進生物

 進生物の巣である洞窟の壁は普通の洞窟とは違い、壁に太く縦に伸びた窪みとその周りには小さな裂け目が、床には岩の欠片がいくつも落ちていた。アラトは先程見せてきたナイフを構えながら音を消して慎重に少しずつ進んでいく

 曲がりくねった洞窟を少し進むと大きな空洞に辿り着いた。至るところでヒカリゴケが空洞内部を仄かに照らしている。空洞の奥、枯れ木や枯れ草などで出来た寝床には一匹の獣が深い寝息を立てながら寝ている

 写真で見たことがある。あの獣はイノシシから進化したと言われているボァースクだ。ボァースクは牙がとても鋭く脚が太く短くそれでいてとても速いことで有名である。写真よりも少し大きく見えるがアイツは本当に未成熟個体なのか? そんな疑問がよぎるが進むしか無い

 アラトと向き合い互いに頷くと俺は空洞の手前で立ち止まり、アラトは息を殺し進んでいく

 ボァースクまであと15mといったところにまで近寄るとアラトはおもむろに立ち止まった。アラトがナイフを構えるとアラトの腕が瞬時に伸びた。その動きは鋭く俊敏であり、それは正しく獣が何時如何なる時にでも警戒しているであろう領域の外から即座に寝首を狩る仕草であった

 そう、アラトは新人類のみに許される異能 侵化エヴォルブを使用したのである

 多分アラトの侵化は身体の一部を変化させる事に特化しているのだろう

 唯一のイノシシの急所と呼ばれている心臓目掛けて一直線に向かったナイフはしっかりとボァースクの体内へ沈み込んだ。ここから見るだけでは心臓にしっかり刺さったのか近くの大きな血管を切ったのか分からないがとにかく勢いよく血が流れ出ている

 寝込みをいきなり襲われたボァースクは身体をビクビクと震わせ声にもならない鳴き声を漏らす。その間もアラトは無情にナイフを奥ヘ奥へと深く沈み込ませる。当然、血はドンドンと出ていきアラトの足元にはあっという間に血溜まりができている。もちろんアラトの身体も既に大量の返り血で濡れている。冷静さを取り戻したボァースクは最後の力を奮おうと身体を動かす。アラトは深く突き刺したナイフをボァースクの身体から抜き出す。そのまま数歩、退行すると刺した時と同じ様に後髪を即座に伸ばし、今度はボァースクの身体を貫く

 アラトはこの時間になると親が我が子の為に狩りの為に外へ出る事を知って、子供のボァースクを狩る計画を立てていた

 しばらくの間、貫かれたまま宙に浮かされているボァースクは体を動かして必死に現状を打開しようとしていたがしばらくするとグッタリとして動かなくなった

 アラトは大きく深く息を吐くと侵化を解きこちらに話しかけてくる


「ソラ、外の様子はどうだい? まだ親は帰ってこなさそうかい?」


 この時ソラはアラトの侵化に気を取られていたがしっかりと外の注意を払っていた

 しかし、ボァースクの咆哮はソラの警戒範囲の外まで響き、危機的状況にある我が子を守らんとする親がすぐそこにまで迫っていた

 ソラが外の異変に気がつくよりも早く、声を発するよりも早く、巣全体が揺れた

 ドォン!! と鼓膜が裂けそうな程の轟音と共にとてつもない勢いの突風が吹き荒れ礫がアラトとソラを襲う

 目を開けると先程まで洞窟内を微かに照らしていたヒカリゴケの光とは打って変わって太陽の眩しい光が途轍もなく大きい一匹のボァースクを照らしていた

 そのボァースクはとてつもなく鋭い牙を持ち、よく見ると牙は既に血で濡れている。まさかと思い、眼だけで辺りを見渡してみると俺より少し前にある一際大きい岩の下からアラトが出てきた。しかしアラトは大きな傷を負っていないようだった。ひとまず安心である。

 俺がアラトの方を見た一瞬の隙に興奮状態のボァースクは牙をバチバチとさせ突風とともに俺に襲いかかっていた

 再度轟音が鳴り先程まで俺が立っていた岩は爆ぜていた


「ソラ! 何ボサッとしてんの?!」


 アラトの声でハッとする。写真で見ていたよりもボァースクは大きく、普段であれば規定に則り味方を一人ずつ犠牲にしてでもベースに逃げ帰っていた俺は突然の事で動けずにいた


「見つからないはずだったんじゃないのか!?」


 手が震えている。俺は知らず知らずの内にひどく怯えていた。今まで俺が相手にしてきたのはコイツよりも圧倒的に小さかった。コイツから逃げることは不可能で殺すほか生きる道がない事を理解しているのにも関わらず俺は震えていた


「分からない! なにかイレギュラーが合ったのかも!」


 見るとアラトも驚いている様子だった。しかしソラとは違い冷静さを欠くことなく冷静に現状を把握していた


「実は僕の成人の儀の証拠としてさっき狩った生物の首が必要なんだ! だけどさっきのでグチャグチャになっちゃってると思うから! とにかくコイツ狩るの手伝って!」


 アラトはボァースクの牙を振り上げるような鋭い突きをギリギリのところで避けながらも続けて話しかけてくる


「僕なら身体を硬化させたり出来るからコイツの攻撃を食らってもなんとかなるかも! だから代わりに君がコイツにトドメを刺してほしい!」


 帯電した牙からの放電に対してアラトは身体を金属化させ受け流しながら動けずにいるソラに向けて叫ぶ


「大丈夫! 僕らなら勝てる!」


 なんの根拠もない、なのにその言葉は真実のように感じられた


「俺らなら勝てる俺らなら勝てる俺らなら勝てる」


 アラトの言葉を反芻している内に体の震えは小さくなっていった


「おっし! 行くぞ!」


 パンッと両手で顔を叩きソラはブレードを鞘から抜く

 ブレードは進生物を倒す為に調査チーム全員に支給される武器であり刀の様な見た目をしている。しかし、刃にダーウィニウムを素材として使っている事が刀とは違う

 先程から何度もボァースクの雷撃によって巣の壁はボロボロになって壁全体にヒビが走り始めている。そのうち崩壊するだろう。時間はそんなに長く残っていないようだ


「ボァースクが俺の正面に来るように誘導してくれ!」


 俺は叫びブレードを構え精神を統一する

 コレを使うのは久しぶりだ。前のように皆と同じじゃないからと虐められることも怖がられることもない。なぜなら今俺と共に戦っているのはベースのメンバーではなく新人類の友なのだから


「こっち来たよ!」


 俺のすぐ近くに着地したアラトは心配など無いといった様子で横に来る

 俺はブレードをまっすぐ正面に構える

 ボァースクは俺たちの正面から牙に電気を纏わせ突っ込んでくる。それはさながら雷であり目にも留まらぬ速さで疾走りながら、周辺の岩を破壊しながらこちらに向かってくる


「アラト、どうにかアイツの動きを少しでも止められるか?」


 俺の問に対してアラトは笑顔を見せ、もちろんと返すとすぐさまボァースクに向かった。アラトは先程と同様侵化し今度は脚を硬化させ地面に突き刺し、その後全身を硬化させボァースクを待ち受ける

 ボァースクはアラトに対して只々正面からぶつかった

 アラトとボァースクは地面を抉りながらも段々と速度を落としていき眼で追える程度の速度まで遅くなっていた

 俺はボァースクの額へ飛び乗るとボァースクの眉間にブレードを突き刺し力を込める

 力を込めると久しぶりの感覚に包まれる

 ボァースクの牙から体毛から電気が疾走り俺の身体を傷つける。痛くて今すぐ手を離したい気持ちを堪え、俺は負けじともっと力を込める

 それに応じてブレードはどんどんと太くボァースクの体内へ伸びていき次第にボァースクの頭を割いていく。しかしそれではボァースクの勢いは留まらずブレードを自らの脳にどんどんと沈み込ませながらも俺たちを壁にすり潰さんとこちらへ向かってくる。その間も俺は力を込め続けブレードを脳を抜け心臓へ向け伸ばす

 俺が侵化を使っていることに驚いた様子のアラトには気にせず俺はもっと力を込める

 後少しで俺たちも死ぬ、そんな瞬間にボァースクと眼が合った気がする

 俺が勝利の笑みを見せるとボァースクの目は光を失い、辺りを静寂が支配した


「ハハハ、まさかほんとに勝てるとはな……」


「狩れちゃったね……」


 ボロボロになった互いを見ながらつぶやく

 元のサイズになったブレードを拾おうとしたら疲れからか突如身体を支えられなくなりうつ伏せに倒れ込む

 それに合わせるかのようにアラトも倒れる

 俺ら、いいコンビなのかも、などと考えていたらドドドドドッと複数の生物の駆ける音が聞こえてくる

 コレはきっと近くの進生物の足音だろう。俺らはきっとこれから死ぬんだ

 しかし、置いていったメンバーには感謝しないといけないな

 友達と呼べる存在が居なかった、最悪と言っても良いような人生だった俺がこんな良い友達と出会い最後を迎える事が出来たのだから

 そんな事を考えている内にどんどんと足音や声は遠のいていった

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