第12話

「...どうしたの....」

突然目の前に現れた新井に動揺しながら、部屋を見渡した奏は、愕然とした。





部屋には、何も残されていなかった。





古びたステージも、使い古したギターも、ホコリを被ったベースも...

全部全部なくなっていた。

コツン、と何かが足に当たる音がした。

足元を見ると、

中身が飛び散ったジャムの瓶が転がっていた。

「なあ、ほんとにごめん。俺あの時酒が...」

新井がそう言いかけた時、奏は泣き崩れた。

小さな空になった瓶をかかえながら、声を上げて泣いていた。

暗い地下室に、泣き声だけが響いていた。







この音楽室は、もともと両親のものだったの。

両親は若い頃、というか生きていた頃、同じバンドのグループで、父親はベースとか、ギターとかを弾いて、母親は歌っていた。大人気グループってわけではなかったけれど、

路上ライブとかである程度お金がもらえるくらいの実力だった。

両親のバンドの練習がある時、よくこの音楽室に連れてってもらったのを覚えてる。

地下のちっさな部屋だとはいえ、渋谷のど真ん中なんだから、

いつもお父さんはこの部屋を大事にしていた。

両親のバンド仲間もいい人たちだった。14年前、あの法律が出て以来、全く顔を合わせていないけどね。

あの人達は、仕方のないことなんだから法律に従おうって言った。

それで、みんな急いで他の仕事を探して、なんとかそれで生活出来るようになったらしい。

でも、二人は、、うちの両親達は、嫌だ。音楽活動をやめることなんてできない。

そんな決まり馬鹿げている、って言って。街でおこっているデモ活動に積極的に参加して、

法律改正を求めた。毎日のように渋谷のど真ん中で、「法律改正!法律改正!」って。

そしてある日、両親は私をデモに連れて行ってくれた。

「奏、こうやって、世の中の間違いだと思うことは、自分たちで変えていかなきゃ行けないんだぞ。」って、お父さんは言っていたっけ。


その時だった。






警察隊の発砲した弾がこっちに飛んできて、目の前で両親が撃たれたのは。







私は小さかったこともあり、弾が通過したところに背が届かなくて、

怪我もなく無事だった。

両親が撃たれた。もう助からない。

お父さんも、お母さんも、もう戻っては来ないんだって、

子供ながらに悟ったよ。

それからしばらくして、警察がやってきて、私を保護した。

両親を助けるための救急車は来なかった。



警察署で待機していたら、おばあちゃんがやってきてくれて。

警察と話していた時、おばあちゃんは冷たい顔をしていた。

「子供を置いて若くして死ぬなんて。人でなし。」

そう、本当に本当に小さな声で言っていたのが、今でも耳から離れない。

その時、おばあちゃんのことが、一瞬だけ怖くなった。



「今日からはおばあちゃんと一緒に暮らそうね。」

その日から、少し都心から離れたおばあちゃんの家で暮らすことになった。

おばあちゃんはいっつもにこにこして、私にいろんなことを教えてくれた。

料理のこと、掃除のこと、洗濯のこと。

きっと、自分が死んでも一人で生きていけるように、って思ってたんだろうね。



しばらくして知ったの。

法律改正を巡って、デモを起こす国民と警察の間でトラブルがよく起こっていたんだって。

武器も持たずに抗議している国民に向かって、警察が容赦なく発砲して、

それで亡くなった人が大勢いたらしい。

両親も、その中の一人になってしまった。

妙に実感が湧いちゃって、自分のことが怖くなった。




おばあちゃんが亡くなって、一人になった私は、ある日急に、音楽部屋に行きたくなった。

寂しくて寂しくて、仕方なかったんだろうね。

部屋の鍵を開けると、思わず涙がこぼれたの。

あの日両親が死ぬ直前と、全く変わらない部屋がそこにはあった。

部屋には、古くなったステージと、もうホコリをかぶってしまったベースとギターが

あの日と変わらぬ様子で置いてあった。

部屋にいると、本当に心が軽くなって、自分は一人じゃないって思えて、

涙が止まらなかった。親が死んでから、初めて泣いた場所だった。

それから、私は毎週のように音楽部屋に通った。

そして毎週のようにギターで、あの歌を歌った。

あの歌は、お父さんがお母さんにプロポーズした時に作った曲なんだって。

よく寝る前に、お父さんがギターを弾いて、お母さんが歌ってくれた曲。

だから私は、いつもお父さんの形見のギターで、あの曲を歌っていた。

この場所が、あの曲が、私の唯一の居場所だった。





「そうだったのか...本当にすまない...俺のせいで....」

新井が頭を下げると、奏は冷たい声で言った。

「謝らなくていいよ。もう謝ったって、もとに戻るわけじゃないんだし。」

奏はそういって部屋を出ていこうとした。

「来週は...!!来週は、来てくれるか?」

新井がそう尋ねると、彼女はフッと笑って振り返った。





「さようなら。」



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