第13話
失ってから、本当に守るべきだったものに気づくのが、俺の悪いところだ。
何度後悔したってもう戻ってこないのに。
14年前、もう絶対同じことなんか繰り返さないって、約束したのに。
ああ、本当に俺って、ばかな人間なんだな。
法令が出た時、俺は当時小6だった。
どこにでもいる、なんの取り柄もないガキだった。
最初は、そんな変な法律なんて、すぐに変わるだろう、なんて思っていた。
たびたびニュースで、今日は何人の死傷者が出て、何人が自殺して、って言葉をきいても、
ふうん、そうなんだ。ってくらいだった。
正直、自分には無縁だと思って過ごしていたんだ。
妹が死ぬまでは。
ゆずかは、俺の2個下の妹。
勉強が苦手で、兄貴の俺から見ても、不器用なやつだった。
ただ一つ、ゆずかは音楽の才能があった。
よく自分でよくわからない歌を作っては、ピアノで作曲して練習していた。
本当に音楽をしている時のゆずかは、どこの誰よりも輝いていた。
法令が出たのは、ゆずかが9歳の頃。
その頃、ゆずかは新学期に入りたてで、周りのみんなと少し遅れを取っていた。
でも、いつもあいつはにこにこして、家でも変わらず、歌を歌っていた。
うちの両親は、ゆずかには音楽しかないと分かってか、法律違反だと注意したことは一度もなかった。
ある日、ゆずかが泣きながら学校から帰ってきた。
親が事情を聞くと、学校のみんなに、自分の作った曲を披露したそうだ。
すると、そこに担任教師が入ってきて、ゆずかを叱りつけたらしい。
「それは法律違反になるからやめろ」って。
最初は俺も、まあ違反なのはしょうがないよな、と軽く見ていた。
しかし、何日か、何週間か経つうちに、俺はゆずかが少しづつげっそりしていっているように感じた。
どうせ俺の勘違いだろう、はじめはそう思っていた。
でも、いよいよゆずかの様子がおかしくなっていった。
学校に行くこともままならなくなってしまったのだ。
…彼女は、うつ病を発症していた。
どうしてこんなにも妹は変わってしまったのか
俺は気になり、1年のクラスに妹がいる女友達に聞いてみた。
すると、
1年のクラスでは耳を疑うようなことが起きていた。
女友達の話によると、ゆずかが曲を披露していたことが担任にバレてから、
担任はあからさまにゆずかをさけるようになったらしい。
同じクラスの子たちにも、口酸っぱく「新井さんのような人とは関わらないように」
「法律を破る人は人でなし」と言っていたそうだ。
当然ゆずかのもとにもそのことが届き、心身ともにまいってしまった。
俺はその話を聞いた時衝撃を受け、すぐ妹と話をしようとした。
「ゆずか、友達から聞いたよ。最近先生から嫌がらせをされているのか?」
俺はゆずかがこもっている部屋のドアを開けようとした。
すると、あのやせ細った体からは想像もできない力でドアを閉められた。
「入ってこないで。私に構わないで。」
ゆずかは全てを悟ったかのような冷たい声で言った。
とても4年生には見えないような声色だった。
「何か困ったことがあったら、ちゃんとお兄ちゃんに言うんだぞ。」
俺が少し強く、そういった時、スーっとドアが開いた。
驚いて顔をあげると、そこにはもうほとんど骨と皮だけになった妹が立っていた。
ずっと部屋にこもっていて、ろくに食事もとっていなかったのだろう。
小6とはいえ、まだ子供だった俺は、ここまでやせ細った妹を見ていられなかった。
妹は、細い声で言った。
「...もう、出ていって。」
ただただ俺は、閉められたドアの前で立ち尽くしていた。
それから、俺も中学受験の勉強で忙しくなり、
あまり妹のことを考えている余裕がなくなった。
きっと大丈夫だろう。母親もいつもあいつの世話をしているし。
そう思っていた、その頃。
もしここでなにか、あいつのためになにかしてやれたら、
あいつは助かっただろうか。
あの時、ゆずかに何か声をかけられたら、何か変わっていただろうか。
今でもふと、そんな考えが頭をよぎる。
もうあいつは、二度と帰って来ないというのに。
ゆずかは、僅か10歳という若さで
家のベランダから飛び降り、頭を強打。
駆けつけた両親に、すぐに救急車で病院に運ばれたが、
その直後、息を引き取った。
俺は自分を恨んだ。
なぜ妹を気にかけてやれなかったのか。
なぜあんなにもやせ細った妹を見て、大丈夫だと言えたのか。
なぜ、最後まで寄り添ってあげられなかったのか。。。
そして俺はその次に、ゆずかの元担任を恨んだ。
そいつと直接話がしたい。
そう思い、職員室に行き、そいつを探した。
だが、探しても探しても見つからなかった。
妹が自殺したことでクラスの担任が問題となり、学校をクビになったのだ。
俺はその時、とてつもない怒りを覚えた。
あいつは、あいつは人を死に追い込ませておいて、逃げたのだ。
あんなに小さな子供を苦しませておいて、何も言わずにどこか遠くへ行ってしまった。
それが悔しくて悔しくて仕方がなかった。
俺は、もうゆずかのように苦しい思いをする子を増やさないよう、
教師の資格の勉強を始めた。
子供たちの才能の芽を摘み取ってしまう教師など、教師ではない。
努力に努力を重ね、俺は教師となったのだ。
けれど、俺が小学校教師になった頃には、
法令は更に効力を増し、たとえ小学生であっても、
大学生のように毎日勉強に励み、少しでも遅れをとる子供は置いていかれる世界。
子供達に、勉強以外の感性はなかった。
俺は必死で校長や理事長、教育委員会に訴えたが、効果はなし。
やっとのことで教師になれたのに...
俺は度重なる問題行動で、解雇寸前だった。
そんなときに出会ったのが、あいつだったんだ。
最初にあいつを見たときは、本当に驚いた。
今の時代でギター?歌?
そのような子が、同年代の学生についていけるわけがない。
だけど、、、
そいつの歌を聞いていると、本当に心が暖かくなって、感動して、、
いつからか、俺はあいつと妹を、重ねていたのかもしれない。
今度こそは、大切なものをなくしたりしない。
そう誓っていた、はずなのに。
新井は棚に飾ってある一枚の写真の少女にむかって、ぽつり、と呟いた。
「ごめんなさい....本当に....ごめんなさい..........」
涙のあとが滲む写真には、まだ9歳になりたての少女が、楽しそうにピアノを弾いている姿が写されていた。
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