第3話 生徒会長

そこからはまっすぐ学校へ向かった。

校門をくぐれば、グラウンドのほうから朝練をする部活の元気な声が聞こえた。

ちなみに俺はというと入学してから2年間、帰宅部のエースである。

いや、帰宅部にエースなんてものはないんだが。

帰ってからやらなければいけない家事が諸々あるため部活動にリソースを割けないからだ。

でも仲間と一緒に部活をするということには少し憧れたりもするんだけどな。

などと、思いながら靴を履き替え、誰もいない校舎を歩く。

教室に行って今日の予習でもしようか、などとがらにもないことを考える。

2年生の教室は2階にあるため、階段を登ろうとする。

すると、俺とは反対に階段から降りてくる人物と目があった。

「あら、随分と早く登校するのね」

その人物は、この鷹八木高校が誇るスーパー生徒会長こと漣雫である。

容姿端麗、品行方正、成績超優秀、運動神経抜群とどこをとっても完璧な人だ。

先輩ということもあり、話した機会はなかったが、実際に目の前に立つと不思議な緊張感がある。

長い黒髪が揺れる。

切れ長の目がこちらを見ている。 

なるほど、彼女のファンが数多くいる理由もうなずける。

それくらい美人という言葉が似合う人だった。

「おはようございます、会長」

「ええ、おはよう。三ヶ島壮哉君」

当然のように名前を呼ばれ、驚く。

記憶の限り、話すのは初めてのはずだ。

「えっと、すみません。前に話したことありましたったけ?」

純粋な疑問が口から出た。

「いいえ?今日が初めてじゃないかしら」

「じゃあなんで俺の名前を」

くすりと会長は怪しげに笑う。

ちょっとした仕草が絵になる人だな。

「生徒会長として全校生徒の顔と名前は全て把握しているの。例外なくね。だからあなたのことももちろん知っていた。それだけのことよ」

それだけのことと言ってのけるが、そんな簡単なことじゃないし、興味のない人間のことなんて端から頭に入ってこない。

やはりというかなんというか、漣雫という人はスーパー生徒会長という言葉がこれ以上なく似合う人なのかも。

「確か三ヶ島君は部活動には無所属よね?こんな時間に登校するなんてなにか用事でもあったの?」

どうやら部活に入っていないことも把握しているらしい。

別に隠すようなことでもないため正直に話す。

「別に、なんにもないですよ。珍しく早起きしたから朝の空気を吸いながら少し早めに登校しただけです」

「ふぅん……」

訝しげな会長の視線が刺さる。

なにか探られているようで落ち着かない。

いたたまれなくなった俺は、逆に適当な質問を聞き返す。

「会長こそどうしてこんな時間に学校にいるんですか?生徒会だってもう次期生徒会長へ引き継ぎ終わったんじゃないですか?」

そう、会長と呼ばれているが、生徒会選挙は既に終わり、3年である会長は、実際には前生徒会長なのである。

しかし、前年度の完璧超人ぶりからどうしても周りの生徒からは会長と呼ばれている。

そして俺も例の如く会長と呼んでいるわけだ。

そして当の本人も特別気にはしてない様子。

軽く髪をかきあげると慣れたように、

「癖みたいなものよ。生徒会に入ってから毎朝今くらいの時間には見回りをしているの」

なんでもないように言ってのけるが、自分の意志で学校の見回りをする生徒なんてものはまずいないだろう。

そういうことは教師や警備員さんの仕事だ。

もしかしたら学校の運営等にも関わってたりするんじゃないか?

「見回りって…なんでそんなことまで」

会長はくすりと笑うと言った。

「あら、意外と楽しいものよ。まだ誰も登校していない静かな校舎の中に私1人……なんだか特別な時間な気がするのよ」

それに、と近づいてくる。

距離が、かなり近い。

思いもしない展開に心臓が跳ねる。

そして会長は、

「こうして普段話す機会のないかわいい後輩とお話ができたじゃない?」

いたずらっぽくこちらを見つめてきた。

「……っ」

反則だった。

学校中の憧れの的である漣会長。

いつも遠くで見ていた時は大人っぽくてクールでかっこいい美人ってイメージを持ってた。

でも、今目の前にいる人は、そのイメージを覆すくらい、なんというか、その、可愛らしい年相応の女の子だった。

「なんてね」

そしてまた、くすりと笑って離れていく。

「……かわいい後輩をからかわないでください」

「それは違うわよ三ヶ島君。かわいい後輩だから、からかいたくなるの」

なけなしの思いで反撃をすれば、一瞬で言いくるめられてしまった。

俺じゃ会長に口で勝てる日は来そうになかった。

そして会長は俺の横を通り過ぎ、階段を降りていく。

「それじゃあね、三ヶ島君。お互い今日一日、気をつけて過ごしましょう」

「あ、はい」

そういって会長は去っていった。

学校中の憧れの的と話ができたのだから、早めに登校してよかったと思えた。

でも不思議なことを言ってたな。

「……気をつけて過ごしましょう?」

普通お互い頑張りましょうとかじゃないのか?

どうにも会長が最後に言った言葉が胸に引っかかっていた。

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