第2話 非日常風景
時刻は6時半、朝食をすませて少しゆっくりとしていた。
このまま8時になるまで家にいるのもなんとなく退屈だったため、いつもと違う道を通って学校へ向かうことにする。
「気になることもあるしな」
遺体は郊外で発見された、といってたな。
なんとなく、事件現場に想像がつく。
うちから北にまっすぐ向うと深い森がある。
鷹八木市の郊外で事件、それも人の目につかない場所となれば、あそこの森がまっさきに頭に浮かぶ。
学校へ行くには遠回りになるが、幸い今朝は時間が余っている。
事件が恐ろしいものであると理解はしているが、不思議と興味が惹かれた。
自分の中に芽生えた好奇心に俺自身が驚いている。
靴を履き、外に出る。
目覚めた時は登っていなかった日は、強い光を放っていた。
吐く息は白くなり、今が冬だということを思い知らせてくれる。
「よしっ!」
1日の気合いを入れる。
普段とは違う1日の始まりに違和感を覚えながら、足を郊外の森へ進めた。
20分程歩けば、森の入口が見えてくる。
入口にはパトカーが数台止まっていて、警察の人たちが慌ただしく動いている。
「やっぱりか」
俺の考えは当たっていたようだ。
あまり近づきすぎずに、辺りを見渡す。
遺体があったのは、おそらくはもっと森の深部なのだろう。
ここからでは何も見えない。
「いや、何考えてるんだ…俺は」
別に犯人を探し出そうとか、そんな危険な考えを持っているわけじゃない。
ただ自分の家からそう遠くないから気になっただけで、それ以上の考えなんてない。
そのはずなのに…
なんで目が離せない。
もっとよく見ろと脳が指示を送る。
目を凝らせ。
集中しろ。
きっと……
俺なら見える何かがある。
そんな考えが三ヶ島壮哉の頭を支配していた。
「……あ?」
入口を見ていると、周りのことなど気にしない様子で一人の女の子が森の奥から帰ってくる。
「なんだ?」
警察の横をなんともない顔で通り抜け、こちらへ向かってくる。
警察の人達はまるで気がついていないみたいだ。
視線が吸い寄せられる。
その少女は、この世のものとは思えないほど美しかった。
存在そのものが、俺たち人間とは違う次元にある。
堂々した歩調からは圧倒的な自信が溢れている。
真っ白な肌に大きな紫の瞳はまるで人形のようにも思える。
そして、なによりも俺の目を奪ったのはその髪。
腰にまで届く銀色の美しい髪を俺は知っている。
それは、まるで、夢で何度も見たあの子の……
「あれ?」
目があった。
小首をかしげた少女は、そのまま俺に近づいてくる。
まずい、動けない。
縛られているように体が動かなかった。
そして、目の前まで来て俺の顔を覗き込んでくる。
しっかりと目が合えば、その美しさから目が離せなくなった。
少女はジロジロと俺を見て、うんうんと納得した様子を見せた後、離れていった。
「へ〜。君、面白い目を持ってるんだね」
「…は?」
かけられた言葉の意味がわからず素頓狂な声が出た。
「今はわからなくても大丈夫。きっとすぐに理解できるから」
「は、はぁ」
俺の間抜けな反応を意に介さず、少女は俺が歩いてきた方向へ向かっていく。
その姿をずっと目で追ってしまっていた。
すると、少女はこちらを振り向き、
「ねえ、君の名前を教えて」
などと言ってきた。
行動が全く予想できないため、気圧されてしまう。
でも、別に名前くらい隠す必要もない。
それに、この子はきっと今回の事件になにか関係がある気がする。
気になることも言っていたしな。
「……三ヶ島壮哉」
「ミカジマソーヤ…。ソーヤ、うん!いい名前だね!ありがとう、ソーヤ。それじゃあ、また」
聞くだけ聞いてその子は去っていった。
揺れる銀髪が朝日に照らされて輝いている。
「なんだったんだ……」
日本人じゃないのは確かだろうけど、それにしては流暢な日本語だった。
呆気にとられながらも、遠ざかっていく背中が見えなくなるまで、俺はその後ろ姿から目が離せなかった。
「君」
唐突に背後から声をかけられる。
振り向けばそこには、あまり関わりたくはない青い制服。
くたびれた感じがでているものの、優しそうな顔立ちが特徴的な警察官だった。
「ここは今警察が封鎖していてね。一般人は立ち入り禁止だよ」
「え、い、いやでも今女の子が」
「?」
警察の人は不思議そうな顔で俺を見ている。
見たら忘れられない容姿だったから、本当に見ていなかった。いや、見えていなかったのだろうか。
「大丈夫かい?」
頭を悩ませていると心配そうに尋ねられる。
これ以上ここにいれば、色々と面倒なことになりそうだ。
だが向こうから声をかけてきたのなら好都合でもあるか。
「すみません。ちょっといつもと違う道を通って学校に行こうとしたら迷ってしまったみたいで…森の方で何かあったんですか?」
自然とこちらから聞くこともできる。
俺の質問に警察官は一瞬苦い顔をし、
「ニュースや新聞を見てないのかい?」
「はい。なにか大変なことでも?」
興味本位で近づいたと思われないように知らん顔をした。
「昨晩ここで高校生の遺体が見つかったんだ。殺人事件の可能性があるから今ここら一帯を封鎖して現場を調査している」
「高校生…もしかしてうちの学校の…?」
「いや、着ていた制服が違うからね。おっと…喋り過ぎちゃったかな…君、このことは秘密で頼むよ」
なんとも口の軽い警察官だ。
気をつけるようにと言って元の位置へ戻っていく。
気になっていたことの答えが全て聞けてしまった。
事件が起きたのはこの森で間違いない。
そして被害者は俺が通う鷹八木高校の生徒ではないということ。
被害者には悪いが知り合いが事件に巻き込まれたのではなく少しホッとした。
確かめたかったことは確認できた。
まだ時間は早いが通学路に戻って学校へ向かおう。
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