておらず自身の能力についての研究が盛んだった。そしてその研究の一つとして”無能力者に能力を発現させる為の研究”があり、その研究対象の内の一人が俺だったのだ。俺を含め新人類であり能力が無い幼い子供達が約50人程居た。定期的に薬を投与され能力の発現が見られた子供から順に連れ出され研究が開始する。それを続けても俺や何人かの子供達は能力が現れることがなかった。また、発現した能力はどれも弱かったり強力であっても代償がばかにならないほど大きかったりと、どれも使い物にならないらしい。この頃になると研究者達は焦ったのかより強力な薬を投与するようになり死んでしまう子供も現れた。そして研究者達は致死量を軽く超える量を俺に投与する事に決めた。しかし注射される直前に死にたくないことを一心に念じていた俺は侵化エヴォルブに目覚めた。おかげで俺はなんとか致死量の薬を投与されることなく済んだ。研究によると隕石を素材とする物の形状や特性を変化することが得意な事がわかった。そして研究が始まってから10歳の時に事件が起こった

 研究所が襲撃されたのだ

 14歳になる頃には俺の研究以外で新人類は成果を出しドンドンと領地が広がり、ドンドンと発展していた。それに危機感を覚えたとあるベースが他のベースと連携して襲撃したらしい。襲撃が始まると研究員は俺を置いて施設を後にした。既に襲撃され至る所で火の手が上がるようになってから三日三晩が経過した頃に俺は襲撃してきた連中のその内の砂の賢者と自らを名乗る4人の集団に保護された


「おい、お前、大丈夫か」


 濃い緑色をした軍服に身を包んで、見事な髭を蓄えているおっさんが痩せこけた俺を見つけると直ぐに抱き抱え、深い傷が無い事を確認する


「アレンはマークと一緒に残ってここの資料を回収しろ」


 アレンと呼ばれた女性はは俺に関するデータ資料を回収する横でマークと呼ばれた武器を持った男性は周囲の警戒に当たる

 待っている間、おっさんは俺に話しかけてきた


「お前、自分の名前とか言えるか?」


「……ソ、ラ」


 俺は一言発すると最後の気力を使い果たしたのか気を失ってしまった

 次に目を覚ましたときには戦場を後にして砂の賢者の拠点にいた


「目、覚めたか」


 見れば横で軍服のおっさんが紙束を読んでいる


「ここは?」


 俺が問いかけると近くの機材の山の奥から女性が顔をヒョコッと出してきた。見れば機械のパーツを手に取りなにやら作業をしていたらしい


「ここは私達砂の賢者の住処。もう研究されたり嫌な事してくる人はないから安心してね」


 砂の賢者という単語が出るとおっさんが不機嫌そうになる


「ソフィア、砂の賢者なんて他の奴らが呼んでいるだけだろう」


「でもドミニクさん、周りがそう呼んでいるんだから私達もそう名乗るべきじゃないかしら?」


 ソフィアはドミニクに言い返す。あの時は良く見ていなかったから分からなかったがソフィアはドミニクと比べてだいぶ年若い様に見えた


「そんなことよりコイツをどうする。助けたのは良いがいつまでも俺達の元に居させるのか?」


「それも良いんじゃないかしら」


 ドミニクの質問に機械を弄りながらアレンが返答すると武器の手入れをしていたマークも続けて答える


「戦い方なら俺とドミニク大佐で教えましょうよ」


 乗り気なマークにやれやれといった様子のドミニクは少し息をつく


「ソフィア、アレン、マーク。そんな簡単に決めて良い事ではない。彼自身が望むなら良いが私達だけで決めることではない。第一……」


 ドミニクがたしなめていると3人は可笑しそうに笑う


「……何か面白かったか?」


「だって、そう言ってるドミニクさんが一番真面目に彼のためになる事を考えてそうなんだもん」


 ソフィアが答えるとドミニクは少しハッとしたかと思うと今度は持っていた紙束に視線を移す


「……好きにしろ」


 ドミニクからの許可を得た3人はこっちに寄ってくるとそれぞれ自己紹介をしてきた


「私はソフィア。進生物の研究をしているの。もし興味があったら私に言って? 何でも教えてあげるから」


「ソフィアは3年前、18歳にしてこの研究の第一人者になった凄い人なのよ」


「アレンだって2年前に23歳で研究の第一人者になったんでしょ? しかも進生物よりも研究者の多いダーウィニウム研究の第一人者なんて」


 ソフィアとアレンが互いに褒め合いワイワイしていると横からマークが話しかけてくる


「俺はマーク。用心棒をさせてもらっている。お前も男なんだからそんな研究なんかよりも興味あるのはやっぱり武器だよなぁ! 俺に言ってくれればいつでもどんな武器でも見せてやるよ! ナイフ、刀、斧に鎌まであるぜ」


 マークのとてつもない熱量に圧されているとソフィアとアレンがマークを押しのける


「「私達と一緒に来る?」」


 今思えばそれしか道はないのだが当時の俺はその場の勢いに負け、うんと頷くしか無かった。それから俺は6年間なんだかんだ砂の賢者達と一緒に生活して色々学ばせてもらった。教養から武術まで幅広く彼らが知っていることの多くを学んだ。その中で唯一学べなかったのが侵化だ

 俺が16になった後、突然今後はとあるベースにお世話になることになった

 それからは部外者であったことなど周囲から浮いていたからイジメの対象になりそれが合計2年続いた。途中で一度バレたがその後もより陰湿なものになって続いた

 そして調査の途中で捨てられアラトと出会ったんだ



 アラトは静かに話を聞いていた。ソラは話疲れて大きく息を吐く


「だいたいこんな感じだったと思う」


 ソラが話終えてからもアラトは何も言わない


「ごめん、壮絶すぎて何も言えないや。話してくれてありがとうね」


 ソラはただ聞いてくれただけで良かった。バカにすることなく真剣に聞いてくれたことが嬉しかった


「いや、真剣に話を聞いてくれてありがとう。特に気にされても嫌だしこれまでと同じように接してくれると嬉しい」


 ソラが少しはにかみながら笑うのを見てアラトももちろんだろと笑顔で返した

 少し歩くとアラトの家が見えてきた。そろそろ夕飯時のはずだがなぜかアラトの家の前で賑わっている大勢の街の人達が居る。近づくと段々と話している内容が聞こえてくる


「絶対に負けるなよ!」


「応援しているわよ!」


 などといった声がほとんどだ

 俺たちが帰ってきたのに一人気がつくとぞろぞろとこちらに寄ってきていつしか囲まれていた


「絶対に勝つんじゃぞ!」


「負けたりしないでよね!」


「負けたら承知しねぇぞ!」


 などといった声援の中で一人だけ口をつぐむ骨の浮いたお爺さんが居た

 ソラと目線が合うとそのお爺さんは奥に見える工場群を指さした


「ハチ工房に来い」


 一言言うとスタスタと帰ってしまった

 すぐに家族がソラとアラトを家に入れ戸を閉めるとしばらくして応援の声はなくなり街の人達は帰っていった様だった


「必要なものは買えた? 夕食出来てるわよ」


 シズクがアラトに聞くとアラトは少し空けてから一つ買い忘れたと言い家を出ていった。ソラも慌てて追いかける


「どうしたんだよ急に」


「他の人達が応援の声を掛けてくれていた中一人だけハチ工房に来いって言って帰っちゃったあのお爺さんが気になるんだ」


 さっきの爺さんか。確かに少し周りとは様子が違った


「俺も気になってたんだ。一緒に行こう」


 俺とアラトは街の人達に見つからないように夜陰に隠れながらハチ工房へ向かうことにした

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