神の誤算

笹月美鶴

神の誤算

 神は人をつくられた。

 同じくして丸い大地をつくり、そこに人を放たれた。

 穏やかな気候に満ちた大地で人はのびのび暮らす。


 神はその様子をほほえましく眺めていたが、一万年も過ぎると飽きてきた。

 そこで神は大地を分断し、それぞれの気候を変えてみた。



 照りつく太陽に大地が乾く暑いところ。

 寒風吹きすさぶ雪で覆われた寒いところ。

 暑さや寒さが混ざる四季のあるところ。



 さまざまな条件で人がどう変わるのか、わくわくしながら見守った。



 それから五万年。

 気候によって人の見た目がかなり変わった。



 暑いところに住む人たちは照りつける太陽から肌を守るために肌の色が黒くなっていた。髪は黒く縮れ、瞳の色も濃くなり、鼻は体温をさげるために低く、穴が広がった。


 寒いところに住む人たちは太陽の光を少しでも多く吸収しようと肌が白くなっていた。日差しから守る必要のない髪や瞳の色は薄くなり、寒い空気を吸う鼻は冷たい空気をあたためるために細く、高くなった。


 少しだけ暑かったり、寒かったり、四季があるところに住む人たちはちょうど中間の姿になった。肌は少し黒かったり、少し白かったり。髪は黒が多いが縮れるほどではない。


 姿が変わる要因は気候だけではない。

 狩りの仕方、生活様式、食べるもので体格にも差が出て来た。

 分断された土地ゆえの生活のなかで同じ気候であっても少しずつ人の姿は変わっていく。



 いろいろな姿に変わった人を見て、神はたいそう面白がった。

 それぞれの服装も違い、さまざまな独自の文化が生まれ、建物のバリエーションも見ていて飽きない。

 これはよい思い付きだったと満足した。



 だがあるときふと見ると、姿の違う人どうしで争いが起こっていた。

 同じ姿の人たちで国と言う範囲を決めて、その範囲を広げたり、守ったり。

 小さな争いは各地で起こり、せっかくの大地を壊したり、人の数が減ったり増えたり、不安定になっていった。


 言葉を話すようになったのはいいけれど、大地を分断したせいで場所ごとにまったく違う言葉を話している。

 これでは違う姿の人が出会っても意思の疎通が難しい。


 同じだったことを忘れた人たちは姿の変わった互いを恐れ、見下し、区別した。

 肌の色や住んでいる場所が違うものを別の生き物だととらえているかのように。

 つまらないいさかいが人の顔を醜く変貌させていく。


 神は顔をしかめる。

 もとはみな同じ人だった。

 なのに、少し変化しただけでいろいろなカタマリができてしまった。



 あるとき、あろうことか白い人たちが黒い人をまるで動物のように捕まえて自分の国に持ち帰り、奴隷とした。

 そのために新たな土地で黒や白が混ざってますます混乱が起きていた。

 色の違いが人同士で優劣の概念を生んでしまったのだ。



 神はがっかりした。

 いろいろな姿があればもっとみんな楽しくなると思ったのに。

 でもこうなったのはおのれの浅はかな好奇心のせいだとため息をつく。



 神は言った。



「元に戻すか」



 大地をまとめ、同じ気候のもとに人を集めて十万年も放っておけば、みな同じ姿になるだろう。

 一か所にまとまれば言語も一つになるに違いない。



「となると、どの姿に揃えよう。もとの姿でもいいが、黒もいいし、白もいい。中間も捨てがたい。それとも、新たな環境を作ってみるか?」



 おやおや。戻すと言いながら、またも神の好奇心がはじまったようです。


 はてさて、大地はどう変わるのでしょう。

 照り付ける日差しか、寒風吹きすさぶ白い大地となるか、あるいは……。

 どうなったとしても人の姿がみな同じになれば、もう争いはおきないでしょう。



 ……たぶん、ね。







「ホントにエデンの土地や気候、変えちゃうんスかね、神さま」

「変えるんじゃねーの? 神さまだし」


 俺はさまざまなデータが高速で処理されていく画面を目で追いながら適当に返事をする。


「ああ、またここにエラーが出てる」

「先輩すごいっスね。その速さで見えるんスか?」

「慣れよ慣れ」


 新米後輩の賞賛の眼差しを機嫌よく浴びながら俺は得意げにふふんと鼻を鳴らす。


「でもエデンに変更が加えられる前に既存データを保存しとかないとですね。こりゃ忙しくなるのかな」

「だーいじょうぶ。どんなふうに戻すか悩んでるみたいだから結論が出るまでに二、三千年はかかるだろ」

「神さま優柔不断っスか」

「おい、神さまをけなすような言葉を使うんじゃない」

「え、今のダメっスか?」


 俺はぐるりと部屋を見回し、小声でささやく。


「俺たちだって神さまにつくられた存在なんだ。神さまのきまぐれひとつで変えられる存在だということを忘れるな」

「変えられるって?」

「この姿を違うものにされるかもしれないし、存在自体を消して別の創造物と入れ替えられる可能性もある」

「羽とか取られちゃうんスかね。自分で歩くのイヤなんスけど」

「だから言葉に気を付けろと言っているんだ。お前の言動はいちいちハラハラする」

「自分では意識してないんスけどねえ」


 椅子をくるりとまわし、後輩を正面に見て俺は指を一本ピッと立てた。


「いいか、神は全知全能の力を持つ、暇を持て余したおじいちゃんだ」

「おじいちゃん」

「まあおじいちゃんなのは神さまの今のマイブームなだけだけど」

「マイブーム」

「言ったことをすぐ忘れるし、ころころ気が変わる。思いつきでまわりを振り回し、怒ったら制御がきかない」

「時々顔を真っ赤にして天変地異を起こしてるって噂を聞きましたけど、何に怒ってるんスか?」

「さあな。神のみぞ知る、だ」

「うまい!」

「俺は真剣に話をしているつもりなのだが」


 脳天気な後輩にうんざりとため息をつく。

 その時、フロアの扉がシュッと音を立てて開いた。振り向くと、見慣れた顔がのぞいている。


「おーい、仕事終わったかー?」

「おお、わが友よ! 迎えに来てくれたのか?」

「遅いから迎えに来た」

「こいつがさあ、って、おい新米、お前も来るか?」


 俺は後輩を見ながらクイっとジョッキをあげるジェスチャーをする。


「酒っスか? このエリア来たばっかでまだどこも見てないんスよぉ。いい店紹介してください、先輩!」

「まかせとけ!」

「ほかの部署の話も聞きたいっス」

「じゃあ俺が前にいたクッソつまらねえ部署の話、してやんよ」

「楽しみっス! でもクッソつまらねえって、悪口じゃないんスか?」

「業務時間外は何言ってもいいの!」

「そ、そうなんスか」

「じゃ、いこかー」


 三人の天使がふわりと飛び立つ。

 神のきまぐれの愚痴を肴に今日も飲み明かすのだ。

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