決戦

 村に戻った村長は大急ぎで戦いのための準備を始めた。村の人々が急ピッチで戦闘準備を行う。鉱石の力は一切使っていないが、高火力のレーザーブラスターや大砲、近接武器などが武器庫から次々と外へ運び出されていった。一方で俺たちは村の通信設備を用いて、アリスに応援を頼んだ。アリスは、出来る限り朝に間に合うようにここに向かうことを約束してくれた。心の準備を終えた俺は、アリスから受け取っていた銃を眺める。村長の判断でレイとセイジも銃を持っていくことになった。二人もそれぞれの心の決心をつけているようだった。ついに夜明けになった。ドンの到着まで残り一時間。決戦が始まろうとしていた。



 朝日が登り始めたの合図に俺たちは草原の真ん中に立った。草原の辺りを木々が囲っているので、木の裏などに村の人々が武器を構えて隠れている。俺の時計は出発から丁度、二十四時間が経ったことを告げた。

「時間だ。来るぞ」

 それから二分くらい経って上空から大きな船が草原に着陸しようとしていた。ドン・マダーの船だった。船は着陸脚を広げて、地面を着く。着陸した衝撃が辺りに響き渡った。程なくして、船の出入口が開かれた。開かれた扉の向こうにはドンが嫌味な顔をして立っていた。ドンは船のスロープをゆっくりと降りていく。それに続いて大勢の部下たちが現れた。全員、武器を持っていて、数もかなりいた。俺はとんでもない負け戦を始めてしまったのかもしれないと心の中で思った。ドンとその部下たちはゆっくりとした足取りで俺たち三人の元へと歩く。正面から見えるこの集団には凄まじい圧倒感があった。ドンが遂に俺たちの真正面に現れた。


「何か見つけたか」

 ドンはいかにも興味がなさそうな顔を浮かべて話しかけてきた。俺はそれに答える。

「もちろん。約束通り見つけ出した」

「どんな物だ。見せろ」

 俺は後ろにいるレイとセイジに向き直って目配せをする。それを見たレイは肩に掛けていたバックから慎重に鉱石を取り出した。もちろん、手元の鉱石はただのレプリカで、俺たちは厳重な取り扱いをしている演技をしているに過ぎなかった。慎重に扱う演技をしながら、レイは俺にレプリカを手渡した。手渡されると、俺はドンにレプリカを差し出した。

「これでどうだ」

「どんな物だ。教えろ」

「街一個のエネルギーを発している鉱石、これを売れば、俺たち三人を売るよりも高く売れるんじゃないのか」

「ふーん」

 ドンは手招きして、部下を呼んだ。部下は何も言わずにレプリカを俺の腕から取りあげて、船の方へと歩いていった。

「取引成立だ。俺たちを解放しろ」

 セイジがそう言った。ところがドンは少し考えるような仕草をしてから、銃を取り出した。

「何!」


 俺は叫んだがもう遅かった。辺りに銃声が響く。振り向くと、俺の後ろにいたセイジの腹あたりから血が出ていた。セイジの口から血が少し垂れ落ちていく。

「セイジ!」

「あはは!!」

 ドンは大笑いした。一方でセイジは地面に倒れ込んだ。レイと俺がセイジの側に近寄る。血の勢いが止まらない。

「セイジ! セイジ!」

「すま…… ん」

 彼の目が閉じてしまった。レイは慌てて手の甲を抑える。

「まだ、脈はあるけどすぐに手当てしないと危ない…… 」

 レイは冷静さを装っていたが、今にも泣きそうだった。俺も人のことは言えない状態だった。


「どうだ! 威勢の良いお前らもこうすれば大人しくなると思ってな! ざまあみろ! あははは!」

 俺はとうとう目の前にいるクズが許せなくなって、アリスの銃を取り出した。辺りにまた銃声が鳴り響いた。

「あああ! 目が!! 」

 今度は、俺の方があいつの片目を銃で撃ち潰した音だった。


 ドン・マダーはとてつもなく苦しんでいた。後ろの部下達はどうすることもできずにいる。彼らは自らの意思では俺たち三人に報復すらしなかった。

「お前ら、このガキ三人を殺せ!! そうしないと、俺がお前らを一人ずつ殺してやる! あはは!!」

 ドンは完全に狂っていた。部下達は自らの命を守るために俺たちに銃を向けた。この人数では、逃げても決して敵わない。部下が銃の引き金を引こうとしている。もうダメかと思った、その時、再び銃声が鳴った。直後、部下の一人の銃が宙を舞っていた。

「誰だ! 」


 村の誰かが俺たちを助けてくれたようだった。辺りに隠れていた、村の人々が戦闘態勢で表に出てきた。

「こいつらもまとめて撃ち殺せ! 」

 ドンの命令で、部下の一人が発砲した。村の一人に当たりそうになる。

「こちらも撃て! 撃って生き残れ! 」

 村長が、自ら表に立って、指示をした。こうしてすぐに銃撃戦が始まった。銃弾が飛び交い、次から次に人に当たって倒れていく。俺は倒れたセイジを担いで、レイと共に安全な場所へと行くことにした。四方八方で戦闘が繰り広げられている。全力で走っている間に、ドン側は船から大砲を出して応戦し、村の人々も用意していた武器で報復を重ねる。一方では、槍などを用いた奇襲を敵に仕掛けている。俺たちは走った。走りながら何度も目の前や横で弾が当たったことによる爆発が起きた。逃げ隠れる場所がもうなかった。


 俺たちは何とかして岩場の後ろに隠れた。そこに隠れていても長くはもたないが、走り続けるよりはマシだった。

「どうする!」

 レイが俺に尋ねてきた。銃声や爆発音がうるさくて聞こえづらい。

「どうするたって、船に戻ってセイジを手当てしないと!」

「でも、船はここから反対の方向にある。激戦地に当たるから、生きて走り抜けられるかな…… 」

 俺は岩場に隠れて辺りを見回した。既に大勢がそれぞれの目的のために死んでいったらしい。眠ったまま動かない人、大怪我を負った人、仲間に助けてもらっている人。これが、人間というモノなのだろうか。生きるために仲間は大事にするが対峙する者は殺していく。それが人類史では何千回、何万回と繰り返されてきた。それでも、今の俺たちは生きるために走って、邪魔をしてくる連中は撃ち殺していくことしかできないようだった。俺は明日のために覚悟を決めた。


「…… レイ、どうやら俺たち、それしか生きる手段がもう残っていないや。ここにずっと隠れていても、いずれは弾が当たって死ぬ。だったら、少しでも生きれれる方へ走らないか? 」

「…… ああ。そうだね」

 俺たちは、岩場から離れて、走り始めた。何としてでも船に戻る。その一心だった。だが、向こうに行くには俺たちは劣勢だった。ドン側の方が人手も武器を多かった。船に近づけない。そう思った時、空からの銃撃が始まった。頭上を見ると、見知らぬ船が飛んでいた。


 船はドンの部下だけを狙って正確に撃っている。俺はようやく理解した。あれはアリスの船だ。どうやら間に合ったようだった。船は水平になって、何人かがロープを伝って降りてきた。降りてくるなり、何人かは俺たちの方に駆け寄ってくる。よく見るとその一団の中にアリスがいた。

「どういう状況だ!」

 アリスが走りながら叫んだ。俺たちの側にたどり着く。俺たちは岩の裏に再び隠れた。俺はアリスに答えた。

「セイジが撃たれた。船に戻って手当てをしないと!」

「そうか…… 」

 アリスは何かを考えているようだった。周囲は戦況が読めない程に混乱している。

「お前、ええとレイ、エドから貰ったデバイスがあるだろ?」

「うん。あるけどどうして?」

「いいから、見せろ」

 そう言われてレイは急いでアリスにデバイスを渡した。アリスは手に取るなり、デバイスを起動せずに裏に取り付けられた部品を眺める。アリスはなぜか微笑んでいる。


「これは返す。今からそのデバイスにメールを送る。簡単なメールで、ここから一番近い宇宙ステーションの座標を書いておく。お前たちは自分の船に乗り込めたらすぐにこの座標までワープしろ。いいな」

「わかった」


 俺はアリスに了解した。レイもそれに応じた。

「船の前まで援護する」

「頼む」

「行くぞ」


 アリスが合図すると、俺たちは一斉に走り出した。すぐにドンの部下が俺たちに狙いを定めるが、そこはアリスの仲間たちが援護射撃で応戦してくれた。俺はセイジを担ぎながらレイと共に戦場を走り抜ける。村のみんなとアリスたちがドンの部下たちと命がけで戦っている中を全力で、必死で走った。これが生きるということなのだろうか。頭の中に人生で初めて走馬灯というのが流れる。何とか、激戦地を潜り抜けた俺たちは急いで船の前まで道を急ぐ。それでも、ドンの標的は俺たちであることに変わりはなく、部下の何人かが走って追いかけてきた。アリスとその仲間たちはそれに応戦しながら、俺たちを守っている。途中でアリスの仲間が一人、また一人と離れて行く。ある者は足を撃たれ、ある者はドンの部下を足止めするために列を抜けた。ついさっき会ったばかりの俺たちを守り抜くために彼らは全力を尽くしている。

「どうして、僕たちのためにここまで戦ってくれるの? 」

 レイが走りながらアリスに尋ねた。彼女は特に考える様子もなくすぐに、

「お前たちには、何でもできる未来がある。その未来が無くなったら、俺たちが悔しいからだ。だから、戦う」

 と答えた。俺はその言葉を聞いて、自分にはまだ希望が残っていることを知った。


 俺たちの船の前にようやく着いた。俺たちは一瞬安堵したが、すぐにまだ脅威が残っていることに気がついた。船の前には、潰された片目を手で押さえ、もう一方の手に銃を持っている、ドン・マダーが居た。

「おっと、これ以上は……行かせない」

 ドン・マダーはさっきまでは見せていた余裕が今はもうなかった。片目を潰されたからだろう。どことなく、銃を持つ手元もふらついている。

「お前らよくも俺の目を潰したな…… 。俺はお前らを絶対に許さない。だから、お前らの船を壊してやったよ。ざまあみろ!! あはは!! あは…… 」

 ドン・の狂った言葉は途切れ、彼は事切れた。アリスがドンの胸を撃ったからだった。アリスの目は達成感と疲れに満ちている。

「あんな、ろくでも無いやつを殺すのは大人の仕事だ」

 彼女の言葉には重みがあった。


 ドンの遺体を船の側から退けたあと、俺とレイとアリスは急いで、セイジの応急手当てをした。幸いまだ生きていて、あとは意識の回復と適切な処置をすれば大丈夫そうだった。問題は船だ。

「いろいろな回路が銃で壊されている…… 」

 レイは船の航行に必要な装置を壊れていないかできる限り確認したが、ドンが先に船の装置を破壊していたようだった。

「ダメだ。急いで直してもそんな長くは飛べない」

「そんな…… 」

 俺は思わずこう言ってしまった。アリスは何かを考えているようだった。沈黙の末に、アリスが口を開いた。

「……今すぐにさっき教えた座標まで飛べ」

「どうして? 今の状況じゃあの座標までは行けないよ」

 確かに、昨日の時点でこの船はあと一回のワープドライブで壊れることは分かっていた。さらに言えば、ドンにあちこちを壊されていて、船の状況はさらに悪くなっていた。だが、今すぐにこの星から逃げないといけないことも解っていた。

「今飛ばないと、コントロールを失ったドンの部下たちが殺しに来るぞ!」

 俺とレイは何も言えなくなった。

「わかった、僕がなんとかする! その間に、ワタルはセイジのことを頼む」

「オッケー!」

 レイはその言葉を聞いて急いで船をできるだけ修理することにした。レイが修理をしている間、俺はセイジの看病をし、アリスはドンの部下たちが来ないかを外で見回った。アリスによると、村のみんなと海賊たちの戦いは未だに続いているようだった。アリスは俺たちが出発してから激戦地に戻って、止めに行くという。

「終わったよ!」

 レイの声が聞こえたので俺は船に戻ることしたが、その前にアリスが俺に声をかけてきた。

「大丈夫だ。お前らはきっと生きて帰れる。……あばよ」

 アリスはその言葉を俺に残して、元来た道を戻り始めた。


 俺は急いで船の操縦室へと入った。レイは深刻な顔をして計器を操作している。

「あと一回ワープしたら、この船は完全に壊れるだよ。それでも、飛ぶんだよね?」

 レイの言葉には深刻さがあった。レイによるとこの船の装置を完全には直せなかったので、あと一回ワープして、うまくいかなかったら船が壊れて宇宙空間でバラバラになるかもしれないということだった。この周りには混乱した海賊たちがいる。このまま、この場所に居ても死ぬ。一方で、船を飛ばしても死ぬ確率が高い。だったら、答えは簡単だった。なんとしてでも生きてやる。そう思った。

「もちろんだ……、飛ばしてくれ」

「……」

 レイが苦しい顔をする。それでもすぐに、レイは返事をした。

「いいよ。行こう」

 決死のオーバードライブが始まろうとしていた。

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