被告人の縋り

 ——東の町にて魔女と疑わしき女性が出現。至急魔女裁判を行うため、異端審問官の立ち合いを要請する。

 ——承認。二名の審問官を派遣する。



 そこは喧々諤々とした有様だった。

 栄えているとも貧しいとも言えないとある町。

 大通りには石畳が敷かれ住宅が立ち並ぶも、大きな街に続く街道は一本のみ。大半の男衆が丸一日歩いて隣町まで出稼ぎに行くような土地だ。

 その中心部の大広場。

 即席で作られたステージ上に、一人の女性が腕を縛られ柱に繋がれていた。


「審問官を待つ必要などあるか!」「そいつが魔法を使ったのをオレは見たんだぞ!」「汚らわしい魔女は早く処刑してっ!」


 女性に投げられる多くの罵声。三十人ほどの町人が、彼女を疑いの目で眺めていた。


「あたしは魔女じゃありません……っ!」


 拘束される女性は、ただただ訴える。

 けれど聞く耳を持つ者などいるはずもなく、ついには石まで投げられる。

 拳大の塊を顔面に受けた女性は、弱々しく身を縮こまらせた。それに気を良くした民衆が、更に持ち寄った空き瓶や腐った野菜を手にする。

 だがそれらが投げられる前に、喧騒を裂く声が上がった。


「異端審問官が来たぞっ!」


 ざわつきが僅かに静まる。視線からも険を忍ばせ、町の外からやって来たその人物達に誰もが注目した。


 金髪の男と赤髪の女。


 上質な布に乱れのない刺繍が施された制服を着用し、腰には重く揺れる剣を佩いている。


「随分と若い奴らじゃないか?」

「審問官は入れ替わりが激しいらしいぞ」


 まだ二十に達したばかりと見える男女二人を、民衆は不信げに観察する。

 審問官達は一人の町人に案内をさせて大広場まで向かってきている。その側にはこの町まで来るために乗って来たのだろう一頭の馬が寄り添っていた。

 審問官の片方、金髪の男はステージ上を一瞥すると、赤髪の女に指示を出す。


「ミェナ、馬小屋を探してこい。それと明かりも用意しておけ」

「えっ、と……あ、はいっ!」


 赤髪の女は馬を引き連れてその場を離れる。すると案内人が金髪の男に話しかけた。


「あのぉ、裁判はあの方が戻ってこられるのを待ちますか?」

「いや、自分だけで大丈夫だ。あの女性が今回の被疑者だな?」


 審問官の問いに案内人はコクコクと頷いた。

 審問官が近づいてくると、ステージ前の集団は言葉もなく道を作る。金髪の男は堂々と進み、ステージへと上がった。


「審問官様っ! あたしをお助け下さいっ! あたしは魔女ではないのです!」


 救いを求めるように審問官の足へと縋りつく。その女性の行動に対して、苛立ちを募らせた民衆がまた野次を投げるが、審問官が鋭い視線で諫めた。

 それから女性を見下ろす。魔女と言われるだけあってか、傷一つなく整った顔立ちだ。ただ、裁判までに軟禁でもされていたようで、身なりはかなりみすぼらしい。

 案内人が歩み寄り、今回の発端を説明する。


「彼女は先月この町にやって来たのですが、男を誑かしただとか、魔法を使っただとかという話が上がっておりまして、外から来たということもあり詳しい身元を誰も知らないため、魔女ではないかと疑われております」

「違いますっ! それは全て出鱈目ですっ!」


 被告人の主張に否定が上がる。


「嘘を言うなッ! お前のせいでオレは病を植え付けられたんだぞ!」


 その発言に審問官が眉をひそめた。


「病とはなんだ?」

「へぇ。なんでも彼は、この魔女に性行為を迫られた挙句、病を患ったとか」

「性病か。ちなみにその話に信ぴょう性はどのくらいある?」

「同時期に同じ症状を出した者が他に三人おります。一応医療知識のある者の見解でも同じ病だと言うので、一人の者から感染したのは間違いないかと」

「それはあたしの方が襲われたんです! 確かっ、この町にやって来てすぐに!」


 よく聞く話だ。各地で魔女裁判に立ち会う審問官なら、二度や三度は経験のある事例。

 と言っても毎度結論が同じというわけではない。審問官は先ほど声を上げた男をチラリと見てから、案内人に確認する。


「その病を患った四人を呼べるか」

「へ、へぇっ」


 案内人は、すぐさま四人の男をステージ上に連れてきた。

 似たような大柄が二人。細身が一人。最後の一人は平均的な背丈でありつつも、他より表情が静かだ。

 大柄な一人、男Aが代表して文句を述べる。


「さっさと処刑してくれねぇか? オレはそいつのせいで尿する度つれぇんだぜ?」

「ちなみに、男を誑かすと言うだけなら、魔女ではなくとも普通の女性でも行うように思えるが、あなた方が彼女を魔女だと断定する根拠を一人ずつ教えてもらえないだろうか」


 魔女裁判中の審問官の言葉は絶対だ。四人は渋々ながらも口を開く。


「した記憶がオレにはねぇんだよ。しかも最近は妻が身重だし誰とも触れちゃいねぇ。それだっていうのに性病と来ればそいつに犯されたとしか考えらんねぇ」

「こっちも大体同じだな。そもそもそんな魔女、タイプでもないのに抱くわけがないんだ」

「オレなんか、行為中にそいつが手から得体のしれない液体を出しているのを見たぜ! きっとそれが誘惑する成分でも含んでいたのさ!」

「……。そいつは魔女だ。実際、そいつには息子がいたはずなのに最近は見ない。食っちまったんだろ」


 男Aに続いて似た容姿の男B、細身の男C、落ち着いた男Dと言い分を並べていく。最後の男Dの発言に、女性が怒りをあらわにした。


「じ、自分の子供を食べるわけないでしょ!? ろくにご飯も食べさせてもらえなかったから、餓死してしまったんですよ!」


 それからまた騒がしく言い合いが始まる。

 審問官は一度頭の中を整理するようにステージ前に集まる町民達の顔を見渡していく。

 男女比の内訳で言えば二対一。ただ、離れた場所では、不安げにこちらを眺めている女性が数人見かけられるため、町全体の比率だと女の方が多いだろう。

 まだ昼間の時間帯ということもあるし、それに男の多くは出稼ぎに出ているはずだ。

 審問官は再度、男四人に振り向く。


「少し体を調べさせてもらってもいいか」

「……オレ達かよ。普通、魔女の方だろ」

「魔女を名乗る者は、刺青を入れて洗脳させることもある」

「分かったよ」

「ちっ、しゃーねぇな」

「オレはいいぜ。別にやましいことなんてないからなっ!」

「……構わん」


 審問官は順に男達を触診していきながら、ついでに問いも投げた。


「仕事は何をしている?」

「あん? 自警団みたいなもんだ。それと時期によっては漁にも行く」

「全員同じだ」

「他の出稼ぎ野郎と違って、オレ達がこの町を守ってんだ。逆らう奴はいないぜ?」


 男Aに続いて男Bが付け加え、男Cが自慢げに吹聴する。すると、男Dが鬱陶しそうに男Cを睨んだ。


「そうか。じゃあもう一ついいか」

「なんだよ!? 何でオレらばっかに聞くんだ! 疑うならそっちの魔女だろ!」


 しびれを切らした男Aが叫ぶが、審問官は淡々と答える。


「彼女は魔女ではない。そもそも魔女は既に滅んでいる」


 すると、男Aが呆れたように鼻を鳴らした。


「はっ、知ってるよそんくらい。あくまでも今世界中にいるのは自称魔女、だろ? けどそいつらが害悪だったら殺すんじゃねぇのかよ!」

「見た所、自称している様子もない」

「そりゃあ処刑台で名乗る奴はいねぇだろうがよッ!」


 叫ぶのは男Aばかりだったが、苛立ちは他の三人も同様に抱いているようだった。

 様子を見守る民衆の中からも、審問官を怪しむ声が交わされる。

 審問官は一つ息を吐くと、触診を終えてまっすぐに男達を見た。


「率直に言うが、個人的な憶測では、あなた方四人がこの女性に強姦した可能性が高いように思える」


 審問官に示された女性は驚いたように顔を上げる。それ以上に男達の目が見開いた。


「はあ!? 魔女の言い分を信じるってのかよ!?」


 男Cの反論に審問官は表情を動かさない。


「体の方はなんの異常もなかった。故に怪しい。基本的に魔女を名乗る者は、顕示欲が強く自己の証明を刻みつけることが多い」

「へえ! それが最近の魔女研究だってのかよ!」

「そういう事例が多いだけだ」


 茶化すような言葉にも、審問官は変わらず淡々と意見した。


「それに、一番の疑問は魔女との行為状況の食い違いだ」


 反応したのは男D。思い当たることがあるように眉間にシワを寄せる。


「最初の二人は行為中の記憶がないと言っていたが、続いた一人は行為中に魔法を見たという記憶があるらしいな」

「単純に魔女のさじ加減だろう。こいつは美女と言うだけで引っかかりやすいし、それにすぐおだてれば調子に乗る。わざわざ魔法を使わなくても持ち込むことは容易だったはずだ」

「んなっ!?」


 男Dの発言に男Cが顔を引きつらせる。しかし、言葉は呑み込んで恨めしそうに睨むだけに留めた。


「魔法を使っているという時点で信ぴょう性は低いが、まあ薬で幻覚を見せたというのでも説明は可能だ。ただ、被害者である四人全員が同じ職場という繋がりがあるのはどういう理由だ? 同時に襲われでもしたのか?」

「そ、そうだよ! 飯食ってる時にこの魔女が現れて襲われたんだよ! 魔法がありゃ男四人がかりでも歯が立たねぇだろっ!」


 男Cが汚名を返上しようとでも言うように食って掛かるが、他の三人はその言い分にほつれがある事に気がついた。


「なるほど。ならあなたは他三人が誘惑されていることには気づかなかったということか?」

「な、何言ってんだ!?」


 疑惑の視線の意味が分からず、男Cは露骨に慌てる。その細身な体を後ろに下げて男Dが前に出た。


「ああ。オレ達三人は確かに飯を食っている時にこの女がやって来たのを覚えている。そこからの記憶は曖昧で、酒に酔って家に帰ったと思っていたよ。だがこいつだけは違うみたいだな。もしかしたら魔女に加担しているのかもしれない」

「はぁっ!? オレが魔女に加担だと!?」

「そいつの言う通りだぜ。こいつは何かと悪だくみをすることが多いんだ。オレ達も騙されたってわけだな」


 男Aも便乗して、男Cは更にがなり立てる。

 仲間割れをしている様子に、民衆達もあからさまな疑念を抱き始めた。

 審問官は何度も見た光景だと切り捨てて、こちらに注目する町人達へ意識を向けた。


「この男達に犯されたことのある者は挙手をしろ!」


 審問官の発言に、男四人がいがみ合いを止める。


「おいどういうことだ!?」

「全部、魔女とコイツの仕業だろうが!?」

「まだ言うのかよテメェ!?」

「異端審問官は魔女を裁きに来たんじゃなかったのか?」


 審問官は男達の言い分に取り合わず、町民達の反応を見ている。すると激昂した四人が身勝手に審問官に手を伸ばすが、その直前、銀の輝きが遮った。


「し、審問官様……」


 案内人が怯えたように呟く。彼が見つめるのは、男達に長剣の切っ先を向ける金髪の青年の姿だ。

 審問官は、再度周囲へと語り掛ける。


「被害者が一人でもいれば、彼らの身柄は異端審問会の名のもとに拘束する!」

「あんた! うちの夫が犯罪者だって言うのかい!」


 一人の妊婦が声を上げた。その隣で声を荒げる女性も、恐らく壇上に立つ男の伴侶なのだろう。味方がついたことでか、男達の抗議も大きくなる。

 しかし審問官が揺らぐことはない。


「そもそも、疑いはいつ頃出た? 審問会に要請が来た時期を考えると、一、二週間前程度だろう。つまりは性病の症状が発生した頃と考えるのが妥当だ。しかし、魔法を見たという男の証言が正しいなら、彼女がやって来た一月前には魔女だと発覚しているはずだ」

「またお前のせいか……ッ!」

「お前らに責められる筋合いはねぇぞ!?」


 醜くののしり合う男四人に、さすがの観衆達も信用を失っていく。


「さしずめ性病にかかり、隠しきれなかったため魔女に罪を擦り付けたというところだろう」


 審問官が結論付けると、意を決した被害者たちが一人二人と手を挙げた。

 それはどれもが遠巻きに眺めていた弱気そうで若い女性。結果的に十近くの挙手があり、男四人は愕然とする。

 審問官はその結末を確認すると、高らかに宣言した。


「異端の関わらない裁判に、我々が下す剣はないッ!」


 同時に、女性を縛る縄を切り落とす。


「あ、ありがとうございます……!」

「裁判は以上で良いな?」

「……あ、へへぇっ!」


 呆気に取られていた案内人は遅れて返事をする。

 観衆はまだざわついていたが、審問官は構わず剣を鞘にしまい、女性に歩み寄る。


「子供の墓に手を合わさせて欲しい。連れて行ってもらえないか?」

「え? ああっ、えっとこっちよ! こっちです!」


 女性は突然の頼みに困惑しつつも、審問官を連れて町の外れへと向かっていく。

 大通り以外はむき出しの地面になっていて、大きな畑も見えてくる。ぱっと見では豊作とは言い難い様子だった。

 道中、女性が尋ねてくる。


「時に審問官様。異端審問官とは、どういう組織になるんでしょうか?」

「人に害成す存在を異端と見なし、それらを排除する組織だ」


 彼の回答は簡潔だった。


 異端審問官の所属する異端審問会は、各地に点在している。

 彼らは国籍を持たず、要請があればどこへでも駆けつける。その構成員の多くは異端に関わる事件で孤児となった者達だ。

 故に、その内情が広まることも少ない。組織に引き取られ、教育され、そして任務中に一生を終えるからだ。

 彼らが対峙するのは異端。その危険は計り知れない。

 それは、魔女を名乗る悪人だけでなく獣や人外などにも及ぶ。

 その中で最も警戒されるのが、悪魔だ。


 審問官はふと足を止めた。


「こちらからも一つ質問を良いか」

「はい? 何でしょうか?」


 女性も立ち止まり、振り向こうとしたその直後。


「……っ?」


 女性の胸に、長剣が突き立てられた。


「悪魔は一体、どこから生まれてくる?」


 握る長剣で、女性の胸を貫く審問官が問いかける。

 すると女性は、途端に顔を歪ませた。


「それはあたしも知らないのよねぇ。気づいたらこの世界にいたのよぉ」


 グリン、と女性の首が百八十度回り審問官の冷たい瞳を見返す。

 女性は胸を刺されても血を流すこともなく、あまつさえその表情は愉快気だ。


「それにしても、いつ気づいたのかしらねぇ?」

「たまに口調が崩れることがあったな。それに、質問に対して他人事のような回答も見られた」

「ふふふっ、口調って油断しちゃうのよねぇ」

「それと、顔に傷一つない」


 審問官はその綺麗に歪む相貌を見つめた。その顔は先刻、石が直撃していたにも関わらず、どこにも痕が見つからない。


「あははっ! そう! そういうちょっとしたところをいちいち変えるのって本当に面倒臭いのよっ! 人間って脆いから嫌だわっ!」


 楽しそうに哄笑が上がる。しばらくして笑い声を収めると、演技をするように瞳を潤ませて上目遣いになった。


「でもね、聞いて欲しいの審問官様。あたしはこの子の願いを叶えてあげただけなのよ?」


 猫なで声の言い訳に審問官は取り合わない。


「弱った人間は誰にでも縋りつく。大方、願いを聞く代わりに契約を結んで、その女性の命を食って成り代わったのだろう」

「あらあら、最近の審問官様は鋭いのねぇ」


 女性の姿をする異端は、つまらなそうに言った。


 悪魔は生物の命を喰らう。

 命を喰らうためには、対象との契約を結ばなければいけない。

 悪魔による契約の大半は性交渉が多く、愛の囁きに乗じれば、人は意外と容易く頷いてしまうものだった。


 ただ今回は、単なる口約束だったと審問官は推測する。

 本来の被告人だった女性は、追い詰められた挙句、縋ってしまったのだ。

 それは誰に向けたものでもない。誰でも良かった。それを聞き届けたのがたまたま通りがかった悪魔だったのだ。

 そして悪魔と契約した。契約は絶対だ。履行されない場合はその存在が消滅する。

 しかし悪魔も無理な契約は結ぶまい。こうして平気なところを見れば、処刑を免れるなどと言った内容だったのだろう。その程度なら悪魔には造作もない。

 そんな些末事の代価に、悪魔は命を要求した。

 きっと女性が最も助けたかった己の子供も間食感覚で平らげたのだろう。赤子の親に成り代われば、契約を結ぶのは簡単だ。


 悪魔は、害でしかない。


 人と共存することはなく、一方的に命を吸いとろうとするだけの存在。

 審問官にとって、決して見逃すことは出来ない異端。

 剣を抜くことはない審問官に、しかし悪魔はまた楽しそうに口元を弓なりにする。


「ねえあなた。あたしに剣を突き刺しているけど、ここからどうするのかしら? もしかして、知らないってことはないわよね? 悪魔がこの程度で、殺せはしないって事!」


 跳ね上がった語尾と共に、悪魔の姿が歪み始める。

 それはまるで粘土をこねるみたく。

 突き刺された剣を避けるように体が裂け、女性の姿がうねり色を変え、別の物質へと変質していく。

 それこそが悪魔の性質。


 種が秘めたる術『変化』。


 あらゆる形に姿を変えることが出来るその特性から、悪魔に急所は存在せず、長剣のような一点による攻撃が意味を成すことはほとんどない。

 唯一の弱点を審問官が持っていないことを察し、悪魔は高らかに笑い上げる。

 しかし、金髪の男はこの状況を待っていたかのように指示を出した。


「ミェナ! 明かりを灯せ!」


 すると、変身途中の悪魔の塊に向けて、何かが投げつけられる。

 宙をくるくると回る棒切れ。

 その先端が粘土状の異端にぶつかった途端、勢いよく広がった。

 それは、真っ赤な炎だ。


「いっ? ィぎゃぁあアアアアアアアああっ!?」


 耳をつんざく叫び声。

 苦しみに揺れる視線は、燃える己の体から、炎の原因、松明を投げた赤髪の女へと移る。

 異形の眼差しに捉えられ、女はビクッと肩を揺らしたが、油断せずにもう一本の松明を構えた。


 姿を変える悪魔に最も有力な手段は火だ。満遍なくその体を焼いてしまえば、悪魔と言えど逃げ場はなくなる。

 魔女裁判で火刑が行われるのも、処刑対象が悪魔であることが多かったためだ。


 金髪の男は徐々に灰へと変えていく体から剣を抜き、語り掛ける。


「言っておくが、胸を刺したのはお前に『変化』を使わせるためだ。体を変質させている間は身動きが取れないらしいな」

「さ、最初から気づいていたって言うのっ?」

「わけあって、異端を見つけるのには自信があってな。町に入った時点で気配は感じていた」

「ふ、ふざぁきェエエエエ——!?」


 悪魔の悪態は断末魔に変わって、灰へと散っていく。

 金髪の男が剣を鞘へしまっていると、赤髪の女が嬉しそうに駆け寄って来た。


「先輩っ、上手く行きましたねっ!」

「ああ。だが、油などを使って、もっと手早く燃やせるようにした方が良い。硬直時間が限りなく少ない悪魔もいる。先ほどのようでは逃げられる場合もあるぞ」

「うっ、頑張ります……」

「まあ、今回は上出来だ」


 肩を落とした赤髪の女だったが、最後に褒められパッと顔を輝かせた。

 それから二人は、悪魔が灰に成り代わった可能性も考慮して、かき集めて袋に閉じ込めていく。その途中にふと赤髪の女が問いかけた。


「それにしても先輩。さっきの裁判で男達の身柄を拘束するとかって言ってましたけど、私達ってそんな権限あるんです? 審問官って異端専門だし、国にもあまり良く思われていないじゃないですか」

「一般市民として通報する分には問題ないだろう」

「そ、それなんか投げやりじゃありません? 逆恨みとか結構怖いんですからね? 被害者の方々が報復されかねませんよっ」

「……そいういうのはお前の方が上手くやれる。期待しているぞ」

「先輩……」


 気まずげに顔を逸らす男に女は苦笑を浮かべた。

 二人はその後、干からびた女性と子供の遺体を見つけ、墓を作る。

 被告人が悪魔だったことは性犯罪者の反応を懸念して伏せ、町の人々に悪魔の危険性を説いてその町を離れたのだった。



 ——報告。魔女裁判では冤罪が証明されたものの、被告人は悪魔が成り代わっていたためその場で焼却。灰は提出済。

 ——裁判の原因となった男四人は強姦の常習犯であったことが発覚したため、通常の裁判を要請する。加えて、強姦被害者が、加害者関係者によって報復を受けないようの配慮も求める。

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