第2話 バケモノと眼鏡君とチュートリアル
「ここメンタルケア課は、一言で言えば魔獣退治の部署です。
その件は昨日も簡単にお話させていただきましたが」
小さな会議室で、八重瀬さんから改めて、魔獣についてレクチャーを受ける。
昨日はこまごまとした初期登録作業の説明ばかりで、彼らの本来の仕事については殆ど聞けていなかった。
「魔獣を撃退するには、特殊な血を持つ人間が必要という件については、ご存知ですか?」
「いや……
そんなこと、何も知りませんでした」
私が当然のように首を横に振ると、テーブルの向かい側で八重瀬さんはノートPCを広げ、私に見せてくれた。
そこにはメンタルケア課のメンバーの名前と顔写真、そして訳の分からない数値が羅列されている。もしかして、ゲームで言うステータスとか戦歴みたいなもんだろうか?
「僕を始めとして、メンバーは皆、魔獣を撃退可能な血を持った人間です。
その血液を利用して僕らはそれぞれの武器を操り、魔獣を退治する。
武器には色々ありますが、僕の場合は大剣。
巴君なら銃火器、宣さんなら斧といった感じですね」
「血で武器を……?
じゃああの大剣は、八重瀬さんの血で巨大化したってことですか?」
「そういうことです。
普段は殺傷能力さえあるかどうか疑わしい骨とう品ですが、僕らの血を注ぎ込むことで、魔獣撃退の力を備えた武器に変化する。
巴君の砲撃なんか、一度見たら忘れないと思いますよ」
「そういう機会がないことを祈りたいですけど」
そんな私の言葉に、八重瀬さんはふと視線を下ろし、少し下がっていた眼鏡をくいっと直した。
「……本当にそうですね。
だから僕らが普段やっているのは、主に企業の見回りです。
この地域の企業を定期的に見回りながら、地道に聞き込みを行ない、魔獣化の兆しがある社員の有無をチェックする。
僕は戦闘よりも、こちらの方がより大事だと考えています」
「それは……
大変じゃないですか? この地域だけでも、会社なんてどれだけあるか」
ここは地方都市とはいえ、結構なオフィス街なんだけど。
「勿論、僕らだけで全てをカバーできるはずがないので、メンタルケア二課にも協力してもらってます。そちらのメンバーは別に特殊能力を持たない普通の人たちですが、兆しを見つけるという点では僕よりも優秀かも」
言いながら八重瀬さんは、苦笑して頭をかいた。
確かに、人を魔獣にしない――これが一番大事なことだ。
人が心を病み、自らを死に追い込む。そういう事件は魔獣出現以前は社会問題化していたけど、国は殆ど何の手も打たなかった。
しかし追い込まれた人々は、自ら死を選ぶ前に魔獣化し、その意思に関わらず無関係の人々を襲うようになってしまった。
――だからこうして、やっと国も動いたのだ。地域守備局創設という形で。
魔獣については、私のようなしがない一般人に分かることは非常に少ない。
魔獣による事件が起こったけど、何とか被害は抑えられた。ニュースで分かるのはそれぐらい。交通事故や火事のニュースと大して変わらない。
魔獣とは何なのか。何故心を病むと人が魔獣化するのか。
そして、どうすれば元に戻るのか――
そういう情報は、全く報道されなかった。
だから、八重瀬さんの話はとても新鮮。
「それでも、不幸にも魔獣が出現してしまったら。
僕たちが出動することになります。
豊名さんも見たでしょう。魔獣の額に、水晶のようなものがあったのを」
確かに見た。
魔獣の両目の間にあった水晶。あれが――
「あれは、魔獣の核と呼ばれるものです。
核を砕けば、魔獣は活動を停止する」
そうか。
昨夜、彼が魔獣を斬った時に、血と共に飛び散った硝子片。
あれは、砕かれた魔獣の核だったのか。
でも、それじゃ……
昨夜からずっと疑問に思っていたことを、私は思い切って尋ねてみた。
「それで……あの魔獣……
というか、あの人、どうなったんですか」
そう尋ねられた八重瀬さんは、しばらく視線を逸らして考え込んでいた。
どう答えればいいのか、明らかに考えあぐねている。
私がその顔をじっと見据えていると、やがて彼は顔を上げ、もう一度眼鏡を直した。
「僕たちの血をもって魔獣の核を破壊出来れば、彼らは人に戻る。
しかしあくまで、戻れる可能性があるというだけです」
え?
それじゃ、魔獣になった人は……
「通常火器を使用して魔獣の核を破壊した場合、魔獣は決して人に戻ることはなく、そのまま死に至る。
そもそも通常火器では、核の破壊さえ難しい。
これが、魔獣撃退に僕たちの血が必要とされる、最大の理由です。
しかしそれでもなお、彼らが人に戻る確率は今のところ、半々です」
「半々って……」
もしかして私、とんでもない場所に派遣されたんじゃないか。
今更ながら、そう思った。
「昨夜の事件の彼については……
幸い、命に別状はありませんでした」
「よ、良かったぁ。
やっぱり、助かってほしいですもん。いくら自分が襲われたからといっても」
「はは。豊名さんは優しいなぁ」
そう言って八重瀬さんは笑ったが、すぐにその笑みは儚く消えてしまった。
「ですが今もなお彼は、病院で昏々と眠っているそうです。
生きのびてもそのまま目覚めず、長期のこん睡に至るかたも多いですが……
そうならないことを、祈るしかないですね」
そうか……ちゃんと助かったかどうかは、まだ分からないんだ。
魔獣化したら、八重瀬さんたちの力を使っても、元に戻る確率は五分。
しかも戻れても、そのまま目を覚まさない可能性も高い。
なんだか……勤務二日目にして、激しく落ち込む現実を聞いてしまった。
「心の傷が深ければ深いほど、彼らが人に戻る確率は低下します。
だからそうなる前に、何とか未然に魔獣化を防ぐことが一番大切なんですけどね」
八重瀬さんは苦笑する。
困ったような、どこか力のない笑い方が――
それがどれだけ難しいことなのかを物語っていた。
「八重瀬さんたちが暇で暇でしょうがないと文句言えるレベルになれれば、この国も平和なんでしょうけどねぇ」
「残念ながら、そうもいかないですよ。
最早メンタルケア課自体がブラック企業みたいなもんです。
既に入院したメンバーも複数いますからね」
「えっ!?
まさか、メンバー自体が魔獣化……」
「いやいや、それはまださすがにありませんよ。
魔獣との戦闘で負傷しただけです」
だけ、っていうけど。
本来なら仕事で怪我するなんて、一世一代の大事件だ。
もしかして、八重瀬さんの包帯も、巴君の頬のガーゼも、戦闘での負傷なんだろうか。
――そう思っていた時。
不意に、けたたましい警報がオフィス中に鳴り響いた。
異様な緊張がオフィス全体に張り詰めるのが、会議室の中からでも分かる。
バタバタと慌ただしい足音が聞こえたと思うと、乱暴にドアが開かれ、巴君が駆け込んできた。
「八重瀬! ヤベェぞ!
いつものラーメン屋の近くに魔獣が出やがった!!」
「え……?
守備局のすぐそばじゃないか。まさか、こんな近くに!?」
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