第18話 私と眼鏡君と最強のバディ(終)

 

 それはここにきてあまりにも、衝撃的すぎる告白だった。

 なんてこった……

 それじゃ、一度魔獣化したら、元の暮らしに戻るのは絶望的ってことじゃないか。



「そういう人、実はどんどん増えてるんですよ。

 僕たちが助けて会社に復帰した人たちは、すごく従順にどんな仕事でもこなすと聞いています。被害者の上司や同僚からは、怪我の功名だなんていう声も聞こえるくらいだ。

 だけど――

 それでいいわけないって、僕は思います」


 当たり前だ。

 あの課長は――そして守備局の上層部は、それを知っててやってるのか。


「根本的な対策をしない限り、魔獣化の被害は止まらない。

 中島さんのような人は、これからも現れる。

 もう、場当たり的にその場の被害を防いでいるだけでは、限界がある。

 そう感じているのは僕だけじゃない。巴君も、宣さんも、他のメンバーも――

 そして多分、課長も」

「課長も?

 あいつ、諸悪の根源じゃないんですか」


 思わず口からぽろっと出てしまった罵詈雑言。

 そんな私の言葉に、八重瀬さんは思わず吹き出しそうになって、慌ててこらえていた。


「課長は典型的な中間管理職ですよ。

 ああ見えても、裏では何とか上層部とかけあって、僕たちの意見を受け入れようとしてくれてるんです。

 上層部には色々とおかしな噂も多いですけど……

 課長みたいな人は、組織に一人は絶対必要です。でなきゃ、こういう組織は成り立たない」


 私を囮にして魔獣をおびきよせ。

 人が人でなくなると分かっていながら、部下に魔獣退治を命ずる。

 あのタヌキ課長――他にも何を隠しているのやら、分かったもんじゃないけど。


 それでも、私が当分、メンタルケア課から逃げられないのは確かなようだ。

 何でかって? そりゃあ――



「そっか~……

 でも、同じくらい、八重瀬さんみたいな『青いヤツ』も、きっと必要なんですよ。

 巴君があの時、言ってたみたいに」

「えっ?」



 ――うん、逃げられるわけない。

 吸い込まれそうなほど魅力的なエメラルドの瞳に、こんなに見つめられちゃあねぇ。



「巴君、八重瀬さんのそういうところ、きっと好きなんだろうと思います。

 多分、宣さんも。

 私も……嫌いじゃ、ないですよ?」



 ちょっとだけ勇気を出して、私はその言葉を口にする。

 途端、かぁっと頬が熱くなってしまった。

 ――それでも八重瀬さんは、悲しげにそっと私から視線を逸らす。



「豊名さんは……

 出来れば、地域守備局から離れた方がいい。

 僕は、そう思います」



 嘘だ。

 そう言いたかったけど、しばらく黙って八重瀬さんの言葉を聞いてみる。



「今回は運良く、豊名さんは助かりましたが――

 今後も同じようにうまくいくとは限らない。

 それに……晶龍と久しぶりに話してみて、分かったんですが」



 ひとつ唾を飲みこむと、八重瀬さんは真剣に私の目を見た。

 勿論、こっちも真剣に見つめ返す。



「魔獣は全国でもどんどん増えて、既に組織化しているものもあるらしいです。

 地域守備局がその存在を確認出来ないまま魔獣化し、表立って暴れずにある程度知能を備えた魔獣が――徒党を組んで地下で動き出しているとも」



 そうなのか。

 中島さんみたいに狂ったような大暴れはしなくても、人知れず魔獣化してしまった人たちが――?

 思わず八重瀬さんの額の水晶を、まじまじと見つめてしまう。

 八重瀬さんのように魔獣に乗っ取られ、半人半魔となってしまった人たちがいるのか。それも恐らく、正気を保てず狂ってしまった人たちが。

 その数はいったい、どれほどになるのだろう

 ――そう考えていると、八重瀬さんは指折り数えながらいちいち名前を挙げ始めた。



「晶龍が今把握しているだけでも――

 北海の百眼族に、三千世界の紅蓮兄弟。

 邪血撃滅機関に純正青鬼保護会、反魂の白狐互助会、黒尾獣族解放戦線、黎明の天狗組……」

「え、は、ちょ、待っ……!?」


 いや、タンマタンマ。

 暴走族かな? それとも愚連隊ですか。

 ヤ×ザみたいに組織化してしまった魔獣の団体御一行様が、もうそんなに!?


「――とにかく、僕がこれからやるべきことは。

 これらの晶龍の情報をまとめて、課長に報告することです。

 晶龍は言ってました。この魔獣の動きを放置しておけば、いずれこの国は壊滅するとも。

 だから――」


 もう一度改めて、私を見る八重瀬さん。

 でも、言わせない。何を言いたいのかは、分かっているから。


「八重瀬さん。だから、貴方は辞めろって言いたいんですか?

 そんなの、嫌ですよ」

「な……!?

 でも、豊名さん!」


 歯噛みしながら必死で激昂を抑えている八重瀬さん。

 多分、魔獣化した中島さんと相対した時と、ほぼ同じ顔だ。

 いつも優しくて可愛い男子の怒り顔、これもイイなぁ……


「死ぬかも知れないんですよ!

 今回貴方が助かったのは、晶龍の力のおかげです。

 次も同じように助けられるとは限らない!」

「じゃあ、私が危なくなったらまた――」

「彼の力は決して万能じゃない。

 あの時晶龍がフルパワーを発揮出来たのは、貴方の血を大量に摂取したからです。

 つまり、僕や貴方やみんなが奇跡的に助かったのは、貴方が血を流したからなんですよ!」



 それを聞いて、さすがに私も口ごもってしまった。

 要するに私は魔獣を呼び出す生贄でもあり、晶龍召喚装置でもあるってことか。

 想像以上に、私を取り巻く状況はキッツイみたい。

 でも――


 私をなめるな。

 もう、覚悟は決まってるんだ。



「八重瀬さん。

 私、伊達に何年も、派遣で辛酸なめまくってきたわけじゃないですよ?

 命を落とすリスクは、この国で働いてたら、正直どこでも一緒だと思います」

「……!」



 そんな私の言葉に、八重瀬さんははっと顔を上げる。

 ふふ。何だかんだ言って、私は貴方より少し社会人経験は長いんだから。

 パワハラやモラハラなんて、どれほど受けてきたか。

 今まで自分が魔獣化してなかったのが不思議なくらいだ。


「それに、辞めようったって多分、課長がそう簡単には辞めさせてくれないだろうし。

 ここまで魔獣の秘密を知っちゃった以上、私、無理矢理辞めたらそれこそどうなるか分かりませんよ?」

「……確かに。

 すみません。僕、喋り過ぎました」


 今日一体何回謝るつもりだろう、八重瀬さんってば。

 そんな彼に唇を尖らせながら、私は言い放った。


「いつか自分も、ストレスで魔獣化するかも知れないって怯えるより。

 信頼できる人たちと一緒に戦う方が、よっぽどマシってもんです!」


 そんな私を、目を丸くして見つめる八重瀬さん。

 涼しい夕方の風に、彼の前髪が揺れる。

 その拍子に、額の水晶もチリチリと煌めいた気がした。

 頬もちょっとだけ紅く染まっている気がしたのは――多分、気のせい。


「信頼……?

 貴方にこんな怪我をさせた僕を、信頼してくれるんですか?」

「当たり前ですよ。

 私を守って戦ってた時の八重瀬さん、サイコーにカッコ良かったですもん」



 そう言いながら、私は床に投げ出されたままの彼の右手に、自分の掌を重ねた。

 ごつごつした骨と、古傷だらけの皮膚の感触が、直接伝わってくる。

 八重瀬さんが思わずはっと息を飲むのが分かったが、それでも私は早口で言った。



「私、昔から憧れだったんです。

 刑事ドラマで、お互い軽口叩きながらいざとなれば結束する、最高のバディってヤツ。

 だから、八重瀬さん。

 私が魔獣を引きつけて、貴方が大剣でぶった斬る。そして、可能な限りの人を助ける。

 そんな、最強のバディになりましょうよ」



 大きく見開かれた、八重瀬さんのエメラルドの瞳。

 その眦に、ほんの少し夕陽にきらりと反射するものが見えたのは、気のせいだったろうか。

 慌てて眼鏡を外し、袖でごしごしと乱暴に顔を拭く。



「豊名さん……

 ありがとう。

 貴方がメンタルケア課に来てくれて……本当に、良かった」



 その声はほんの少しだけ、掠れていたけれど。

 八重瀬さんの手はぐるっと回り、私の手の甲をぎゅっと握り返してくる。

 その手はどこまでも暖かく、力強かった。



「危なくなりそうなら、いつでも遠慮なく、私の血を吸ってください。

 勿論、倒れない程度にですけど。

 あ、でも、その後ちゃんと傷が残らないよう治療してくださいね?」

「勿論です。

 でもその前にまず、豊名さんの血が必要にならないよう、全力を尽くします。

 それが僕のつとめですから」



 暖かな夕陽の中、心の底から笑顔になる八重瀬さん。

 ――その笑顔を見て、私は思った。



 魔獣を巡る問題は、何も解決していない。

 目の前で苦しんでいた中島さんの問題さえ、完全には解決出来ず。

 大勢の人々が、未だ魔獣化に苦しみ。

 助け出したと思った人さえ、心の一部を失い、会社の歯車と化す。

 魔獣が徒党を組んでいるという話も出て、メンタルケア課の戦いも恐らく今以上にひっ迫してくるだろう。

 私たちは一体、何の為に戦っているのか。そう思う時だって、あるに違いない

 ――でも。



 一人では、どうにもならない道でも。

 二人で歩くことが出来れば。

 もし、二人でどうにもならなくても、三人、四人と、仲間が増えていけば。



 だから、きっと大丈夫だよ。八重瀬さん。

 貴方には巴君も、宣さんもいる。

 ちょっと怖いけど、晶龍もいる。かなり胡散臭いけど、課長もいる。

 それに――私も、ついてるから。



 Fin

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こちら地域守備局メンタルケア課~配属されたばかりですが、結構可愛いスーツの眼鏡君が大剣担いで戦ってました~ kayako @kayako001

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