第12話 全滅

 

 状況がさっぱり掴めず、声も出せない私。

 そのすぐ下から、かすかに巴君の呻きが響いた。


「バカ、ヤロウ……

 真後ろにあの黒いの回りこんでたの、気づかなかったの、かよ……」


 激痛をこらえながら、それでも巴君は状況を見守っていたらしい。

 つまり、あの牙は全部落としきれておらず、僅かに残っていて――

 八重瀬さんの隙を衝いて背後に回った牙が、彼を撃った。そういうことか。


 しかし、今更そんな分析が出来たところでどうにもならない。

 八重瀬さんを切り裂くと同時に、魔獣は着地する。

 ズドォォンと大地を激震に包みながら。

 その衝撃で



 ――八重瀬さんの大剣が、光を失って宙を舞った。

 左腕から先を、そのままくっつけた状態で。

 つまり、さっきの宣さんと同じように――

 その手は剣の柄を握りしめたまま、胴体から切断されていた。



 倒れてくる木々。割れていく大地。舞い上がる土煙。

 どこかで、次々とガラスが砕けていく音がする。

 凄まじい震動の連続に、私はひたすら頭を抱えてじっとしているしかなかったが――





 一体何分、そうしていただろう。

 やがて揺れがおさまり、土だらけになった身体を少しだけ起こし、周辺の様子を窺ってみる。





 ――そこにあったはずの湖も森も、忽然と消えていた。

 そして、景色は元の、雨降る夜の公園へと戻っている。

 一瞬状況が掴めず、私は思わず頭を上げ、きょろきょろと周囲を見渡した。



 まさか、これ――

 結界が、消失した?



 そこは、結界生成前と何ら変わらない公園に見える。

 もしかして、今までのこと、全部悪夢でしかなかった?

 一瞬そう思った。思っていたかった

 ――が。

 酷い血と煙の臭いが鼻をつき、思わずむせてしまう。

 違う。まだ、戦いは終わってない。

 何より、身体じゅうにべっとり張りついた泥が、今までの戦闘が決して夢でも幻でもないと教えていた。

 巴君は。宣さんは

 ――八重瀬さんは?



 雨でかすむ視界の中で、何とか三人の姿を探すと。

 ずっとそばにいたはずの巴君は、何故か少し離れた滑り台の上に、ぐったりとうつ伏せに引っかかっており。

 宣さんは、使い古しのボロ雑巾のように砂場に転がされており。

 そして八重瀬さんは――

 偶然か必然か、私のすぐ足元に倒れていた。



 その姿を見て――

 息が、止まった。



 仰向けに倒れた八重瀬さんの身体は、全身血まみれ。

 身体が血の海に半分沈んでいると言っても過言ではない。

 魔獣の爪は、見事に彼の左肩から右の脇腹あたりまでを削り取っている。

 服は勿論、皮膚とその下の組織までもが強引に引き裂かれ、断面からは僅かに肋骨らしきものまで見え隠れしていた。

 身体が両断されていないのが不思議なほどの、裂傷。

 スーツは完全に血に染まり、喪服のように真っ黒になっている。


 その左肩から先は――

 ここではなく、宣さんのいる砂場のあたりまで吹っ飛んでいた。剣と一緒に。

 そして、その右脚。これ、踏みつぶされたのかちぎられたのか、分からないけど



 ――もうそれ以上見ていられず、目を背ける。

 胃の奥から何かがせりあがってくる感覚がして、思わず口を押さえた。

 しかし、その時だった。

 視界の隅で、チカっと何かが光ったのは。



 見なくてはいけない。

 何故かそんな気がして、喉までこみあげたものを必死で押し戻しながら、もう一度八重瀬さんを見つめる。

 そして気づいた――



 八重瀬さんの包帯が、額からちぎれて血の海の中にたゆたっている。

 そして、濡れた前髪に隠れているのは、奇妙に妖しく煌めく、碧の光。

 何かを呼ぶように、その光はチカチカと、急速な明滅を繰り返していた。


 眼鏡はとうにどこかに吹き飛び、その頬から血の気は完全に失われていたが、それでもまだ――

 唇は、微かな呼吸を続けている。

 空気を求めて喘ぐように、彼は、何かを呟いていた。



「……こい……はや、く……

 ちを……まこと、に……」



 微かにそんな声が聞こえた気がして、私は思わず彼の上に覆いかぶさった。


「や、八重瀬さん!」


 その拍子に、

 彼の包帯が、はらりと額から外れた。

 そこにあったものは

 とても澄み切った青空のような



「……え?

 う、嘘でしょ?」



 不思議な碧さを持つ水晶――

 魔獣の核が、輝いていた。

 八重瀬さんの、額に。



 眼前の現実を理解出来ず、私は思わず首を傾げていた。

 魔獣だった? 八重瀬さんが? どうして?

 ――だけど、その瞬間。



「あかね!

 バカ、逃げろ、上だ!!」



 響いたものは、巴君の怒号。

 意識が現実へと、強引に戻された。

 でも

 ほぼ同時に

 私の背中から胸にかけて、何か熱いものが



「……え?」



 青く輝く水晶の上に、新鮮な血が噴き出していく。

 それは、私の血。

 八重瀬さんの上に飛び散った、私の血

 そう認識した瞬間 急速に視界が霞んで……



 あぁ。

 目の前に、いつのまにかいたんだ。

 中島さんが、血みどろの魔獣の姿のまま。

 まだ、戦いは終わってなんか いなかった のに



 背中から胸をものすごく熱い何かが貫いて

 そこから 私を破壊していく

 この血、口から吐き出されているのか、胸から噴き出しているのか、それすらも



「あかね!!」



 巴君の叫びがきこえる

 そして

 目の前で 血に濡れた八重瀬さんの水晶が――




 あれ

 どうしてだろう




 やえせさんの髪が

 銀いろになって

 あの 綺麗だった えめらるどのひとみが

 真っ赤 に――



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