アマゾネス
船は順調に航行を続け、アマゾネスの近くまで到達することができた。だが、そこで思わぬ事態が起きた。機械の不調を告げるアラートが船内に鳴り響いた。
「なんだ!」
レイが急いで整備をして、船が完全に停止することは免れた。しかし、予期せぬ事実が発覚した。
「この船、このままだと次にワープドライブをしたら、バラバラになってしまうかもしれない」
「なんだって!」
セイジが焦った。もちろん俺も焦る気持ちがあった。俺たちはこの時、ありとあらゆる面で窮地に立たされた。俺は、どうすべきか考えたが、答えは一つだった。
「それでも、今、ここで戦わないと、俺たちに先はないんだ。だったら、ここで資源を見つけて、ドンを納得させて、自由になろう。船を直すことを考えるのはそれからだ」
苦し紛れの結論だったが、俺たちにはもうこの道しか残されていなかった。
惑星アマゾネスの成層圏に到着したのは、出発してから三時間後だった。残り二十一時間。その間にドンが気に入りそうな物を見つけなければならない。俺たちは着陸できる場所を見つけて船を停め、歩くことにした。窓から辺りを観察すると、この一帯には森林と大きな河川しか存在せず、誰も人が住んでいるようには見えなかった。
「……さっきは殴って悪かった」
船を停めて、いざ外へ出ようとした時セイジがぎこちなく俺に謝ってくれた。
「いいよ。俺の方こそ悪かった」
俺がセイジに返事をすると、奥からレイもやってきた。
「ワタル、……生きてまた旅を続けよう」
「ああ」
レイとセイジの言葉を聞いて、俺は嬉しくなった。俺はレイとセイジの過去や気持ちの全てを知ることなんてできないけれど、二人との確かな絆があることを改めて噛み締める。
「行こう」
船の出入口を開けた。残り二十時間。なんとしてでも生きて、この三人で旅を続ける。そう決意して俺たちは船を出た。
歩くこと二時間の時点で目ぼしい物は見つかっていない。俺たちは更に歩き進めた。
景色は相変わらず、草木が生い茂ったジャングルで、俺たちは探し物を求めて永遠の迷宮の中を彷徨う旅人のようだった。
このままじゃ、まずい。俺は少しばかり焦っている。レイとセイジも焦りを顔に浮かべていた。しばらく歩いていると俺の足に何かが引っかかった。その瞬間、急に足元がすくわれた。
「うわあ!」
どうやら、レイとセイジも巻き込まれてしまったらしく、気がつくと俺たちは誰かが仕掛けた罠にかかってしまったようだった。
「誰か!」
レイが叫んでみたが、特に返事はない。こんな罠、誰が仕掛けたのだろうか。俺たちがしばらく混乱していると、茂みの向こうから何人かの人が現れた。相手は銃を携帯している。よく見ると、全員女性だ。
「なあ、アマゾネスの意味って知ってるか?」
小声でセイジが尋ねてきた。俺はすぐに返事をした。
「知らない」
「そうか。じゃあ教えてやる。アマゾネスっていうのは神話に出てくる女性だけで暮らしている部族のことだ」
その時、俺はあることに気がついた。この星は未開発なんかじゃない、女性だけの集団が暮らすための隠蓑だったのだ。そう思った瞬間、電気が身体中を走った。本日二度目の衝撃だった。気を失う直前に腕につけた時計が見えた。残り十七時間。果たして生きて出られるのだろうか。意識が途絶えた。
目を覚ますと、俺は毛布に包まっていた。二人も気持ちよさそうに起きてきた。どうやら、相手方は俺たちを丁重に扱ってくれたらしい。その直後、俺と同じ歳くらいの女性が一人で部屋にやってきた。
「先程はすみませんでした。経緯の詳しい説明も兼ねて、村長がお詫びをしたいと申しております」
「…… わかりました」
俺たちにはそうすることしかできなかった。ひとまず、俺たちは村長の元へと案内された。時計を見ると残り時間は十二時間。あと半日で何かを見つけられるだろうか。
案内された部屋は荘厳な雰囲気に包まれていた。壁には簡単な物から高度な物までありとあらゆる武器が、まるで武器の進化を表しているかのような配置で立て掛けられている。扉の左右の横には槍を持った女性二人が表情を一切変えずに立っている。程なくして、案内をしてくれた方の動きが止まった。俺たちもそれに合わせて歩みを止める。
「ここでお待ち下さい。すぐに村長が参ります」
そう言って彼女はゆっくりした歩調で部屋を出ていった。部屋には俺たちとドア横の二人しかいない。時計を見ると目覚めてからはそんなに経過していなかった。五分程経って、豪華な装飾を身につけた、この場にいる他の人達よりも歳を重ねているであろう女性が向こうからやってきた。彼女は俺たちのもとへ近づいてきた。
「はじめまして、私の名はシエナ。この村の村長です」
「はじめまして、シエナ。僕たちは…… 」
「大丈夫です、レイ。先程、勝手ながらあなたたちの事を調べさせていただきました」
村長は表情を崩さすに俺たちにこの五時間ほどで何をしたのか説明してくれた。俺たちが動物用の罠に引っかかってしまったことに気がついたが罠の仕組み上、すぐには降ろせなかったこと。罠の電気ショックで気絶した俺たちを村まで運んだこと。運び込んだあとで、村の設備で俺たちの記憶を覗いて、俺たちがどういう状況に置かれているのかを知ったということ。それらを丁寧に説明してくれた。
「大変でしたね」
「すみません。巻き込んでしまって」
俺は申し訳なくなって村長に謝った。彼女は少し微笑んだだけで咎めはしなかった。俺にはそれがただ、ありがたく思える。
「残念ながら、ドン・マダーに渡せそうな資源を私たちは持ってはいません」
「そうですか…… 」
俺は不謹慎ながら無いと言われて少し残念に思った。二人も落ち込んでいるように見えた。すると村長が、
「ですが、向こうの山にある鉱山で採れる鉱石は、もしかしたら価値があるかもしれません」
「どういうことですか?」
「…… ついて来てください」
村長の言葉で俺たちには一筋の希望が見えた。村長は急ぎ足で歩き始めた。俺たちは彼女の後を追う。少数の護衛と共に村長と俺たちは部屋を出て、建物を出て、自動運転の車に乗った。どうやら、この村の技術はだいぶ進んでいるようだった。車を走らせること一時間。車は山の中腹を進んでいた。タイムリミットまで残り十時間強。この山で採れる鉱石とはどのような物なのだろうか。俺は焦っていた。焦っている間にも車は更に整備された山道を進んでいく。車の中は無言だった。村長の顔にも次第に汗が現れはじめている。どうやら、この車の中の全員がそれぞれの命のために戦いを始めようとしていた。
走り始めてから二時間程で車がついに停車した。全員が車から降りて、採掘場の入り口へと向かう。だが、目の前には採掘場らしき物は何も無かった。歩みを止めた村長はおもむろにデバイスを取り出して、操作した。
「解錠しました。これで採掘場へ入れます。どうぞ」
「…… どうぞと言われても」
セイジが困惑したその途端、空間に穴が開いた。穴の向こうを覗くとそこには、採掘用の設備らしきものが確かに見えている。
「すごいや、ホログラムで隠されているのか」
レイが説明をしてくれた。この山一帯に遮蔽装置が設置されていて、山を掘削した跡を隠しているのだという。すると村長が、
「その通りです」
どうやらレイの見解は間違いなかったようで、レイは少し照れ臭そうにした。俺たちはホログラムの向こうへと入っていく。入ると、山は掘削されていて、既に開発されていた。
「私たちの村は元を辿ると、とある女性だけで構成された集団の存在に行き着きます…… 」
村長は採掘場に併設された、施設へと向かう中で俺たちに村の歴史を教えてくれた。もともと、アマゾネスというのは半世紀以上前に結成された科学者集団の名前で、宇宙開拓が進むにつれて、メンバーだけで暮らせる場所を探すようになったのだという。探し続ける間にメンバーたちは家族と同等の存在になり、最終的に一つの生き方として、村として存在するようになった。村の技術が発達しているのは、村の起源が科学者達にあるからで、彼女らが発明した物を子孫たちが発展させ続けているからだと言う。
俺たち一行は施設に入って、しばらく歩くと一つの部屋に行き着いた。村長の護衛たちが部屋の備え付けのパネルを操作した。パネルが操作された後、部屋の中央に円形のテーブルが床から上がってきた。テーブルが出現してすぐに、今度はテーブル中央に穴が開き、中から鉱石らしき物が現れてきた。村長はそれを慎重に手に取った。
「これが、私たちが持っている中で一番価値のある資源です」
村長はそう言うと、レイに鉱石を渡した。レイは鉱物にも詳しかったので、すぐに鉱石を見回った。鉱石を見ていく内にレイの表情がだんだんと深刻になっていく。
「…… コレを渡して平気なんですか?」
「平気ではありませんが、これを渡すしか私たちに生き残る術が無いのです」
「そんな…… 」
レイと村長の顔がどんどん深刻さを増していく。俺とセイジは状況を理解できなかった。
「なあ、それってそんなに大事な物なのかよ」
セイジがレイに尋ねた。俺も気になる話しだった。なぜ、そこまで深刻な話になるのだろうか。
「…… この鉱石は、上手に使えば一欠片で小惑星一個を半壊させられる」
俺とセイジは絶句した。気になって時計を見ると、残り八時間弱。いつのまにか、俺たちの人生最大の選択が迫っていた。
村長によれば、現状アマゾネスでしか採掘することのできないその鉱石は、村の人々が四半世紀程前に発見し危険を承知の上で採掘作業を始めた。鉱山全体に遮蔽装置を設置したことで、開発にやってきた多くの探検家は鉱石の存在に気づかずに帰っていったという。村での鉱石の使い道は生活に必要なエネルギーを取り出すためであり、研究はしたが兵器として実際には一度も使っていないのだという。村長は苦しい表情を浮かべている。
「…… これを渡さなければ、エドが守ってくれたこの地を失ってしまう」
「待ってください。エドとお知り合いなのですか?」
「ええ、そうです。彼は私たちと鉱石の存在に気付いてしまったのですが、隠し通すことを約束してくれたのです」
意外な事実だった。エドは以前、この星では何も見つけられなかったと言っていたが、本当は見つけて隠し通していたのだ。それを僕たちはあの海賊たちに渡さなければいけないのだろうか。そう思うと俺は申し訳ない気持ちになった。
「…… この星のことを話してしまって、すみませんでした」
俺の言葉を聞いた村長は優しい顔をして、何も言わないでくれた。村長や村のみんなのことを見ていると、俺は不思議とこのままじゃダメだという思いに駆られて、決意した。
「…… なあ。レイ、セイジ、俺たちであいつらと戦わないか?」
レイとセイジ、村長は静かに話を聞いてくれた。俺は話を続ける。
「このまま鉱石を渡しても、俺たちは本当に生きて帰れるのか? 帰れたとしても、村のことをずっと後悔することになる! だから戦わないといけない気がする!」
勢いに任せて俺は言い切った。言い切ったあと二人はなぜか笑い始めた。一通り笑い終えるとセイジが、
「いいぜ。俺は戦う」
その言葉はとても頼もしかった。続いてレイも、
「僕も戦う。海賊にやられた分はきっちり返したい」
レイの言葉にも覚悟を決めた響きがあった。二人の言葉を聞いた俺は、村長に対して話をする。
「シエナ、一緒に戦いましょう。お互いの明日のために」
「ええ、もちろん」
こうして、俺たちは明日、ドン・マダーとの決戦を挑むことになった。
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