第8話 訪問者
言葉が出ない。
今、俺の目の前にいるのは、今朝事件現場で出会った銀色の女だ。
一目見れば忘れられない美しさは、見間違えようもない。
混乱する俺をよそに、彼女はこともなげに言う。
「あれ?どうしたの?ここ君の家なんでしょ?座らないの?」
「あ、ああ。どうも…」
「はい、お菓子どーぞ」
促されて大人しく座る俺。
そんな俺を見て少女はスナック菓子を勧めてくる。
「いや、じゃなくて!」
このおかしい状況で大人しく座れるわけがない!
「なんであんたがうちにいるんだ!というかどうやって入った!」
声を張り上げる俺に、少女は驚き肩を跳ねる。
「わっ、びっくりした」
「びっくりしてるのはこっちだ!」
立場がおかしいだろ!
おかしな奴に襲われて、そいつを殺して、必死で家に帰ってくれば知らない人間が当たり前のように家に居座ってるときた。
「何者なんだ、あんた…まさかさっきの奴の…!」
異常事態と異常事態は結びついてる可能性が高い。
考えられる最悪の可能性はこの子が、さっき俺が殺した奴の味方ということ。
俺を殺すために待ち構えていたのか。
もうこれ以上動かないと思った体に力が入る。
「さっきの奴?…ああ、そういうこと」
目を細め俺を見つめる。
背筋に寒気が走る。
朝にも感じた、圧倒的な存在感によるもの。
これは恐怖だ。
細められた目がふっと緩む。
「人形に襲われたんだ。特殊な目を持っていると思ってたけど、普通の人間がよく逃げられたね」
人形という単語が出た。
それはあの殺人鬼のことか?
それに俺の目のことも。
朝出会ったときも知っているようなことを言っていた。
「じ〜…」
「ん?うわっ!」
素頓狂な声が出た。
気づけば、少女に至近距離で見られていた。
鼓動が早くなる。
大きな瞳で見つめられ、目が反らせない。
まつ毛長っ!顔小さっ!
「知りたい?」
「…へ?」
「教えてあげようか。君を襲ったやつのこと、君の目のこと、私が知ってることなら教えてあげる」
彼女が放つ存在感と雰囲気に気圧され、思考するまもなく俺の首は縦に動いていた。
よろしい、と満足げに頷く女。
「なら、教えてあげる。私も君にお願いしたいことがあったしね」
お願いしたいこと?
その言葉に不安がよぎる。
そして女は言った。
「私はシズネルカ・ヴィオレント。長いからシズネでいいよ!よろしくね、ソーヤ!」
とりあえずは落ち着いた。
目の前の少女、シズネに急須から入れたお茶を差し出す。
「ありがと〜」
シズネは湯呑に口をつけると、あちちといいすぐに放した。
その姿は素直に可愛らしいと思う。
だが、この和室にそぐわないこともあってか、居間に座る銀色の美女から不気味さを強く感じる。
「それじゃあどこから話そうか…ええと」
「…そもそもあんたは何者なんだ?なんの目的でうちに来たんだ?」
「あ、じゃあそこから話そうか」
湯呑をテーブルに置くとシズネは改めて口を開いた。
「私はね、今この街で事件を起こしている魔人を始末しにきたの」
「魔人?」
聞き慣れない単語が出てきたため思わず聞き返した。
「そう、魔人。ソーヤを襲った人形を裏から操ってるやつね」
当たり前のようにシズネは続けた。
「この世界で、普通に暮らしている人間とは違う理で生まれた人間のことだよ。そうだね〜…簡単に言えば人間の上位存在みたいなところかな」
どこまで本気でいっているのか、いまいち掴めない。
そもさも人間の上位存在って言われても、全然簡単じゃない気がするんだけど。
「それで、その魔人たちは世界の理を捻じ曲げた能力を使えるの。例えば〜…炎を出したり、氷を出したり〜…みたいな!」
「……なるほど」
全く理解できない。
と、思い込みたいが残念なことに、俺の頭はシズネの説明に納得することができている。
「じゃあ、俺が戦った殺人鬼も、急に濃くなった霧も…」
「うん。きっとこの街で事件を起こしてる魔人の仕業だろうね」
なんてこった。
命の危機どころか、それ以上におかしなことに巻き込まれているらしい。
「それじゃ、さっき言ってた人形ってのは?」
「人形は人形だよ。死んだ人間を無理やり動かして自分の手駒にしてるんじゃないかな?私も森の中で襲われたし」
「なっ!」
さらりと言ったが、なんだそれ!
死体を動かすってことは俺は、死体に襲われたっていうことか?
じゃあ、俺が殺したわけじゃなくて最初から死んでた?
ゾンビみたいなものっていうことか…?
思考が止まらなくなる。
だが、シズネはもう一つ気になることを言っていた。
「襲われたって…今朝のことか?」
「うん、そうだよ〜」
「そうだよ〜って…そんな軽く…」
俺の言葉に、シズネは不思議そうな顔で首を傾げた。
「え?でも私、あんなのにやられちゃうほど弱くないよ?」
何を言ってるんだ、という目で見られた。
もしかして、いやもしかしなくても…!
「あのさ、シズネ…あんたってもしかして、その魔人というやつなのか?」
「うん…あれ?言ってなかったっけ?」
ごめーん、と言って舌を出す。
なんというか、だんだんと全身から力が抜けてきた。
自分の周りの緊迫した状況とシズネの軽い言動が化学反応を起こして、頭の中がショートしかけている。
「……理解したくないけど理解した。とりあえず、あんたは殺人事件を止めるために動いてる正義の魔人っていうことなんだな?」
「正義ねぇ…うーん、ちょっと違うけど、まあそんな感じでいいかな」
「わかった。今はそれでいい」
これ以上新しい情報がでてきたら確実にパンクする。
今は無理やり自分を納得させることにした。
それに、聞きたいことはまだある。
「じゃあさ、俺の目についてなんだけど…」
襲われたときに見える世界が一変した。
それだけじゃない、俺は目の前の異常事態を、目を通して理解することができた。
俺を襲った男は、この目を通じて見たときに人の姿をしていなかった。
まるで亡霊のようななにかが俺を殺そうとしてきた。
それが、シズネのいう人形ということに関係があるのだろうか。
死者を無理やり動かしたことによる歪みが俺の目に見えていたってことか?
「それ!私も気になってたんだ!」
シズネは勢いよか身を乗り出してくる。
ち、近い近い!
なんでそんなキラキラ目をしてるんだ!
「あ、確認しておきたいんだけど、ソーヤって普通の人間だよね?」
「そのはずなんだけどな…」
改めて聞かれると自信が無くなってくる。
この目もそうだが、視界が変わった時、俺の頭は目の前の異常をどうやって排除するかを冷静に考えていた。
もしかしたら…なんてことも頭をよぎる。
「うーん。そうだよね…特に力も感じないし、突然変異でその目を持って生まれてきたのかな?」
「そういうのもあるのか?」
「極稀にね。私も普通の人間が魔眼を持ってるのは初めて見たから気になっちゃって…ねね!よく見せて!」
「魔眼って…うわっ!」
また出てきたおかしな単語を尋ねる間もなく頭を捕まれる。
瞳を覗き込まれ、距離が更に近くなる。
否が応でもシズネの顔が目に入った。
やっぱりというか、何度見てもこの美しさには慣れない。
少し緊張は解けてきたものの、これだけ顔が近づけばドキドキしてしまう。
こっちの気持ちも知らずにシズネはじろじろと俺の目を見てくる。
引き込まれそうな紫の瞳は、俺の目の何倍も価値があるように思えた。
「うーん…万象の魔眼かな?凄く希少なものだよね」
「その、わかるのか?」
「君、今朝私が見えてたでしょ?周りに認識齟齬の幻覚を見せていたんだけど、君だけ通じなかったからね。それで万象の魔眼の類かなって」
「万象の魔眼…」
それが俺の目の名前なのか。
「万象の魔眼は視界に捉えた万物のありとあらゆる情報を認識して正しい世界を映し出すらしいよ。そんな感じだった?」
興味津々といったご様子。
「そんなこと言われても正直よくわかんないよ。さっき襲われたとき初めて視界が変わったんだ。まあ、世界の正しい形っていうのはピンとくるかもしれない」
あの視界の時に、辺りの霧は見えなかった。
でも、襲ってきたあいつを見たときの歪み。
あれが正しい形なのかどうかはわからない。
さっきシズネは世界の理がうんぬんと言っていたが、魔人の力を直接見ると歪みとして認識するのかもしれない。
それでも確かにあのとき、俺は目の前の人形とやらを理解できていた。
体の動きから、次の行動まで、怖いくらいに。
「そうなんだ。私は魔眼なんてもってないからさ。気になったんだよね〜」
パッと頭が解放されたかと思えば、シズネの顔が離れていく。
自由になったと同時に少し惜しいような気もした。
「見せてくれてありがとう!いいものが見れたよ」
「…そりゃどうも」
どぎまぎしたこっちの気持ちなんてお構いなしか。
まあ、俺が勝手に緊張してただけなんだけど。
「それじゃあ、3つ目。どうして俺の家にいたんだ?」
ある意味一番きになっていた部分でもある。
そもそも俺とシズネに面識はないはずだ。
夢の中で何度も似たような人物には会っているが、それはあくまで夢の話。
悲しい話だが思春期の少年が脳内で作った妄想だと割り切ればそこまでの話でしかない。
10年間もな…。
俺の考えをよそに、シズネは問いかけに答える。
「そうそれ!!」
ズビシィッと音が出そうなくらい勢いよくこちらへ指をさす。
「私ね。今日からここで暮らしたいの!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます