第3話 結界とロケラン男子と謎の技名

 

 警報が鳴り響く中、慌ててオフィスに戻ると。

 既に窓の外に、『魔獣』の黒々とした姿がちらちら見えた。

 すぐそばまで迫った脅威に、私は思わず悲鳴を上げてしまっていた。

 勿論、オフィスの他の部署からも、似たような叫びが次々と上がっている。


 その魔獣は、最早手足らしきものが縮みすぎてろくに確認出来ず、そのかわり身体全体を覆い隠せるほどの巨大な羽が生えている。

 膨れ上がった頭部からは、先端に細かいトゲのついた触角が。

 街全体を覆い隠すほどの威容を誇るそいつは、悠々と空を羽ばたいている。


 分かりやすく言えば、蛾の形。

 昨夜出くわした魔獣は、まだ人の姿を保っていたのに。


 窓にしがみついたまま動けなくなった私の肩を、課長が強引に引き戻してきた。


「窓から離れて。

 今から防護結界を張る」

「え? 結界?」

「見ていれば分かります」


 八重瀬さんも巴君も宣さんも、既にオフィスから消え失せている。

 課長に促されるまま、恐る恐る窓から離れると――


 天空に一瞬、虹を思わせる透明の光が煌めいた。

 眩しさのあまり、思わず目を閉じる。

 そして目を開くと、そこに展開されていた光景は。



「え?

 何、コレ……」



 窓の外に拡がっていたものは、曇り空のいつもの街ではなかった。

 というか、何故か窓自体が消えていた。


 私の周囲に一気に広がったのは、

 黄金の月の下で輝く、煌びやかな都会の摩天楼。

 マンハッタンに行ったことはないけれど、実際あの街を見たらこんな感じなんだろうか。

 黄金に煌めく華やかなビル。紅を基調に、様々なイルミネーションに彩られた街路樹。

 その間を、空飛ぶじゅうたんの如くゆったりと飛び回る魔獣。


「な、何で? どうして?」


 状況が掴めず、私は思わず円城寺課長を振り返ってしまう。

 しかしそれが当たり前のように、課長は淡々と説明した。


「魔獣が活動を開始すれば、当然周辺地域に被害が及ぶ。

 その際我々が展開するのが、この防護結界です。

 この結界の中で戦う限り、被害が拡大することはありません。

 魔獣と、それを相手にする私たちが強制的に結界内へ移動することになるので、結界さえ張れば住民が怪我をすることはないんですよ」


 そういえば――

 確かに、さっきまであれほど聞こえていた悲鳴が、今はほぼ消えている。

 これだけ派手な街並みなのに、人の気配はない。まるで映画のセットだ。

 守備局周辺の人たちは、結界の外ということだろうか。

 というか私と課長が今いる場所、オフィス内じゃなくて高層ビルの屋上、ヘリポートらしき場所なんですけど。


「ちょっと待ってください課長。

 じゃあ、私は? 私、なんで結界の中にいるんです?」


 私、派遣されて二日目なんですけど。

 何の能力もない、ただの事務員なんですけど。

 震えながらそう訴えようとした私を、課長はちょっととぼけたような糸目で眺めていた。


「うーむ……何故ですかねぇ?

 ま、そのうち分かることもあるでしょう。長く勤めていただければ」


 微笑みさえ見せながら、飄々と言ってのける課長。

 いやいや、これ、逆にとっとと逃げ出したいんですけどぉ!?


 そう突っ込みかけたが、それをかき消すように後方から響いたのは――

 巴君の、元気いっぱいの声。



「課長、俺ぁもう準備万端だぜ!

 ちょーど新技試したかったんだ、行ってくる!!」



 今までどこにいたのやら。いつの間にか背後にいた巴君が、ヘリポートを突っ切って全速力で駆け抜け、一気に私たちの横を追い抜いていく。

 その細い肩に担がれているのは、あのロケットランチャー。


 ていうか、待って。私たちのすぐ横を追い抜いたってことは、その先は――

 千尋の谷ならぬ、千尋のビル街だろうに。

 このビルの高さは知らないけど、多分50階はあるよね?


 それでも巴君はランチャーを担いだまま、一切スピードを落とすことなく、そのままビルの柵を軽々と蹴り上げ、跳んだ。

 恐ろしいほど何の躊躇もなく。


「え、え、えぇえぇえぇ~~っ!!?」


 絶叫する私の眼前で、巴君の細い身体は重力に任せて摩天楼の谷間へと、加速をつけて落ちていく。

 だが、その刹那。




「神器変化・第参式・フライトモード――

 バルキリーアサルト!」



 そんな彼の一声と共に。

 肩に担がれていたロケットランチャーが光を放ち、一瞬でその形状を変化させた。


「え……っと?」


 あまりのことに、最早叫びすらも出ない私。

 何故なら巴君の背中には――

 ロボットアニメでしか見ないような、黒い鋼鉄の翼が装着されていたから。

 よくロボットが空を飛ぶ時に背中につける、フライトユニット的なやつ。あれがそのまま、巴君の背から生えている。

 両翼にはそれぞれ2基ずつ、ミサイルポッドらしきものが見えた。

 まるで戦闘機を背中から生やした高校生だ。いや、彼はれっきとしたサラリーマンなんだけど。


 そんな私の驚愕にも構わず、巴君は全く恐れることなく、眼下の敵――

 何も知らずゆったりとビルの間を飛ぶ魔獣へと、螺旋を描くように旋回しながら突っ込んでいく。

 大きく広げられた巴君の両腕。

 刹那、翼のミサイルポッドが全基、雷光のように鋭い輝きを放った。



「覚悟しろよ……

 神器解放――雷騰雲奔らいとううんぽん!!」



 その絶叫と同時に、彼の翼から放たれたのは、

 おびただしい量の雷の雨。

 雷雨、ではない。雷の雨、である。

 無数の雷が空を裂き、真下の魔獣、その羽へと全弾見事に着弾していく。

 何も知らなければ、豪華絢爛な花火が摩天楼の間で次々と閃いている、そんな光景。


 奇声とも悲鳴ともつかない唸りを上げる魔獣。

 バリバリと嫌な音をたてて鱗粉と共に羽がちぎれ飛び、その緩やかな滑空はバランスを崩し、よろよろとした低空飛行に変化していた。

 痛みのあまりか。無数の微小な赤い眼が集まって形成された巨大な複眼が、爛々と輝きながら敵を――巴君を見据える。

 ぎぃんと空気が揺れる嫌な音が、こちらまで伝わってくる――


 と思った次の瞬間、

 その複眼全てから一気に赤い火花が溢れ、

 無数の閃光の筋となって発射された。

 勿論、巴君に向かって。


「あ、危な……!!」


 思わず叫んでしまう。

 あんな閃光にやられたら、小さな巴君の身体なんか一瞬で蒸発してしまう。

 だが、私の叫びが終わるより早く――



 恐らく50本は放たれたであろう閃光の嵐を、

 巴君はひょいひょいと全て避け切っていた。

 彼の身体に対してかなり大きい鋼鉄の翼だが、それにすら一切当たらない。

 背中の翼、その機動力も恐ろしいが、彼の反応速度もヤバイ。


 ワイシャツを切り裂きかけた光を紙一重で躱し、

 ビルの壁を次々に蹴り飛ばし、

 光としか思えない速度で、ジグザグに宙を舞う。

 その軌跡はまるで、雷そのもの。

 魔獣を手玉に取り、戦いを楽しんでいるようにすら見える。



 複眼から放たれた閃光は次々にビルに着弾し、壁を真っ赤な溶岩へと変える。

 次の瞬間には爆発、崩落。

 轟音。地表に崩れ落ちる建造物。激しい砂嵐。

 それは閃光を避け続ける巴君をも巻き込んでいく。

 ここが結界で良かった。こんなものが街中でまともに暴れたら、どれだけの被害になるか。


 一体、この魔獣は――

 この『人』は、どれだけの痛みを抱えてこうなってしまったのか。


 崩落したビルの破片、その幾つかをまともに浴びて僅かによろめきながらも。

 それでも巴君は一切怯まず、上空に向かって叫んだ。


「今だ、八重瀬!

 奴の翼、根元に核がある!!」


 その言葉に、思わず魔獣の背中に視線を向けると。

 巴君の攻撃でぼろぼろになった羽の根元、ごわついた体毛がびっしり生えたその皮膚が――

 見事に引きちぎれ、紫の肉がでろっと零れだしていた。

 その肉の間には、確かに彼の言葉通り、水晶が覗いている。

 魔獣の容姿とはかけ離れた、澄み切った青い水晶が。



 それが私の肉眼で確認出来たか出来ないかというタイミングで、

 不意に上空から、とんでもない重量を伴った斬撃が、ズバリと空を縦に切り裂いた。



 それは勿論、昨夜私も目撃した――

 八重瀬さんの大剣。

 あの巨大な剣が、月の彼方から天を裂き、そのまま魔獣の水晶にぶち込まれていく。

 バキン、という破裂音と共に、あっけなく砕け散る水晶。



 数分前まで、あれだけ腰も低く力なく笑っていた彼の姿からは、信じられない。

 グレーのスーツ姿のまま、当たり前のように大剣を手に、身長の3倍はある巨大な刃を容赦なく魔獣にぶち込み。

 そしてそのまま身体を捻り、力いっぱい剣を抜いていく。

 紫の血しぶきが、身体中に降りそそぐのも構わずに。


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