第十一話 襲撃

――何も考えていなくとも

          世界は常に変わっていく――


  *


 デヴィッドとの関係は不思議なものとなった。

 彼は自分の行為を謝罪し、二人が庇ってくれたから生きていると泣いて喜んだ。

「シェルターの外の世界が新鮮で嬉しくて、つい身勝手な行動をとってしまった。本当に申し訳ない。というのも……」

 デヴィッドの言い分を要約すると

 ・報酬の内容が気になり、好奇心を抑えられなかった。

 ・シェルターでの鬱屈発散のため、思いついたことは何でも実行したかった。

 といったところである。

 アネットはその言い分に呆れ、デヴィッドを許す気になどなれなかった。だが、デヴィッドが憎めない人柄であることは改めて感じていた。また、実際に陥れられたのはリョウなので、アネットは何も言わずに二人の様子を見守ることにした。

「デヴィッドさん、僕はあなたを悪人ではないと思っています。前のように仲良くできるかは分かりませんが、これからもよろしくお願いします」

 リョウの言葉は形式的なものにも受け取れたが、デヴィッドは胸を撫で下ろした。

「そう言ってくれると助かるよ。……それでね、一つ気になっていたことがあるんだけれど、こんなことになったついでに聞いてもいいかな?」

 デヴィッドがリョウの様子を探りながら聞く。悪びれた様子もなく話すデヴィッドに対し、リョウは面倒そうな雰囲気を崩さずに答えた。

「……なんですか?」

「リチャードとバネッサって偽名?」

「何言ってるんですか?」

 デヴィッドの問いかけに一瞬言葉を失いかけたリョウだったが、すぐさま怪訝な顔を取り繕って答えた。

「いや、二人ともお互いを呼び合うときにさ、いつも微妙に間が開くのが気になっていたんだよ。もしかしたら二人は偽名を使っているのかなーとね。それで、生存協会との因縁でもあるんじゃないかなって思ったのよ。もしそうならさ、リーダーの家に住み込みで働いている俺に相談してくれよな! 命の恩人の手助けは全力でさせてもらうぜ? ……でも、リーダーも俺を殺さないという判断してくれた命の恩人だから、逆に二人の情報を漏らさないとも限らない。俺に何を相談するのかはそっちで吟味してくれ!」

「……ちょっと、何が言いたいのかよく分からないです」

 リョウが呆れたように告げた。

 アネットは、デヴィッドを利用するメリットとデメリットのどちらが大きいかまったく分からなかったが、彼の鋭さと頭の良さは評価するべきだと感じていた。とはいえ、大手を振って信用するべきではなく、それを自分で言っている辺りも一筋縄ではいかない。

「うんうん、警戒するのは当たり前だよね。それこそ、リーダーからの刺客かもしれないわけだし。……リーダーも、二人のことを意識しているようだったからなぁ。まぁ、何かあれば俺に相談するのも、選択肢の一つと思っておいてくれ」

 デヴィッドはウインクをしながらそう言うと、部屋の隅にいたサクラを撫でまわしにいった。二人は何も言えず、サクラとデヴィッドのじゃれあいを眺めていた。


  *


 デヴィッドは連日訪ねてきては、二人が何も言わずともアクセルのことを楽しそうに話した。

「リーダーは頭が切れる人だなぁ。あの人のいる町じゃ、下手なことをしても全部お見通しだろう」

「なんだか、アクセルを主人公に英雄譚でも書けるんじゃねぇかって思うんだよな。いろんなことを隠して生きているだろうから、裏の部分を想像するだけで楽しいぜ」

「アクセルさん、犬が苦手だって聞いてたが、どうにも嘘っぽいんだよな。セイクリッドの話をすると一見興味なさそうにしているんだが、わりかし楽しんで聞いてそうなんだよなぁ」

 とまぁ、こういった様子である。

 ちなみに、ゾンビ犬の存在は生存協会に伝えられたのだが、幹部のみでの情報共有に留まったことをアリスが伝えにきた。一般住人を無駄に恐れさせるべきではないという考えらしい。

「デヴィッドさん、アクセルさんの話なんてしなくていいです。私もリチャードも、隠していることなんてありませんから」

 デヴィッドに指摘されてからというもの、二人きりのときも互いのことをリチャード、バネッサと呼び合うようにしていた。もちろんサクラもセイクリッド呼びである。

「あー。ていうか、俺の生活がアクセルさん中心になっちまってるから、他に話すことがないんだよな。いやー、いつになったらこの仕事から解放されるんだろうな」

 デヴィッドはアクセルのことを話したいだけ話し、サクラを撫でまわしたいだけ撫でまわすと、満足した様子でアクセルの家へと帰っていくのだった。


  *


 それからさらに数日後、二人が生存協会に来てから半月ほどが経った日だった。

 引き続き二人は町中で情報収集を続けていたが、元リーダーのときは本当に酷かったとか、最近はゾンビをあまり見かけなくなったとか、壁の拡張工事の音がうるさいなどと聞くくらいで、収穫のない日々が過ぎていった。

 そんな中、不死戦線が生存協会に吸収合併されることが決まったとの報せがアリスとデヴィッドから届いた。生存協会の領土が広がり次第、少しずつ移住させていく予定とのことである。

 社会が変わっていくのを感じ、デヴィッドにハナのことを調べる手伝いを頼むべきだろうという話になり、次にデヴィッドが訪ねて来た際に相談することに決めた。


 しかしその翌日、二人は急遽アクセルの家へと呼び出された。

 考える暇もなく、デヴィッドに案内されてアクセルの部屋へと通される。デヴィッドは部屋の中に入ってこず、外で見張りを続けるようだ。

 部屋の中にはリーダーのアクセル、副リーダーのアリスの他に、生存協会の幹部十人ほどが全員集まっていた。その他にはアリスの夫や、崖から落ちたのをアネットが助けた夫婦が集められている。

アネットは部屋の中にいる人間を見渡し、不死戦線を吸収合併する話が伝えられるのだろうと思い至り、息をついた。みな、何も言わずにアクセルの発言を待つ。

「よし、声をかけた連中は集まったみたいだな」

 アクセルがひどく落ち着いた声で口を開いた。

「まぁ、ここにいる面子をみれば、不死戦線の話をするってことには察しがつくと思うが、順を追って話させてもらう……」

 アクセルの口から語られたのは、衝撃的な内容だった。

 ――不死戦線が壊滅したという。

 不死戦線の吸収合併を知らされるものだと思い込んでいたアネットは酷く動揺した。リョウも同様のようで、言葉を失っている。またシュナウドたちとともに暮らせるのだと安心していた矢先のことで、考えが追い付かなかった。

 合併のための打ち合わせに不死戦線へと向かった使者が、悲惨な状況を目の当たりにしたということらしい。町には食い荒らされた遺体が溢れ、遺体は顔が潰されているために判別もできず、全ての死体には下半身が見当たらないという。

「……まぁ、そういう訳だ。ここにいるのは生存協会の幹部連中以外は全員、不死戦線から入ってきた人間だ。元不死戦線の人間には何も伝えず、俺たちで処理することも考えたが、それでは禍根を残すかもしれないと思いみんなを呼んだ。……このあとすぐにでも不死戦線に赴き、何が起こったのかを調査するとともに、遺体の埋葬作業を行おうと思っている。損壊が酷いためゾンビになる心配はないようだが、不死戦線が遠いのだけが厄介だな」

 アクセルの話を聞きながら周囲を見渡すと、アネットの目には元不死戦線の面々の悲痛な面持ちが映った。アクセルは、そんな周囲の反応に気を取られることなく、話しを続けていく。

「この会議が終わり次第、馬車に乗って調査に向かわせようと思っている。一台に五人が乗れるから、二台とも出せば御者も含めて十二人は移動できる。だが、不死戦線に戦力を割きながらも、生存協会を守る戦力も必要だ。不死戦線に向かっている間に襲撃される恐れがあるからな。ということで、幹部からは馬車を操縦できる者二人を含め、六人を向かわせる。そのため、不死戦線から来た人間の中から六人を選抜して欲しい。顔見知りの弔いをしたい気持ちも、無残な姿なんか拝みたくねぇって気持ちも分かる。だが、どうか六人を選んでもらいたい。……引き続き、俺たち幹部は今後について話し合うから、会議が終わるまでに選んでおいてくれ」


  *


 不死戦線から来た人間はアネットとリョウを含めて十五人いた。不死戦線行きを望むものを挙手制で募ったところ、手を挙げたのは五人だった。アリスの夫は手を上げておらず、生存協会で待つことを選んだようだ。

 アネットとリョウの他に手を挙げたのは、不死戦線で調達班を担っていた男性二人組だった。彼らは現在、パートナー関係にあるらしい。

 もう一人は、崖から落ちた例の夫婦の妻だった。

 それを見て、夫も少し遅れて手を挙げた。妻を一人で行かせることはできないと考えたようだ。これで、不死戦線に赴く六人が出揃った。

 また、幹部の間では生存協会の防衛強化とシェルターへの調達の延期が決められ、不死戦線のことを住人たちに知らせるか否かも話し合われた。いずれは知らせるという方向で意見が固まったが、実際の現場を確認してから伝える内容を吟味することになった。

 また、不死戦線へと向かう幹部には、アリスを含めた六人が選ばれた。

 出発にあたり、ひとまずは住人へカモフラージュのため、シェルター周辺に出現したゾンビの掃討作戦と銘打ち、不死戦線への調査隊が出発した。


  *


 不死戦線は本当に悲惨な有様だった。

 報告通り、町中には食い散らかされた死体が点々としており、目に映った光景は赤一色であった。死体に関する報告は正しく、遺体は共通して頭が破壊されており、下半身が見当たらなかった。また、流れた血は変色が始まっており、ところどころ黒ずんでハエが群がっていた。

 町全体を覆うように腐乱臭が立ち込めていたが、アネットにはそれが美味しそうな匂いにしか感じられないのが逆に辛かった。また、その匂いから、すべての死体がゾンビ化しているということが分かった。

 おそらく、ゾンビに襲われてゾンビへと変化する途中で殺されたのだろう。

 町の様子を確認していくと、家の中からは争った形跡が見られたが、死体は発見されなかった。死体はすべて、家の外に出されているようである。また、どの家も食料や武器が奪われた様子はなく、物品目当ての襲撃でないのは明らかだった。

 しかし、ただのゾンビの仕業でこんな状況になるとは考えられず、何者かがゾンビを利用して町を襲ったのだとしか考えられなかった。

 町の全容を確認し終え、調査班と埋葬班に分かれて作業を行うことになった。

 埋葬班は、元不死戦線の男性カップルと、御者をしていた幹部二人が担当した。

 アネットたちは調査班として、引き続き襲撃の手掛かりを探す。

 調査にあたってアリスは「物資に何か仕掛けられている可能性があるから、勝手に触ることを禁止する」と指令を出した。

 野ざらしになっている死体を、アネットたちが確認していく。二人ずつ、区域を指定したの確認作業となった。というのも、どの死体も同じように損傷しているため、どの遺体が確認済みなのかを見分けるのに、場所を把握する必要があったためだ。

 アネットが死体の状況に、同情の気持ちと食欲を刺激されていると、別の死体を観察していたリョウに呼ばれた。

「ねぇバネッサ、ちょっと来て。……これ、人間の歯じゃないよね?」

 リョウはそう言うと、潰れた頭部から尖った形状の歯を見つけた。アネットはそれを見て、ウルフの持っていた犬の歯を思い出す。

「犬の歯、かな?」

「うん。とりあえず、アリスさんに伝えにいこうか」

 ポケットに歯をしまい、アリスが担当している区域に移動する。アリスは、一体の死体の横に座ってその様子を観察していた。そこに、リョウが声をかける。

「お疲れ様です、アリスさん」

「……ああ、バネッサにリチャードか。うん、お疲れ。えっと……、多分なんだけれど、この死体、シュナウドっぽいのよね」

 アリスが見つめる死体は、他の死体と同様に下半身がなく、顔面が潰されている。しかし、背中が空を向いているようで、うつ伏せになった身体の下で両手が組まれ、何かを守っているようだった。

「シュナウドのことだから、きっと何かを手がかりを残してくれたんじゃないかと思ったの。それで、この死体の恰好が気になってね。それに、グループは違ったけれど、シュナウドとは何度も会っていたから体格は大体覚えている。その記憶からも、これがシュナウドだって思うの。……まぁ、御託はいいわよね、詳しく見てみましょうか」

 アリスが死体に腕をかけようとする。

「アリスさん、僕がやります」

 リョウはそう言って、死体を跨ぎ、その両脇に腕を入れた。

「リチャード、ありがとう」

 リョウは死体を抱え上げ、仰向けになるように地面に横たえた。

 死体が着ている服の右胸に小さな穴が二つ空いていることに気づく。シュナウドが、いつもそのあたりにバッジをつけていたことを思い出す。

 死体の腕は、左手で右手の拳を包み、祈るような格好になっており、死後硬直によって固く閉じられていた。

「じゃあ、開かせてもらいましょう」

 アリスの言葉を受け、リョウが死体の左手の指先を掴み力を込めた。左手が外されると、右手の指から噛まれた傷跡が見つかった。

「この歯形は、人間のものじゃないわね」

 アリスの言葉に、リョウは先程見つけた犬歯を思い出し、アリスに見せた。

「アリスさん、別の死体からこんなものも出てきました。何故死体から出てきたのかは謎ですが、この襲撃はゾンビ犬が関係しているんだと思います。この歯形もその証拠でしょう」

「そうみたいね。……リョウ、右手も開いてみてくれるかしら?」

 アリスに言われ、リョウは死体の右手を開こうと力を込める。しかし、固く閉ざされた手は簡単には開きそうになかった。

「ぐ……、ちょっと、待ってくださいね」

 再び力を込めるリョウだったが、右手はそう簡単には開きそうにない。

「仕方ない、破壊するしかないわね。リョウ、手を地面に置いて少し下がっていて」

 リョウが言われたとおりにすると、アリスは携帯していた斧を振り上げて死体の手に振り下ろした。何度も斧が当たり、少しずつ砕かれていく。

 壊された右手から出てきたのは、フローの町で何度も見た、生存協会の赤いはさみのマークが描かれたバッジだった。

「これは……?」

 アネットとリョウは困惑する。そういえば、二人が生存協会に入ってからは、このマークを見た覚えがなかった。もう使われていないマークなのだろうと考えていたが、それが何故、シュナウドの掌から出てくるのだろうか。

「なるほど、そういうことね。……ええと、これに関しては戻ったときに話すわ。ちょっと、因縁があるものなのよ」

 アリスはそう言うと、バッジを上着のポケットに入れた。二人がそれを生存協会で使われていたマークだと知っているのを、アリスは知らなかった。

 アネットはシュナウドが『襲撃犯は生存協会である』とメッセージを残したのではと考えた。リョウも同様のようで、二人は目が合う。

「ひとまず、みんなを集めて情報を共有しましょう」

 アリスが隊員たちに声をかけた。


  *


 十分ほどで調査隊は全員が集まった。

「じゃあ、何か分かったことがあれば教えてくれるかしら?」

 アリスの言葉に、調査をしていた隊員たちは、口々に報告を始めた。

「顔が判別できる死体は一つも有りませんでした」「俺も見つけられなかった」「脚も一本もない」「持ち帰られたのか、食べられたのか……」

 そんな中、幹部の一人が周囲を黙らせるような口調で言った。

「ゾンビの死体が、一つもないようだった」

 血の抜けたゾンビの死体は一つも存在しておらず、不死戦線の人間以外の死体が無いことを意味していた。

 実際のところ、血が流れている死体もゾンビと化しており、ゾンビの死体が無いというのは間違いだったのだが、死体がゾンビなのか否かは臭いで判別できるアネットにしか分からなかった。

「でも、ゾンビが攻めてきたのに反撃しないで殺されるなんてありえないでしょ」

「争いがあったのに、ゾンビが見当たらない……。住人は全滅しているから、ゾンビの死体を埋葬するような人間もいない……」

 不死戦線がゾンビ犬に襲撃されたことを知らない元不死戦線の面々は困惑していたが、生存協会の幹部とアネットたちはゾンビ犬のことを考えていた。

「あと、頭が多すぎます」

「ん? 頭が多い?」

 アリスが聞き返す。

「はい、毛の混じった肉塊が凄く多いんです。一つの身体の近くに、頭二つ分ほどの肉塊があることもしばしばで」

 アネットは、それが犬の死体なのではないかと思い至る。

「アリスさん」

「ええ、多分同じことを考えている。でも、なんだか杜撰な気もする」

 頭の数が多いと思わせることに、何か意味はあるのだろうか? 考えていると、崖から落ちた夫婦の妻が、疑問を呈した。

「……あの、不死戦線ってこんなに人数が少なかったんですか? 私が生存協会に移ったのは半年以上前ですけど、死体の数が少ないと思うんです。ショッキングな見た目に気を取られて、数にまで頭が回っていないんじゃないかって」

 不死戦線がゾンビ犬に襲撃されたことは伏せられていたが、その犠牲者を差し引いて考えてみても、死体が少ないかもしれない。 

 彼女の言葉を受け、町中から死体が集められた。ゾンビ犬の襲撃やウルフの件を加味しても、生存協会の人間全員にしては少ないようだった。また、今回の騒動までに何か事件が起きたという話も聞いていない。

 そして、毛量の多い死体の数が多いというのも、集めてみれば一目瞭然だった。

「なるほどね……、死体の状況は分かったわ。もう一度改めて死体の状況を確認するから、それが終わった死体から埋葬を始めていきましょうか。なにか気になることがあれば、どんな些細なことでも私に報告するように」

 アリスの言葉を受け、アリスと共に改めて死体を確認しながら、穴の中へと放り込んでいく。

 アネットは、犬と人間の死体は別に埋葬してあげたかったと思いながら死体を埋めていった。

 とはいえ、もし死体を食べられる状況ならば、食べていたのだろうが。


  *


 生存協会に戻り、アクセルの家で報告を行った。

 報告が終わると、その場で解散となる。

 みな、身体的にも精神的にも疲れきっていた。アネットたちも家へ戻ろうとしたが、すぐにアリスが引き留めに来た。

「ねぇ、少し時間はあるかしら?シュナウドの持っていたバッジについて、アクセルに報告をするんだけれども、あなたたちも一緒に来ない?」

 アネットがどうするべきか迷っていると、リョウが即答する。

「分かりました。行こう、バネッサ」

「……うん」


 アクセルの家へと戻る。

 家の中に入ると、リーダーの娘カタリナに出迎えられた。カタリナは何か言いたそうな表情だったが、アネットにはそれが何を意味するのか分からなかった。

「おう、手間をかけさせて悪いなアリス。それに、リチャードとバネッサ」

「いえ、構わないわ。……とにかくこれを。シュナウドの遺体が握っていたの」

 アリスはポケットからバッジを取り出し、アクセルに手渡す。

「……ああ。ってことは、そういうことなんだろうな」

「ええ、おそらく」

 アリスとアクセルの間で話が進んでいるようだったが、アネットとリョウは何のことだか分からなかった。

「あの、どういうことです?いったい、どういう意味なんですか?」

 リョウが痺れを切らし、アクセルに問いかけた。

「まぁまぁ、落ち着けよ

 アクセルが放ったその言葉に、アネットとリョウは一瞬時間が止まったようにすら感じられた。

 ――アクセルが、リョウをリチャードではなくリョウと呼んだ。

 アネットがそう思うと同時に、リョウはアネットの肩を引き、後ろに退ってアクセルと距離を取ると、ポケットに手を入れて隠し持っていたナイフを握った。

「ああ、驚かせて悪かった。別に敵意があるわけじゃないんだ。ただ、これから話すことはリョウだけじゃなくて、ハナにも関係するんだ。むしろ、今まで話せなくて申しわけないと思っている」

 アクセルは両手をあげ、攻撃する意思がないことを伝えながら言った。

(そんなことより、アクセルは今、ハナちゃんの名前を出した?)

「ハナは生きてるのか?」

 リョウが聞くと、アクセルは少し困ったように答えた。

「無事かどうかは分からない、ってのが正直なところだ。だがひとまず、このバッジの話をさせてもらってもいいか?色々と順序があるんだ」

 アクセルの言葉に嘘がないのだと分かったのか、リョウはポケットから手を出しながら「分かった」と告げた。



「まず、このバッジは昔の生存協会のマークでな、俺がリーダーになってからは廃止したんだ。リョウは見たことがあるよな? 実はこのマークは、生存協会を作る前から、仲間の印として俺たちが使っていたものなんだ」

「そのマークは、フローの町にもあった」

「……ああ、フローか。あの町は、色々とあったからな」

 その色々の中には、アネットの両親も含まれているのだろう。

「それで、何故これをシュナウドが握っていたかについてだが。……このバッジは、俺がシュナウドへ渡したものなんだ」

(シュナウドさんが、生存協会による襲撃だとメッセージを残したのではなく、アクセルがシュナウドさんに渡したもの?)

「どんな可能性でも、対処をしておこうと思ったんだ」

「話が見えないが」

 リョウが不機嫌そうに、アクセルを睨んで告げる。

「悪い、これから詳細を話していく。……が、その前に一つだけ言わせてくれ。リョウ、俺が副リーダーのときは、お前に辛い思いをさせて悪かった」

「……何のつもりだ?」

 リョウはアクセルを睨みつけたままだ。

「どうしたって言いわけに聞こえるだろうが、それでも聞いて欲しい。……リョウが俺の家に来ることになったとき、お前は生きる気力をなくしていた。そこで俺は、リョウが俺への復讐を生きる糧にしてくれればと考えたんだ。妻も、お前のためを思って、渋々だが口裏を合わせてくれた。だが、お前は姿を消してしまった。あのときは自分を恨んだが、妻は俺以上にショックを受けていた。……俺たちは、過去に息子を亡くしていてな。息子は病弱で、過酷なリハビリをする選択肢もあったんだが、妻は息子がこれ以上苦しむ姿を見たくないと、運動させることを拒んだんだ。だが、息子は病気が悪化して体力不足で死に、妻は自分を責めた。そして今度は、リョウがいなくなったのも私のせいだ、私が関わるとみんな死んでしまうと言い始め、精神と体調を崩したんだ」

 二人の過去を見てきたわけではないアネットは、断片的な話で真偽の判断は出来なかった。しかし、リョウのしてくれた話とアクセルの話は嚙み合いそうに思えた。

 リョウは何も言わず、アクセルの話を聞いている。

「信じられなくてもいいが、話させてくれ。お前が生存協会に戻って来たことに気づいたのは、カタリナだった。……お前がいなくなって寝込んだ妻は、病床でずっとお前の名前をうわ言で呼んでいてな、カタリナとしては、いきなり現れどこかへ消えたお前に、母親を奪われた気持ちだったんだろう。それからずっと、カタリナはお前のことを恨んでいたらしい。お前からしたら逆恨みみたいなものだろうが、そのおかげで俺は、お前に再会したことが分かったんだ」

「……」

 リョウは何を言えばいいのか分からないようだった。

「……じゃあ、ハナの話に移る。実はな、俺が生存協会のリーダーになるのを手伝ったのが、何を隠そうハナだったんだ」

 リョウはアクセルが話す言葉に様々な考えを巡らせていたが、ハナの名前がそんな形で出てきたことに、疑念と不満が噴出した。

「ハナがあなたの手伝い? リーダーを倒した? ハナはただの中学生だった! それに、行方不明だったのに、何を手伝ったっていうんだ!」

 リョウは強い語気でアクセルを怒鳴る。リョウの悲痛な声にあてられ、アクセルは声を落とし、真剣な表情で返答する。

「……理由もこれから話す。だがまず、ハナはずっと生存協会に、正確に言えば俺の管理する場所に匿っていた」

(ハナちゃんがいなくなり、それを探すために家族が壊れたというのに、ハナちゃんは生存協会にいた?)

「は……?」

 リョウはアクセルの言葉に、自分の耳を疑がった。

「そして、当時リーダーだったザビーを、俺はハナとともに倒した。だが、殺したと思ったザビーの死体が行方不明になり、それを追うようにハナも姿を消したんだ」

「……」

「俺は、もしかしたらザビーは死んでおらず、ハナはザビーに連れて行かれたのかもしれないと思った。それで、俺はザビーのことをシュナウドに伝えるとともに、バッジを渡したんだ。ザビーの手によって何かがあったとき、このバッジを使者に持たせて俺の元に寄こせと言づけてな。今回の襲撃で、シュナウドがそのバッジを握っていた。シュナウドが伝えたかったのは、生存協会の元リーダーであるザビーが不死戦線を襲ったということだろう。そしてきっと、ザビーの元にハナもいるはずだ」

「だから、なんでリーダー争いなんかにハナが関係してくるんだよ! どうしてザビーとかいうやつを倒すのに、ハナが関係するんだ!」

 リョウが喉を傷めそうなほどの声で叫ぶ。

「……まぁ、お前は知らないよな」

 そう言うと、アクセルは突然、アネットの方を見た。

「なぁ、バネッサ。リョウが偽名だったように、お前も偽名なのか?」

「……なんで、私に話を振るんですか?」

 アネットは警戒しながら、アクセルの問いに返答する。

「まぁ、名前なんかは正直どうだっていいんだ。お前に一つ聞きたいことがある」

「……」

 アネットはアクセルの次の言葉を待った。

「バネッサ、お前はゾンビじゃないか?」

 アリスが驚いた様子でアネットを見た。

「どういうことですか?」

 いきなりお前はゾンビだと言われ、アネットは聞き返すことしかできなかった。

「証拠ならあるんだ。実は、墓地に埋葬された死体を、俺は定期的に掘り起こして調べていてな。バネッサが埋めた死体はいつも、埋葬前より明らかにその量が減っているんだよ。……なぜ、俺がそんな調査をしているんだって思うだろ?」

「……ええ」

 アネットは、何も否定ができなかった。

「実はな、俺はお前によく似たゾンビを知っていたんだ。そして、それがこの話にとって、一番大事なことなんだ」

 二人は、アクセルの次の言葉を待った。


「ハナ・キシネンはゾンビだった」


  

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