第三章

海賊

 通常速度で航行を続けること三時間。何事もなく進んでいたが突如、船の動きが止まった。大きな衝撃の後に停止した船は再び動きはじめた。ラウンジにいた俺たちは急いで操縦室へと向かった。何が起こったのか。俺は混乱した。

「何があったんだ? 」

 操縦室へとたどり着くとセイジがレイに尋ねた。レイは急いで計器を確かめる。レイの顔は焦りと恐怖に満ちていた。俺とセイジも表情が曇っていった。

「……制御不能になってる。誰かの船のトラクタービームに捕まったらしい」

「なんだって!」


 俺は思わず声を上げた。セイジもパニックになっているようだ。船は尚も制御が効かない。すると、前方に俺たちの船よりもさらに大きな船が見えてきた。俺たちの船との距離は徐々に近づいていく。俺たちの船はこの大型船に牽引されているらしい。

「海賊かもしれない」

 レイが怯えながら呟いた。まさか、エドが言っていた海賊というものに出会したのだろうか。この状況を鑑みるに本当に会ってしまったのかもしれないと俺は思った。船内にさらなる緊張が走る。

「どうすんだよ!」

 俺はレイにどうすればいいのか聞いた。レイは動揺しながらも、

「とりあえず、向こうとコンタクトを取ってみよう」

 と返した。レイは急いで船の通信装置を動かそうとする。幸い、通信装置は作動したので、向こうとの連絡を試みた。


「こちらアバンチュール号、応答してください。どうぞ」

『 …… 』

 少し待ってみたが向こうからの反応は無い。レイは間を置いて再び通信を試みたが応答はなかった。距離はさっきよりもより近づいている。緊迫の中、俺たちにはもうどうすることもできなかった。次第に俺たちの船は大型船の中のドッグへと入っていく。仕方なくレイは着陸脚を出した。俺たちは船が完全に止まるのを待つことにした。いや、正しくはそうすることしかできなかった。


 程なくして、船が完全に止まった。俺の中に恐怖の感情が走った。その直後船の出入口が開いた。向こうの誰かが操作スイッチを操作したらしい。

「おら! 行くぞお前ら!」

「おお!」

 直後、船内の向こうから甲高い男たちの声が響いた。船内を物色する音が聞こえる。どうやらこの大型船は本当に海賊たちの船だった。俺たちは命の危険を感じて、隠れることにした。できるだけ声を上げずに隠れ場所を探す。だが、遅かった。

「おっと、お前ら。そこまでだ」


 海賊のメンバーに見つかってしまった。俺たちは反対の方へ逃げようとしたが、そっちにも海賊がやってきて俺たちの腹を殴ってきた。

「うえっ!」

 俺とレイとセイジは一瞬のうちにその場で倒れ込んだ。

「元気がいいなお前ら。高く売れそうだ」

 そう海賊が言うと、そいつは俺にスタンガンか何かを向けた。俺の意識はそこで途絶えた。


 意識が戻った頃には俺の手には手錠がかけられ横にされていた。右横を振り向くと、レイとセイジも同じ状態だった。まだ二人は気絶していて、かなりの怪我を負っているようだった。俺は思わず、

「レイ! セイジ!」

 と叫んだが、二人は起きる気配がない。すると左横にいた海賊が

「うっせーんだよガキが!」

 と叫んで、俺を蹴り倒した。直後さらに海賊が集まって俺を一斉に蹴りはじめた。身体中が痛い。


「お前ら、そこまでだ!」

 蹴られ続けること数分、ついに誰かの一声で海賊たちは俺を蹴るのを止めた。俺の顔からは血が出ている。

「すみません、ボス」

 海賊たちの一人がご機嫌を取るかのように奥にいる大柄な男に向かってペコペコしている。アイツがこの海賊たちの親分らしい。そう思っているうちに男は銃を取り出し、さっきまで頭を下げていた部下に向かって一発撃った。撃たれたそいつの血が俺の顔や服に飛び散る。

「……どう……して」

 こう言ったきりその部下が動くことはもう無かった。残った部下たちは怖気付きながらさっきまで生きていたそいつの亡骸を引きずってその場を去っていく。引きずられたことで床に付いたそいつの血を見た瞬間、俺の中に死への恐怖が湧いた。


「安心しろ。お前たちは殺しやしねえ」

 奥の男は自らの部下を撃ち殺した銃を愛でながら俺にこう言った。嘘だ。どう足掻こうといずれはアイツに殺される。確証はなかったが、アイツの目は間違いなく人の痛みが分からない奴の目だった。

「……お前、目つき悪いな。お前の目ん玉潰してやるよ」

 どうやら思っていることが顔に出ていたらしかった。

「俺は、この場でお前たちを殺すことができるんだ。まずは、そこの奴から殺してやろうか」

 すると、男はレイの方を指さした。

「やめろ! こいつらだけには手を出すな!」

「おうおう、どうした小僧。やけに焦ってるじゃねぇか」

 俺はこの二人をなんとしてでも守りたかった。それは、あの時からずっと変わらない。

「てか、今気づいたが、お前が着けてるそのネックレス、トライアングルメモリーじゃあねぇか」

「それがどうしたんだ!」

「それを渡してくれたら、お前たちを自由にしてやっても良いと思ってな」

 男は静かにそう言った。その顔には恐ろしい笑みが浮かんでいた。

「お前みたいな奴に、絶対渡すもんか!」

 俺は死を覚悟した。その時だった。奥の自動ドアが開いた。


「失礼しますボス」

「……なんだよ。楽しんでる時に」

 ドアの向こうから現れたのはさっきいた部下たちよりは位の高そうな女の部下だった。“ボス”は舌打ちを一回したが今度は撃ち殺すことはせず、女は“ボス”の耳元に近づいて何かを話しているようだった。耳元での話を終えると“ボス”は俺に聞こえるくらいの声で女と会話を始めた。


「ちぇ。またアリスのやつか」

「どうしますか?」

「……この部屋に通してやれ」

「承知しました」

 一通りのやりとりを終えた後、女は入ってきたドアから戻っていった。アリス、どこかで聞いたことがある気がする名前だ。

「……命拾いしたな小僧。お前の目を潰すのはまた今度だ」


 愉快げに“ボス”は俺に向かって言い放った。俺はこの瞬間は命拾いをしたが、恐怖に駆られていることに変わりはない。程なくして、何人かの武装した女たちがやってきた。集団のリーダーらしき女は強い調子で“ボス”にこう言った。

「キャプテン・アリスだ。今すぐにその子たちを解放しろ」

 キャプテン・アリス、やっと思い出した。彼女はエドの昔からの仲間の一人だった。アリスという名を思い出した俺は思わず叫んだ。

「あなた、エドの仲間なの!」

「なに、エドを知っているのか。なら話が早い。ドン・マダー、この子らをすぐに解放しろ」


「それはできない相談だな」

「なに」

 アリスは海賊の“ボス”であるドン・マダーに銃を向けた。それでもドンは銃を向けられても尚、憎たらしい態度を変えなかった。レイとセイジは未だに眠っている。この場で俺にできることはあるのだろうか。そうしている間にもアリスとドンの交渉は続く。

「アリスさんよ…… 、お前のせいで俺はどれくらいの損失を被ったと思ってるんだ。そもそも、ウチの船の通信を傍受して中に乗り込むのはコンプラ的にどうなんですか?」

「さあね。でも、お前の方こそ人様の船をハイジャックして中の積荷を乗組員ごと裏マーケットで売りさばくのはどうかと思うが」

「なんだと…… 」


 どうやら、交渉は決裂したらしかった。膠着状態が続く。手錠をかけられた俺にはなにもできない。

「この小僧三人と船一隻の代わりになるような俺の利益をお前は見つけられるのか? アリスさんよ…… 」

「黙れ。お前に渡す金など無い」

 二人の喧嘩は続いている。だが、この会話を聞いた俺はあることを咄嗟に思いついた。そして、気づけば俺は叫んでいた。

「なあ、代わりの利益を見つければ良いんだろ!」

「少年!」

「おお、威勢がいいじゃあねえか、小僧。だったら、良い話がある。アマゾネスって星に俺が探してる資源があると聞いた。それを一つでも見つけてこい! 時間はこの船を出てから二十四時間。いいな!」

「受けて立ってやるよ!」


 これは命懸けの戦いだった。生きるか死ぬかの瀬戸際で思いついた物としては、あまりにも無茶な賭けだった。ドンは一考している様だった。アリスの方は焦っている様にも見える。俺は自分がどうしようもないくらいに無謀だったことを理解した。どうせ見つけられずに怒ったこの男に俺は殺されるだろう。どうせ死ぬなら、最後まで悪足掻きしてやる。そう一人で覚悟した。

「よし、取引成立だ。お前らに船を返してやる。その代わり、アマゾネスまで行って、俺の利益になる様な物を探してこい。いいな」

「……わかった」

「お前! 何を取り決めたのかわかっているのか! お前の命が…… 」

「黙れ、アリス! これは俺たちの取引だ」

「くっ…… 」


 アリスにはどうすることもできなかったらしい。ひとまず、ドンは俺たちの手錠を外して、持ち物を返すと言った。だが、これで自由になれたわけではない。ドンは、もし俺たちが逃げたら問答無用で殺すと宣告した。俺はアマゾネスまで飛ぶ前にレイとセイジが目を覚ましたら事を説明することにした。二人の命まで賭けてしまったことを俺は後悔している。二人は何と言うだろうか。窓の外を見ると真っ暗だった。


 レイとセイジが目を覚ましたのはあれから二十分程経った頃だった。俺は二人が気を失っている間に起こった事と、二人が知らないうちに命を賭けた取り引きをしたことを説明する。

「冗談じゃねえ! 何勝手に決めてんだよ!」

 話を聞いたセイジが俺に怒りをぶつけるために俺を殴った。セイジが殴ったのは当然だ。俺が勝手に決めて良いことではないことを決めてしまったから。レイも何も言えないでいた。レイの表情は焦燥しきっていた。俺には二人に責められる以外何もできなかった。血まみれの顔が痛い。俺は自分が泣いていることに気がついた。二人を怒らせてしまった、巻き込んでしまった、命を賭けてしまった。それが自分でも許せない。しばらく沈黙が続いた。


「お前たち。なにをメソメソしているんだ」

 長い沈黙を破ったのはまだドンの船に居たアリスだった。

「お前たちが喧嘩するのは構わないが、時間は待ってくれない。このままウジウジしていても、待っているのは死だ」

「あなたに、何がわかるんですか!」

 感情を抑えきれなくなったレイが反論した。アリスはそれを聞くとレイの肩を叩いて、


「俺にお前らの気持ちなどわからない。だが、どうすれば良いのかなんて呑気に考えている時間なんて人生にはないんだ! それがわかったらお前たちの手で船を出せ!」

 レイは今にも泣きそうだった。一通り話すと、アリスは俺の元へとやってきた。彼女は辺りを見回してから、ホルスターから銃を一丁取り出して、俺に差し出した。

「持ってけ」

「いや、受け取れないです」

「……持っていくんだ」

 アリスの強引な説得に負けた俺は渋々銃を受け取った。本当は銃なんて持ちたくはなかった。それでも、命がかかった今、俺は人を殺める力を持つしかなかった。


「……行こう」

 セイジがやっと状況を受け入れたようだった。レイも泣きじゃくりながら同意する。俺もやっと気持ちが落ち着いたので、頷いた。俺たちの喧嘩が収まった。


 自分たちの船に戻った俺たちは、急いで応急手当てをしてから船のエンジンを起動した。スイッチを入れる時の一つ一つの音が普段よりも重く響いてくる。ドンから与えられた猶予は船で出発してから二十四時間。二十四時間後にドン自らアマゾネスに赴いて、チェックするということだった。本当に彼が探している物を見つけられるだろうか。俺たちに死への不安が募るなか、船のエンジンは場違いなくらいにどんどん大きくなっていく。まるで元気そのものだった。時計を確かめる。時刻は午前零時の一分前。

「じゃあ、行くよ」

 レイが操縦桿を動かして船が動き出した。ドンの船を出た瞬間、時刻はちょうど午前零時になり、レイが惑星アマゾネスまでの航路を設定してワープを開始する。自分たちの命がかかった二十四時間が始まった。

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