生きる屍と希死念慮 ーなぜかゾンビを食べられるゾンビとなった私が、家族を失い死を望む少年を助け、終わった世界でともに生きる話ー

朝離夜会

プロローグ

  *


 アネット・イキルシカが死の淵から再び目を覚ました時、世界は終わっていた。

 様々な人種が行き交っていた都市に、もう人間は歩いていない。街は機能を停止し、信号機も、街灯も、高層ビルに嵌め込まれた巨大なスクリーンも、存在していた理由を、とうに忘れたようだった。

 それはアネットの通う高校も例外ではなかった。校舎の外壁は崩れ、教室内の様子が筒抜けになっていた。敷地内の至る所に死体がひしめき、生徒も教師も関係なくなっている。

 崩れた校舎は、アネット自身にも影響を与えていた。

 アネットが倒れていたのは彼女の所属する1―Cクラスだったが、扉や窓などの出入りできそうな場所は、すべて瓦礫で塞がれてしまっていた。

 そして、瓦礫によってアネットの左足の小指と薬指は潰され、肉と骨の混ぜ物になっていた。

(……?)

 アネットは違和感のある身体で身じろぎ、仰向けのまま天井を見ていた。気を失った理由を思い出そうするが、頭には靄がかかったようで、どうにも記憶が曖昧だった。

 それでも、アネットには気になることがあった。

 しかし、それは潰れてしまった足の指ではなかった。

 アネットは気づいたのだ。

 ――自分が”何か”に変わってしまったことに。


 アネットはまず、自分の状況を確認することにした。

 しかし、横たわっている地面の感触がアネットには伝わってこなかった。触覚が失われているようで、指先を見なければ触れているものが何なのか分からなかった。

(とりあえず、色々と試してみよう)

 寝ていても仕方がないと立ち上がる。そこから一歩踏み出そうとしたが、足裏からの情報がないためか、バランスを崩して転んでしまった。

 調子がおかしいと思いながらも何度も繰り返し、身体中を強打して、なんとか歩けるようになった。

 教室内を歩きながらアネットは思い至る。どれだけ強く身体を地面にぶつけても、一切傷みを感じなかったことを。

 夢を見ている感覚に近いと、アネットは考えた。

 試しに頬をつねってみるが、全く痛みを感じない。

 また、アネットは臭いも感じなくなっているようだった。もしかしたら、味覚も失っているのではないかと考える。

 アネットは昔から食べることが好きで、最近では自炊もするようになっていた。自分の予想が当たっていないことをアネットは祈った。


 アネットは、本当に夢ならばいいのにと願った。

 感触が分からないのも、臭いを感じられないのも、夢だからなのだと。

 そう考えたい理由がアネットにはあった。

 周囲の状況や、心の奥底に生まれた欲求から、自分が何になったのかを、アネットは理解していた。


 アネットはドアを塞いでいる瓦礫をどかし、教室から外へ出た。

 それに気づいたクラスメイトたちは、アネットを追うようにして教室から出た。

 そしてアネットたちは、町へ向かって歩き出す。

 しかし、クラスメイトたちは一切思考をしていないようだった。

 アネットに与えられた本能と同じものだけが、彼らを突き動かしていた。


 ――

 という、ゾンビに与えられた本能に導かれて。

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