第6話 下校誘致

授業が全て終わり放課後になった。

部活の時間がいつもより短くなり、全校生徒には早めの帰宅が推奨された。

俺はいつもどおり、帰るための準備を進めていく。

放課後の学校には特に用事もないため、鞄に荷物を詰めたらすぐに帰るつもりだ。

ちなみに、加地と一緒に帰ることが多いのだが、あいつは今日、読みたい漫画の新刊が出るとかで終礼が終わると同時に教室から出ていった。

呆れるくらい元気なやつだよな。

それと同時に、いつもと変わらない加地の姿を見てクラスメイト達の中で笑いが起きていた。

今日1日重苦しい空気が教室の中にあったが、最後に加地がその空気を変えていった。

生まれついてのムードメーカーなのかもな、あいつは。

準備を終えた俺は、そのまま教室を出る。

水無瀬は俺よりも早く、支度を整えて部活へ向かった。そういえば、あいつは何部だったけか?

2年間も同じクラスなのに部活をやっているということしか知らない。

自分自身の薄情さにため息をつきたくなった。

下駄箱で靴を履き替えると玄関口を出れば、外はすっかり日が落ちかけている。

冬は日が暮れるのが早い。

部活をやっていれば帰る頃には真っ暗になっていることだろう。

本格的に暗くなる前に大人しく帰ろう。

「あら」

「あ、会長」

玄関を出たところで、意外な人と遭遇した。

漣会長も丁度帰るところだったようだ。

「あれ、今日は生徒会の活動はないんですか?」

「いいえ?生徒会は基本的に毎日活動してるわよ?」

「じゃあなんで……」

「今日は用事があるの。それに引退した元会長がいつまでも口出しをするものじゃないでしょう?」

そういえばそうだ。

つい忘れてしまうがこの人はあくまで元会長。

今は受験も推薦で決めて卒業を待つだけの3年生なのだ。

「それもそうですね。どうにも生徒会じゃない会長っていうのは想像しづらくて…」

「ふふ、そう言ってもらえるの光栄だけれど少し複雑ね」

複雑というが顔色は全く変わっていない。

本当に1歳しか年が違わないのかと疑いたくもなる。

「あなたは?このまま真っ直ぐ帰るの?」

「ええ、そのつもりですけど」

じゃあと、会長は続ける。

「途中まで一緒に帰りましょう」


どういう風の流れか、俺は漣会長と一緒に下校していた。

憧れの人物からの突然のお誘いに対してノーという選択肢は頭に浮かばなかった。

無言も気まずいので聞きかじった話を振った。

「そういえば会長、大学は推薦で決まったんですよね?」

「ええ、行きたかったところに行けたのは運がよかったわ」

「運だなんて、会長が受験で失敗する姿は想像できませんよ」

言葉通り、完璧超人である会長がどこかで失敗するというのはどうにも頭に浮かばない。

そんな俺の言葉に会長はなんでもないように言う。

「まあ、自信があったのは確かだけれどね。それでも最後にどうなるかなんてのは分からないじゃない」

ふぅと、軽くため息をつく会長。

「みんな、私を同じ高校生だと思っていないのよね。私だって悩みの一つや二つあるっていうのに」

深刻そうに少しうつむく会長。

意外なことが聞けた。

鷹八木学園の漣会長ともあろう人にも悩みはあるらしい。

「それこそ想像できませんね。例えばどんな事で悩んでるんですか?」

「現状は特にないわね」

「おい!」

思わずずっこけそうになってしまった。

当の本人はクスクスと笑っている。

「ごめんなさい。いい反応するのね三ヶ島君」

「…からかわないでくださいって朝もいいませんでしたっけ?」

「忘れちゃった」

絶対嘘だ。

その顔は楽しいおもちゃを見つけた顔だ。

「実際、悩み事もあるにはあるのよ、私が直接関係ないだけで」

会長の顔つきが真剣なものになる。

「昨日の夜の殺人事件知ってるわよね」

この人の懸念もそれか。

「ええ、知ってます」

「私達と変わらない高校生が被害に合ったということもあって今日の学校は沈んでいたわ。あなたのクラスもそうだったんじゃないかしら」

「それは、そうですけど」

「私が警察だったらこんな事件すぐに解決して、学校の不安を取り除くのだけど」

この人の言うことはどこまでが冗談か分かりづらい。

「あら、冗談よ」

「会長なら本当にできそうなので何も言わなかったんです」

「流石に自分の分くらい弁えているわ。今へ早く犯人が捕まることを祈るしかないわね」

ふと差し掛かった交差点で会長は立ち止まる。

「会長?」

「付き合ってくれてありがとう三ヶ島君。私の家はこっちの方向なの。あなたは反対でしょう?」

「…当たり前のように家を知ってるんですね」

「あなたの家はこの街じゃ目立つでしょう?そうじゃなくても生徒の住所は全て把握しているわ」

さらりというが、生徒会長であろうとそこまでする必要はあるのだろうか。

多分、この人の性質がそうさせるんだろうな。

そう思って納得することにした。

「こちらこそ、ありがとうございました。会長、お気をつけて」

少し惜しい気もするけど、方向が違うなら仕方がない。

それに今日だけで、初めて話をすることができて一緒に帰ることもできた。

存在するか分からない会長のファンクラブに見つかったら嫉妬どころじゃ済まないかもしれない。

それでもこういった接点が生まれたのはやっぱり嬉しい。

朝から色んなことがあったがこの時間があっただけでいい一日だったと思えるくらいには。

会長は優しげな微笑みを浮かべて、軽く手を振ってくれる。

「気をつけて、寄り道をしないで帰るのよ」

最後までこちらを気遣ってくれる言葉だった。

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