第29話 ?◇◎神様◎◎!⇒⇒⇒

「神様……?」


 謎の少年は一瞬こちらを見ただけで、すぐに前の方に視線を戻した。


 天道てんどう……一真かずま……わたしと同じ苗字みょうじ……。


『華憐……いや、妹よ』

「妹……?」


 …………でも、兄妹きょうだいにしては、あまり似てない……?


『会長ちゃんをあやつり、私の目をあざむくとは、少しは成長したじゃないか』

「お兄様……どうして……。わたくしは、確かにあの書の力で――」

『あの瞬間、私は、自らの情報の全てをあの書に書き込んだ』

「!? あの一瞬で……っ!?」


 なにを言わずとも、その表情から『信じられないこと』だということがわかった。


『ハナちゃんに声は届かないし、神の力は使えないし、ほんと大変だったよ』


 そういえば、時々聞こえたあの声と、彼の声が全く一緒だ。


『書の中でどうしようかと考えていたとき、私はあることを思い出した』

「あること? それは一体、なんですの?」


 華憐が恐る恐る尋ねると、


『フッフッフッ。実体化できないのなら、別の体を借りればいいのだとっ!』

 彼は自信満々な顔で胸を張った。


『そして、私は遂に見つけた。プロットの段階で生まれた最初の一真かずま。その名も、一真・オリジン~~~っ!』


 ドカーーーーーーーーーーンッ!!!!!


 今、後ろでドカンッとなにかが爆発したんだけど。


「……って、プロット?」

『物語の構成のことだよ。世界を創造する上で重要な役割を持っているんだ』

「へぇー」

「さ、さすが……お兄様……」

『エッヘン!! まぁ色々な設定を考えたんだけど。結局、平凡な少年に落ち着いたんだよね』


 と、誇らしげに語る少年(神様?)に華憐は言った。


「……いつから気づいていたのですか?」

『最初に違和感があったのは、会長ちゃんの登場だ。私の記憶では、会長ちゃんを登場させる予定はなかったから』

「…………」

『そして、もう一つは、遥香ちゃんがハナちゃんを買い物に誘ったときだ』

「っ!?」

『あの段階で遥香ちゃんが買い物に誘うのも、私の予定にはなかった。だからわかったんだ。――何者かが、この世界を狙っていると……ねっ』

「…………っ。では、最初からお見通しだったと?」

『こんなことができるのは、私と同じ神か、私の近くにいる人物に限定される。違うか?』


 力説を語りながら、人差し指を立てて華憐の周りをぐるぐると回っていた。


 なにかのドラマで見たような気がする。あれは確か……古――


『まだ認めないのか? 証拠は全て揃っているんだぞ?』

「……ま、負けた……っ」


『WIN!!!!!』


 華憐は力が抜けて地面に膝をついたのに対して、彼(神様)は拳を高々と突き上げていた。


 ……なにこれ?


『やれやれ。お前の遊び相手をするほど、私は暇ではないんだぞ?』

「……ソファーでうたた寝をしているところを、何度も見たことがありますわ」

『寝ているフリをしていたと言ったら?』

「そんなことはないですわ。この目で見ていたのですから」

『……はっきり言うねぇ。お兄ちゃん、ちょっと傷ついたよ? ぴえん』

「なにが『ぴえん』ですか? お兄様、どこでそのような言葉を覚えたのですか」


「…………」


 目の前のやり取りを、わたしはただただ眺めていた。


「あ、あの……」


『どうしたの?』「なんですの?」


「いや、なんでもない……です」


 なにがなんだかさっぱりわからないから、尋ねようと思ったのだけど……。


 ゴッホンと咳払いをして前を向いた彼の表情が、まさに真剣そのものだったから、聞こうにも聞けなかった。


『どうして私が創った世界を汚したんだ。創世の書を貰えなかった恨みか?』

「恨み? わたくしは別に、そんなちっぽけなことでお兄様を困らせたりなんてしません」

『? なら、なぜだ?』

「そっ、それは……」


 さっきまでとは違って、急におどおどしたものに変わった。視線があちこち動き回っていて、どこか落ち着きがない。


 なんとか、目を合わせないようにしているようだった。


(……っ! もしかして…――)


『そうかっ、そういうことか!』

「!!?」


 あれ、今喋ってなかったような。


『神だからね、なんでもお見通しなんだよっ』


 神様って、こんな感じなのかな? なんというか、ノリが軽いというか。


「どうしてそれを……」


 華憐はびっくりした顔でこちらを見ていた。


「えっと……。美桜が小さい頃、わたしに遊んでほしくてよくイタズラみたいなことをしてたから」


 今でこそしっかり者になったように見えるが、昔は超が付く甘えん坊だった。


『甘えん坊かぁ……。そういえば、確か大きくなったら大人のレディに――』


「あああああーーーーーっ!!!!!」


 華憐は慌てたように腕をバタつかせた。


 ギャップの差があり過ぎて、思わず呆然としてしまう。


『なるほど、どうりで操っていたのが会長ちゃんだったわけだ』

「うぅぅぅ……」


 声を漏らしながら、恥ずかしそうにちぢこまってしまった。


『改めて聞くぞ? どうしてこんなことをしたんだ?』

「それは……お、お兄様が悪いのですわっ!! いつも書物に目を向けてばかりで、ちっともわたくしの相手をしてくれないではないですか!」


 そう言って、ねた子供のようにプクッと頬を膨らませた。


 言葉遣いとのギャップに、年齢の差を感じてならない。


 もしかすると、私が思っているより意外とおさないのかもしれない。


『妹よ、立つんだ』


 しゃがんでいる華憐に、神様はそっと手を差し伸べた。


「お兄様……」


 手を取った華憐を起こすと、優しい笑みを浮かべたのだが…………その目はすぐに鋭いものに変わった。


 な、なに? このピリピリした感じ……。


『………………』

「………………」


 こっ、これからなにが……


 ……ゴクリ。


『……展開が……早すぎる』


「「へっ?」」


『お前は……展開が早すぎるんだ……っ!!』


「「……へっ?」」


 ど、どゆこと……?


 わたしと華憐はお互いに目を合わせて、首をかしげた。


『私は、この世界を余すことなく楽しむために、細心さいしんの注意を払っている。だというに……っ』

「おっ、お兄様……?」


 グッと拳を握り締める兄を見て、ちょっと引いているようだ。


 そんな妹を余所よそに、早口で語り出した。


『机に押し倒すシチュエーションはグッドだ。だが、チューするまでが早すぎるっ! あれでは妄想を楽しめないじゃないかっ! そもそも、あのディープキスはなんだっ! 最初はじっくり、そしてゆっくりと時間をかけて絡ませていくのが王道だろう!! 読み手に頭の中で妄想を膨らませてもらうためにも、あそこは時間をかけるべきだった!! いいか? 妄想こそ正義っ、妄想が世界を救うんだーーーーーっ!!!』


「………………」

「………………」


 一言一句、噛まずに言い切ると、彼はひざに手をついた。


『はぁ……はぁ……。それに――』


「「まだ続くんかいっ!!」」


 ……。


 …………。


 ………………。


『本来、創世の書は、所有者以外の使用が禁止されている。それは知っているな?』

「……はい」


 おっと? もしかして、急に深刻な話が始まった?


『お前は許されないことをした。その自覚はあるか?』

「…………」


 華憐は、なにも言わずコクリと頷いた。


『そうか、ならしょうがない。………………今回だけは許す』

「え」

『創作に没頭するあまり、相手をしてやれなかったことは、私も反省しなければならない。すまなかった』

「お兄様……わたくしの方こそ、自分勝手なことをしてしまって……ごめんなさい」


 そう言って二人は顔を合わせると、「ふふっ」と微笑んだ。


「これでは、大人のレディになるのはまだまだ先のようですわね」


 一件落着? なのかな。


 まぁ、まさかこんな――夢――を見るなんて、思ってもいなかった。


「………………」

『………………』


「えっ、な、なに?」


 二人はわたしの方をじっと見つめていた。


 どうして、あんな悲しそうな顔をしているのか、わたしにはわからない。


 すると、神様はズボンのポケットから銀色のスティックを取り出した。


『ハナちゃん、ごめんね』

「え――」


 スティックをこちらに向けてボタンを押すと、突然、先端が光り出し…――




 ――――――――――――――――――――――――。




 ハナの目は、ゆっくりと閉じられたのだった。




「んん……うん……っ? ここは……」


 目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。


 ……神様が呼んだのか?


『一真』


 起き上がって声のした方を見ると、


「……ん?」


 もやがかかってわかりにくいが、そこには人影が二つ並んでいた。


 片方はとても背が高い。百八十……いや、それよりもっと……。


 そして、もう一方は、ハナ《おれ》と同じくらいの身長だ。


「神様、なのか……?」

『そうだよ』


 やっぱり。てか、スタイル良すぎじゃね?


「横にいるのは、誰なんだ……?」

『私の妹、名前は……カレンということにしておこう』

「しておこう? ……って、神様の妹!!? えっ、妹がいたのか!?」

『あれ? 言ってなかったっけ?』

「言ってねぇよ!!」


 びっくしたーっ。


 ……カレン……あれ、どこかで……


「あ、あの……」


 すると、隣の方から女の子の声が聞こえた。


『……ご、ごめんなさいっ!!』

「……はい?」


 どうして急に謝ってるんだ?


 カレンは顔を下げたまま、一向に上げようとしない。


「ど、どういうことなのか、話してくれよ。じゃないと、どうしてあやまられているのか、わかんないぞ」

『実は……かくかくしかじかで…――』

「わかんねぇよ!!」


 それから、俺はこれまでの経緯を説明してもらった。驚き以前に、言葉が出てこなかった。


「えぇーっと、要するに……まず神様が封印されて、その次に俺の人格が封印されて……そしたら、代わりにハナの人格が目覚めて……で、そのハナは普通に生活を送っていて………………つまり、どういうことだ?」


 なんだかややこし過ぎて、頭がこんがらがってきたぞ?


「うーん……ふわぁ~……」


 あれ、なんだか眠たくなって……


『一真?』


 Zzz……。


「眠ってしまわれたようですわね」

『よく二度寝をするから、起きてられなくなっちゃったのかな』


 それからというと、気持ちよさそうに眠っているハナ(一真)を二人で眺めていたのだった。




『さぁ~てと、じゃあ……手伝ってもらおうかな?』

「え?」

『フフフッ』

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