第9話 急直下
「………は?」
ま、待て。
この女、今なんて言った?
「えっと、聞き間違えかな…?もう一回いいか?」
「今日からここで暮らしたいの!」
聞き間違えじゃない!
「…何が目的なんだ?」
見た目は絶世の美女かもしれないけど、さっき自分を魔人と言ったことは事実だ。
事件を解決しにきたらしいが、それでも心の底から信頼できるかと言われればそれは怪しい。
「目的は一つだけだよ。今この街で暴れている魔人を始末するまでの間、この家を拠点にしたいの」
「拠点って…なんでうちを」
「この街で一番立派なお屋敷だったから!」
ああ、なんというか……。
段々とこの女のことが分かってきたような気がする。
「なんだその理由…馬鹿じゃないのか…」
思わず本音が漏れてしまった。
そんな俺の漏れ出した本音にシズネは抗議する。
「あー!酷い!馬鹿って言った!」
「だいたい拠点とやらが欲しいならホテルとかそういうとこにすればいいだろ!」
「私、お金なんて持ってないもん!」
「そんなこと偉そうに言うな!」
金が無いって、これから先どうするつもりだったんだ。
そもそも、なんで俺がうちで生活することを了承すると思ったんだ。
「ね!いいでしょ?ソーヤが知りたかったことも教えてあげたんだし!それに、私このお屋敷すっごく気に入ったんだ!」
「む、むう…」
じいちゃんの屋敷が褒められるというの悪い気分じゃない。
それに、シズネはお世辞が言えるようなやつじゃないっていうのも話してる中でなんとなくわかってきた。
きっとこいつは、自分の思ったことは素直に口に出して、自分のやりたいことはすぐに行動に移すようなやつなんだと。
それは、きっと過ごしてきた世界が違うから。
人間と魔人とで価値観が違うから。
「いや、やっぱり無理だ!お前がいることでもっとややこしいことに巻き込まれそうな気がする!」
「大丈夫だよ!もうとっくに巻き込まれてるから!」
「だから……は?」
今なんて言った?
もう巻き込まれている?
「ほら、このお屋敷もう囲まれてるよ?君が戦った人形につけられたのかな?」
「な!?」
そんな馬鹿な!
だってあの人形とやらは動かなくなったはず。
いや、違う。
最初から死んでいたのであれば、俺が呼吸や心音を確認しても意味のないことだ。
つまり、あの人形はまだ動けて、俺のあとを追ってきた!?
「くそっ!どうすれば…」
土蔵まで行けば、じいちゃんの骨董品の中に使えるものがあるかもしれない。
でも、そんなものを見つけたとこで俺にどうにかできるのか?
シズネは囲まれていると言った。
ということはさっきの奴以外にも人形がいるということだろう。
考えをまとめられないでいると、くいっ、と袖を引っ張られる。
目をやればシズネが俺の袖を掴んでこちらを見ていた。
「ね、助けてあげよっか」
「ほ、本当か!」
渡りに船とはこのことか。
シズネが一つの提案をしてくれた。
「うん!代わりに私をこの家で生活させて!」
「なんでそうなるんだよ!」
ただで助けてもらえるほど甘くはなかった。
「安いものでしょ?このお屋敷の部屋を一つ貸すだけで命が助かるんだから」
「そ、そうは言っても…事件解決のために来てるんだろ!だったらあいつらをどうにかすることだって」
お前の仕事じゃないのかという言葉は出てこなかった。
雰囲気が変わった。
シズネの目は今まで見たことがないほど冷たい。
先程までの能天気さなんて毛ほども感じない。
「ソーヤ、なにか勘違いをしてない?私は確かにこの街にいる魔人を始末しにきた…でもね?」
一呼吸。
次に出る言葉は現実を突きつけるナイフだ。
「私は人間が何人死のうがどうだっていいの。ただ自分の役目を果たせればね」
「……っ」
息をのむ。
本気だ。
今日感じたどんな恐怖よりも、今目の前にいる女が恐ろしいものに思えた。
「さ、どうする?私は今、ソーヤを見殺しにしてもいいって言ったんだよ?」
そんなの脅迫に近いじゃないか!
もう巻き込まれているいるというなら俺に選択肢なんてないし、この場を打開できるだけの力もない。
「わかった!わかったよ!事件が解決するまで家で暮らしていい!だからこの場はどうにかしてくれ!」
覚悟を決めた。
シズネを家に住まわせるということだけじゃない。
この宣言はつまり。
魔人が起こしているという今回の事件に関わるということだ。
俺の言葉にシズネはにっこりと笑い、立ち上がる。
「ちょっと庭を借りるね」
それだけ言って庭へ出ていった。
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