大地の民

 俺は気が付くとふかふかなベッドの上に横たわらされていた

 窓からは陽の光が差し込んでいる

 上体を起こそうとすると筋肉痛で良く動けないことに気がつく

 当然といえば当然。ボァースクとの戦いの後、何日眠っていてここがどこなのかすら分からないがどこの誰かが多分助けてくれたのだろう。その証拠に看病をしていたのかタオルを持った淡い青色の髪の毛の子供が二人、左右に一人ずつベッドに顔を伏せ眠っている

 なんとか上体は起こしたがベッドから身体を降ろしたいのに両隣りにいる子供が邪魔で降りられない


「どうしよ……」


 子供達が俺の声に応じてちょっと寝言を言う

 つい、呟いてしまったが出来ることなら起こさないようにしたい

 どうしたものかと考え、周りを見てみるとベッドのすぐ近くに俺のブレードが立て掛けてある。見ず知らずの俺のことを疑ったりはしていないのか? とても温厚な人たちに助けられたのだろう

 アラトもいないし周囲の今の状況を俺は知らなさすぎる。どうしたものかと物思いに耽けているとドアからガチャッという音とともに見るからに腰が悪そうな背中の曲がった老婆が替えのタオルを持って入ってきた


「あら、やっと起きたのね。ちょっと待って下さいね~」


 老婆は俺ににこやかな笑顔を見せながらそのままそそくさと扉の奥へ戻っていく

 戻ってくるとすぐに今度は中肉中背で少し弱気そうな中年男性が心配そうに入ってきた


「おはようございます、ソラさん。実は助けてもらいたいことがありまして……」


 あぁ、えっと、などと慌てながらもベッドの横の椅子に座る


「えっと、とにかく、アラトの父のアキラです」


 そう言い座りながらも綺麗な一礼をすると


「困惑していると思いますが一つ約束をしてほしいのです。どうか、常にアラトの味方でい」


 アキラが話を終える前にドタドタと騒がしい音を立てながらドアをガンッと蹴破り、暗い赤茶色の髪をした筋骨隆々なおっさんが現れた

 ひどく汚れた藍色の作業着を穿き白のタンクトップ、手には指ぬきグローブを着けている


「ソラくん! やっとお目覚めのようだね!? 私は大地の民の長のエツヤだ! よろしく!」


 先程ベットで寝ていた子供達が一瞬で目を覚まして耳を塞ぎ、部屋から出ていく程の声量で、見た目に負けず劣らない程の熱血的に握手を求めてくる


「先遣隊隊長! ドアを、蹴破るのは、止めてほしい、です……」


 アキラさんは最初こそ声が出ていたものの声のボリュームは段々と下がっていき、ソラさんも子供も居るので、という声はもはや横にいる俺にしか聞こえていない

 反論された先遣隊隊長は先程までの熱血さながらの顔から一瞬でひどく嫌そうな顔になる


「今の俺は先遣隊隊長ではない! この大地の民の長だ!」


 叫びながら俺が寝ているベッドの脚の一つを蹴り壊す

 先程までの熱血的な態度からは想像ができない暴虐さである


「あんなクソジジィが長をしていたらいつか滅びるに決まってる!」


 エツヤはアキラの胸ぐらを掴み上げる


「で、でも長である我が父に、賛同している人が、過半数を超えている以上、族長の変更は、出来ませんよ……」


 アキラは胸ぐらを捕まれながらも必死に声を発する

 そんな事は知っているとエツヤは吐き捨てるようにつぶやきアキラを壁に向けて投げ飛ばす


「ソラくん、すまないね。気分を害してしまったから帰るとするよ」


 エツヤは蹴破った扉を踏み越え部屋から出ていった

 エツヤが遠くへ行くのを見てから綺麗な女性が小走りでアキラの近くへ寄り添い、先ほどの老婆は大きな溜息を付き荒れた部屋を片付け始める


「あの、さっきのは……」


「あー、アイツは先遣隊隊長のエツヤさんだよ。昔はあんな感じじゃなかったんだけどね。私の父を冤罪に嵌めて大地の民の長になろうとしてるんだよ」


 俺の質問に対してアキラは女性に介抱されながらも丁寧に答えてくれる

 大地の民の長とか詳しくは分からないがとりあえずアラトとその家族にとっていい関係の人ではないと思えた


「昔から何かとアキトさんに突っかかってたからねぇ」


 お婆さんは昔を懐かしむように窓の外を見ながらつぶやく

 そういえばアラトはどこに居るのだろうか。ふと、そんな事を思う。思えば目が覚めてから忙しすぎて色々と質問するタイミングが無かった


「あの、アラトは今どこにいるんですか?」


「アラトなら今頃成人の儀の証明だったり君について報告していたりすると思うよ。もちろん私達にはもう君について軽く話してくれてるよ」


 そういえば首が必要だとか言ってたっけ。その証明をしているのか


「貴方達は?」


「私はさっき言ったようにアラトの父のアキラ。左から妻のシズク、祖母のシズエ、今外で遊んでる二人がアラトの弟のアキトと妹のシノだよ」


 つまりここに居るのはアラトの家族と俺だけ


「一応聞きたいんですけどここってどこですか?」


「ここは大地の民の長の家、アラト含め私たちの家だよ」


 やっぱり予想はついていたが俺は大地の民の集落に来てしまったようだ。この人達は俺のどんな質問に対しても親切に返してくれる。ベースの人たちとは大違いだな。


「俺はどれくらい寝ていました?」


「ソラくんは、私達が駆けつけてから10日間寝ていたよ。気になるだろうから言うけどアラトは一昨日起きたよ」


 10日間も……それを聞いた途端に空腹に襲われる

 ギュルギュル音を鳴らすお腹を抑える俺を見てアラトのお母さんが温かいスープを出してくれた

 スープを貪るように飲み干すとなんとか腹の鳴りは収まった


「あの、聞いていいか分かんないですけど、今、どうなっているんです?」


 俺の質問の意図を汲み取ってくれたアキラさんは悔いる様に顔をしかめ、拳を強く握りながら話し始める


「半月前に突然エツヤが錯乱状態の私の父、アキヒトの事を傷害致死罪で牢に閉じ込めんたんです。証拠として血で塗れた父の斧と斧で殺されたときに起きる特徴的な傷の付いた死体を何体も連れて。よく考えれば父はそんな事をする人ではない事はよく知っていたのですが突然の事でして……」


 その時の事を思い出したのかアキラはより強く拳を握る


「私達が冷静じゃない内にアイツは自らを大地の民の長として名乗り無理矢理に賛同を得ようとし始めたんです。強く反対する人は処罰を与えられたりしてね」


 シズクがアキラの手を握り、続きを話し続ける


「力で支配しないのは大地の民の土地の中には不思議な守りがあってね。処罰と正式な決闘以外で他者を傷つける事が出来ない守りがあるの。でも、それでも賛同が得られないと分かるとその守りの外に出して暴力を振るい出したの。それが先月初めのこと。それで今はエツヤに従う人が人口の4割強居てね。簡単に言うとエツヤ派閥とアキヒト派閥が出来てるのよ。この状況を変えるって言ってアラトは意見申し立てをする為に成人の儀をしに外に向かったのが半月くらい前だったかしら」


 シズクの説明にも分からないところがあったが大方分かった


「その、意見申し立てっていうのは?」


 ソラが質問を返すと先程までリビングで静かにお茶を啜っていたシズエが部屋に戻ってきて口を開いた


「ここからはワシが答えよう。シズクは夕食の準備を、アキラは外の子供達を迎えに行きなさい」


 アキラとシズクが素直に従い部屋から出ていくとシズエは先程までアキラが座っていた椅子に座ってソラの質問に答える


「大地の民は初めの数人のおかげで今も続いていると言っても良いんじゃ。その内の一人がさっき言ってたような守護のベールと処罰、決闘、意見申立の仕組みを作り上げてな。守護のベールの下では処罰と決闘以外での他者への暴力を出来ないようにして大地の民全体を巻き込むような大きな決め事には成人の儀を行った人でないと意見を通すことが出来ないんじゃ。今回の長の変更に関してもそうじゃな」


 なるほど。だからあの時、ボァースクを狩りに来ていたのか

 突然頭が痛くなって来た。一気に多くの情報と触れたことが原因だろうか

 それを察したのかシズエは、俺に優しく布団を掛け


「とりあえず眠ってなさい」


 と言い部屋から出ていった

 扉が閉まるのを見届けると同時に俺はまた眠ってしまっていた

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