第5話 不安渦
午前中の授業は無難に過ごし、今は昼休み。
昼ごはんはいつも弁当だ。
一人で暮らしている以上、経済的な生活が普段から求められる。
鞄から弁当箱を取り出したタイミングで前の席のクラスメイトが話しかけてきた。
「お、三ヶ島は今日も弁当か」
「今日もって…そうじゃないときの方が珍しいはずなんだけどな、加地」
こいつは加地、水無瀬同様に1年生のはじめ頃からよくつるんでいる友人だ。
軽い言動や遅刻が目立ち、教師からも目をつけられてたりする問題児でもある。
弁当箱を開ければ、今朝食べたものと同じラインナップが詰められていた。
それもそのはず用意したのは俺なのだから。
「美味そうだな~。俺の焼きそばパンと交換しない?」
「しない」
「つれないね~。数少ない友達の頼みだぜ?バチ当たんないと思うけどな〜?」
こんな感じのやり取りをかれこれ2年程続けている。
まあ、素っ気ない返事をするものの、こいつとの会話は嫌いじゃなかったりする。
ぶつくさと言いながら加地は手に持っていた焼きそばパンを口に運んでいく。
「そういやよ、ニュース見たかよ?」
「ニュースって…例の殺人事件のことか?」
弁当を摘む箸を止めずに聞き返す。
「被害者は高校生って話だろ?脈絡もなく起きた殺人事件だからよ。ここの連中も、もしかしたら次は自分達なんじゃないかってよ」
「ああ、なるほど」
確かに気が気じゃないよな。
高校生をターゲットにした連続殺人だっていうことも考えられる。
実際に現場を調べた警察がどういった事件として取り扱うのか。
「なるほどって、そんだけか?」
「それ以外にないだろ。実際、犯人の目星だってわかんないんだし、なんで鷹八木で死んでたのかも」
「ま、それもそうか」
加地はそれ以上事件についての話はしなかった。
空になった弁当箱を洗いに席をたつ。
「相変わらず食うの早いな〜お前」
「一人暮らしは色々とやることがあるんだよ。こういった学校の時間も無駄にできないんだ」
お前も充分優等生だよなー、という加地の言葉を背に教室を出る。
向かう先は調理室。
食器用の洗剤とスポンジを使う生徒は案外多く、昼休みは開放されていたりする。
もちろん調理はできないが。
調理室には先客がいた。
肩口で切りそろえられた栗色の髪がふわふわ揺れている。
よく知った後ろ姿だ。
「水無瀬」
その人物に声をかける。
俺に呼びかけられた水無瀬はこちらに振り向く。
「あ、三ヶ島くん」
蛇口の前に立った水無瀬の手には弁当箱とスポンジが握られている。
水無瀬も弁当組であり、こうして調理室で顔を合わせることが多い。
俺は水無瀬の隣の蛇口を使い、手を動かしながら水無瀬に話しかける。
「今日はまた一段と早いな。ちゃんと食べたのか?」
「あはは…なんだか食欲無くてね……あんまりお弁当に詰めなかったの」
朝は気が付かなかったが、なんとなく、水無瀬の顔からは元気がないような気がする。
「もしかして、例の事件か?」
俺の言葉に、水無瀬は力なく頷く。
やはりというべきか、心当たりのあることはそれくらいだ。
「なんだか、怖いよね…自分たちが住んでる街で殺人事件だなんて…」
「今まで大きな事件なんてなかったし尚更な」
いつもどおりの日常を過ごしているようでいて、皆心のどこかに不安を感じているのかもしれない。
朝一番に事件現場を見に行くような人間のほうがおかしいのは間違いない。
「ニュースで警察だってもう捜査をしてるって言ってたし、すぐに犯人も捕まるさ」
もちろん根拠なんてない。
ただ、なんとなく、落ち込む水無瀬を見ていたくなかった。
少しでも励ますことができればと、そんなことを言ってみる。
「そう…だよね……うん!」
洗いものを終えた水無瀬は蛇口から出る水を止めると顔をこちらへ向ける。
「ありがとね。三ヶ島くん。気遣ってくれて」
そんなお礼の言葉と一緒に、明るい笑顔を向けてくれる。
うん、沈んだ顔をするよりはずっといい。
「礼を言われるようなことじゃないよ。朝だって起こしてもらったし、俺の方が助けられてる」
「あ、そうそのこと!」
水無瀬は何かを思い出したように手をたたいた。
「教室についたときに寝てたってことは、今日は早い時間に登校したの?」
純粋な疑問をぶつけられる。
そりゃ毎朝朝礼の少し前に来るようなやつが自分よりも早く登校してれば気になるか。
「別にどうってことはないさ。たまたま早起きして暇だったから早く登校しようかなって、それだけだよ」
「ふーん?」
若干訝しげな目で見られているな。
でも、事件現場を見ようとして遠回りしてきたから、なんてわざわざ怖がってるやつに言うようなことじゃない。
「な、なんだよ。本当だぞ?」
「あはは!わかった、わかった。珍しいこともあるんだね」
とりあえずは納得してくれたらしい。
水無瀬は洗い終わった弁当箱を手早く片付けていく。
「元気でたよ。本当にありがとね!授業遅れちゃだめだよ!」
そんなことを言って水無瀬は教室へ帰っていった。
どうにも校内全体に不安が伝播しているらしい。
早く犯人が捕まれば、いつもの日常が帰ってくるのだろうか。
俺の中にも、一抹の不安が生まれていた。
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