第11話


「困るよ、新井君。最近元気になって、やっと子供達のことを安心して任せられると思ったのに...」

早朝の職員室。他の先生たちが授業の準備で忙しい中、新井は上司から説教を受けていた。

そう、地下室で怒鳴り散らした、あの男だ。

「すみません....あのときはお酒が入っていたもので、つい....」

バン、と男は机を叩いた。

「酒がどうこうの問題じゃない!おまえは法律を破ったんだ!あの少女のグルなんじゃないか!そんなやつが教師でどうする!」

「ご、ごめんなさい...」

縮こまっている新井を見て、男は決心したように一言、言い放った。

「悪いが、もう君はこの学校にはおいておけない。

急なことで悪いが、今週いっぱいで、お前はクビだ。」

「えっ?!そんな!!ひどいですよ!!」

「だいたいお前は、今まで何だって何度も教師らしからぬ言動、行動をしてきたじゃないか!今回こそ、見逃すわけには行かない。話は以上だ。」

「そ、そんな......」




ああ、ほんとにバカだな、俺って。

やっとの思いで教師になったっていうのに、結局なんにも子供たちに教えてやれずに終わってしまった。

「あいつ、ギター少女も...大丈夫なのかな...」

新井は、抜け殻になったようなからっぽの心をかかえ、電車に揺られた。

車窓から見える空は今日も曇りで、重苦しい雰囲気が電車内にも流れ込んで来るように感じた。


「...ただいま」

玄関を開け、薄暗い部屋でコンビニの飯を食う。

飯を全て食べ終わってから、誰もいないはずの部屋で、新井はぽつり、と声を漏らした。

「...ごめん。ゆずか....」








あれから、あの日から、私は地下室に行かなくなった。

まだ誰かが見張っているかもしれないと思い、何週間か、家に身を隠していたから。

幸いにも、私が勤めている農家に休みの連絡を入れた時、心配したおばあさんが、沢山野菜と果物を送ってきてくれたので、食べ物には困らなかった。

けれど私の心は、この数週間ずっと晴れなかった。


__自分が何をしているのか分かっているのか!__


「.....」


__まだ若いお前が、勉強もせず、仕事もせずになにをしている!!__


「......」


__人でなし!!__




ズキッと心が痛んだ。もともと気は強い性格であるが、それでもこの若さで、

たった一人で生きている人間には、どう考えても重すぎる言葉だ。



奏は明かりのないキッチンで3人分のスープをよそった。

そして、自分用に、と、ほんの小さな小鉢にスープをよそい、

かすかに震える手でそれを食べた。


__はい!出来上がり!奏ちゃん、食べてごらん?__

__なあに、これ?__

__これは、新鮮なお野菜がたっぷりはいったスープだよ。

  これを食べたら、栄養たっぷりで奏ちゃんは元気もりもりになれるよ!__

__ぱくっ....おいしい!!__

__良かった〜!おばあちゃん、奏ちゃんの笑顔を見てると、

  とっても幸せな気持ちになれるなぁ__

__ほんと?__

__うん。ほんと!なにがあっても、笑顔を忘れないでね。__

__わかった!__

__おばあちゃん、奏ちゃんのことだーいすき__

__奏も、おばあちゃんのことだーいだーいだーいすき!ふふふっ__




「...ごちそうさまでした」

…音楽部屋、行ってみようかな。

あの時ギター置いてっちゃったし、最近なかなか外出られてないし。


奏は少しだけ、そっと微笑んで、家を出た。


外は久しぶりの晴れで、空気もすんでいた。

今まで自転車で通り過ぎていた緑道も、ゆっくり、ゆっくりと

歩いていく。14年前とは随分と異なる町並みでも、

意外と自然は残っているもんなんだなぁ。

耳をすませば小鳥のかすかな声が聞こえる。

奏はもう少し微笑んだ。


それでもやはり、都心にやってくると緑は消え、

鳥の声も聞こえなくなってしまった。

あちこちからパソコンで書類を作成する音が聞こえてきそうだ。



地下へつづく階段をおり、奏はゆっくりと深呼吸をした。

大丈夫。大丈夫。

スーっとドアを押した。

部屋の中には、




…たった一人、新井がいた。

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