進化したその先
バケツ
新人類
ドンッ!
俺はメンバーに笑いながら突き飛ばされる
荒廃した地面に叩きつけられた俺の後ろからバカにする声が続いてくる
「早く置いてくぞ」
「お前ガスマスクそこに置いとくから頑張って帰って来いよ~!」
メンバーの一人がダーウィニウム粒子が充満しているところに向かってガスマスクを投げ捨てるのを呆然と見ている俺を置いてメンバーたちはゲラゲラと笑い声をあげながら車で走り去っていく
俺の口に砂礫が入る。驚きのあまり声を出せない
惨めだ。まさか未開域調査の帰りに捨てられるとは思いもしなかった。奴らが幾度か事故に見せかけて俺に怪我を負わせようとしていたのは知っていたし嫌われている自覚もあった。だけどまさかこんなところで一人置いて行かれるほどだとは……
悲哀に満ちたため息が出る
数十秒ほど辺りに閑寂が立ち込める。しかし何も起こらない。当然だ。ボーっとしていても何も起きない。どうしようもないこの状況を理解した俺は立ち上がり今やるべきことを考える
先程調査したときに近くに進生物の巣と大きなダーウィニウムの塊があった。ダーウィニウムとは、半世紀前に世界各地に落ちた隕石であり、新物質の鉱石だった。隕石から発せられる毒ガスをダーウィニウム粒子と呼び、それに順応した生物を進生物と呼んでいる。それを研究したのは俺が住むベースのとある研究者らしい。もちろん19歳の俺がまだ産まれる前の事だし、資料で知っただけだけど。隕石は空気と触れない状態に一定時間置くと毒を発しなくなる。一応ダーウィニウム粒子は少量であれば吸っても大丈夫だったはず……だがさっさとマスクを取らないとそのうち死んでしまう
とりあえずマスクを取るべく先ほど投げ捨てられたマスクの方へ向かう
砂で汚れたマスクを見つけると同時に近くで何かが動く音が聞こえる。今の音が進生物によるものだったら最悪だ。進生物は基本的に非常に凶暴で獰猛で危険だ。メンバーの内から一人ずつ生贄にして一人でも逃げて報告するべきだと言われているくらいには危険だ。俺は身に付けていたブレードを取り出し周囲を警戒する
息を殺して気付かれないようにしていると足音が後ろからこちらに向かってくる
「なにしてんの?」
「ゥワッ!!」
互いに驚きのあまり大声を出す
「えっ!? なになになに!?」
俺は声の方を向く
見ると声の持ち主は中性的な整った顔をした人だった。しかし服装は俺らベースの人間のように軍服ではなくダボっとした服の上からボロボロになった布を頭と口を覆う様に全身に纏っている。瞳の色も黒ではなく淡く澄んだアクアマリンブルーだし布の隙間からコバルトブルーの髪がチラチラと見えている。明らかにベースの人間じゃない。確実に別のベースの人間か新人類だ。
「なぁ、君……」
「近づくな!」
俺がナイフを突き出しながら叫ぶとそいつはピタッと動きを止め、ちょっと怒った顔をしている
「バカッ、そんな大声出したら巣にいるヤツが起きて来ちゃうだろ!」
なんとか聞き取れる程度の小さな声で注意してくる
動揺のあまり忘れていたが、すぐそこに実際に見たこともない知らない進生物が住んでいるというのに俺は大声出して……
俺は己の行動に恥ずかしくなり顔を赤くしていると近くでバキバキバキと何かが折れる大きな音が鳴る
「ほら~!!」
そいつはこちらを睨んで怒ってくる
ついゴメンと謝ると巣の進生物が大きな雄叫びをする
「ってこんなことしてる場合じゃない! ついてきて!」
そう言うや否やそいつは近くの小高い岩裏に向かって走っていく
どうやら足が速い様で既に裏に消えていったが信用するに値しないようであればこの後で殺せば良いだろう。俺は直ぐに岩の裏に着いたがそいつがいない。どこに行った、と周りを見渡していると背にしていた岩の方から声が聞こえてくる
「こっちだよー!」
よく見ると草に隠れて見えにくいが人がぎりぎり入れる程度の穴があった
どうやらアイツはここらへんの土地について詳しいらしい
実は罠で穴の先で殺されるかもしれないという恐怖心を押し殺して入る
中は静謐が支配しており石筍が至る所に立っている。そんな洞窟の中で鳴る音はぴちょんぴちょんと不定期に滴が落ちる音
道は下に向かって続いており少し下からアイツが俺を見ている
後ろをついて進むと少し加工したような開けた空間に出る
「……何でこんな所知ってるんだ」
「昔、教えてもらったことがあってね」
そいつは安心した様子でフードをはずす
フードをはずすとコバルトブルーの髪が姿を現した。髪は肩よりも下にまで伸びておりとても艶やかで手入れが生き通っているのが良く分かる。睫毛が長かったりと女と見間違えられそうだが顔の骨格からして男だとわかる
男が地面に寝転がるのを見て俺も警戒しながらではあるが座り込む
「君、名前は?」
知らないやつだが俺に対して敵意がある訳でも無さそうではある。一応助けてくれた恩もある俺は少し悩み答える
「……俺はソラ」
「ソラ。少しの間だとは思うけどよろしくね。僕はアラト。とりあえずさっきなんで
あそこに居たのか教えてよ」
不思議そうにしているアラトに対して俺は調査に来たがメンバーに置いていかれた事を簡単に説明する。事の顛末を話し終えた俺がアラトのほうを見るとアラトは何故かちょっと気まずそうにしている
「……えーっと……て事は、じゃあ、ソラってもしかして旧人類?」
やはり、新人類なのか?
「あ、いや僕はそういうの気にしてないんだけど、もしソラが新人類と関わりたくない、って感じるのであれば僕はすぐここから出るよ」
アラトはまだ申し訳なさそうに何やら話しかけようとしては躊躇した様子でボソボソ言ってみたりあたふたしていたがそんな事を気にしている余裕はソラには無かった。新人類と関わりたくない、つまりアラトが新人類であると自白したのだ
新人類。それはダーウィニウム粒子の影響で地球上の生物同様に異常な進化を遂げた一部の人類のことを指す。新人類の殆どは旧人類を滅ぼすことを目指している。逆に旧人類は滅ぼされまいと新人類を敵視している。その関係を知っているからこそアラトはなんとなく言いにくそうになっているのだろう
頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも俺はアラトに問いかける
「お前、本当に新人類なのか?」
「う、うん」
「……じゃあ証明して見せてくれよ」
俺は立ち上がりアラトの方を見る
「さっきのところに戻ってガスの中に入って俺のガスマスクを取ってきてくれ」
アラトは少し悩む素振りを見せると良いよと答えた
俺とアラトは洞窟から外へ出て俺達が先程出会った場所まで戻ると俺は投げ捨てられたガスマスクを指差し
「もし新人類だとしたらダーウィニウム粒子が充満したところでも問題ないはずだ。あれを取ってきてくれ」
アラトは粒子の濃い空間に向かって歩き出すと何事もなさげにガスマスクを取る。アラトがコレ? と上に掲げ指差すのを見て俺は頷く。お互いに進生物に気づかれない様に無言で意思疎通を取る
俺が頷くのを確認するとアラトはこっちに戻ってきて、はい、とガスマスクを渡してくる
「取ってきてくれてありがとう。……その、疑ってゴメンな」
「いや、良いんだよ。旧人類からしたら新人類を疑うのは当然だろうし」
新人類と求人類はその殆どが対峙しているというのに何故かこうして普通に話している。調査中にメンバーに見捨てられ進生物に襲われそうになって今は新人類と共にいる、今日一日で起きた事とはとても思えない
「さて、ちょっとだけでも信用してもらえたと思うこのタイミングで悪いけど一つ問題があるんだ」
問題? ソラが怪訝そうにアラトの顔を見ると視線がしきりなしに動いており明らかに焦っているのが分かる
俺は無言でその続きを待っているとグギュルルル~と獣の鳴き声のような音が響いた
アラトは顔を赤らめながら伏せており、その状況から察した
「……何か狩るか?」
俺は辺りを包む空気に耐えられず問いかけるとアラトは無言でうなずいた
再び外に出てきた俺達は狩る対象がいるというアラトに追従していた。進生物の巣の周りの安全を確かめるために歩きながらアラトは先程のお腹の音を誤魔化すように喋り始める
「実はさっきソラを見つけたのはあそこの進生物を狩りに行くところだったんだ。あそこの進生物はいつもこの時間寝ているっぽくて親も外に出てるんだ。だから寝てるところを殺ろうかなってね」
アラトは刃の長いナイフを取り出し刺す仕草をしてみせる。俺の持っているブレードよりは短いな。確かに通常であれば進生物を狩ることは出来ないしそれを行うにしてもそれは大掛かりな計画が必要であり、多くの人が必要になる。しかし寝ている進生物、しかも子供となれば一人でも狩れるのかもしれない。しかし一つ疑問に残った
「でもなんで進生物を一人で狩りに来たんだ?」
進生物を狩る理由は様々ある。例えば自分たちの身の安全の為であったりすぐに大量の食料が必要な場合などだろう。しかし、一人で狩る必要はないだろう
「それは僕が成人の儀を行っているからだね。僕ら大地の民はこの年になると成人の儀を執り行えるんだ。その儀式の内容として一人で進生物を狩るのがあるんだ」
やっぱり大地の民だったか。大地の民とは新人類の中でも大多数の新人類が賛同している新人類至上主義が旧人類の絶滅を目標としている事に反対し、新旧共に協力し凶暴な進生物とうまく折り合いをつけていこうという理想を掲げる集団だ。新旧共に沢山の人が理想を実現できることはないとバカにしているし新人類至上主義者は旧人類だけでなく大地の民も殺していると聞いている
「もちろん大地の民が夢見過ぎだって馬鹿にされているのは知ってるけど俺は夢見てたっていいと思うよ」
アラトの返答に対してソラは少し照れながら嬉しそうにありがとうと小さく呟き、
「良かったらソラに成人の儀に立ち会ってほしいんだけど駄目かな?」
と、ひとしきり巣の周りを歩き安全を確認したところで巣の中に入る前にこっちを見てくる
まだ出会って一日も経ってはいないが俺は確信していた。俺とアラトはきっと親友になれる。そんな事をだ。今まで友達が出来たこともない、皆から嫌われていたこの俺が、だ
「もちろん」
即答する他考えられなかった
アラトは心底嬉しそうな顔を見せ、先に巣の中に進んでいった
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