影月奇譚
四十万多々楽
第1話 夢中模索
小さい頃から、ずっと見続けてる夢がある。
顔も知らない女の子が俺を遠くで俺を呼ぶ夢。
あれは一体誰だろう。
本当に知らない子なのだろうか。
境界線の向こう側、光の届かない場所から手を振っている。
向こうは深くて暗い。
怖くて向こうを見たくない。
それでも手を振る女の子から目を反らせなかった。
どうして俺を呼ぶんだろう。
どうして何も言ってはくれないんだろう。
美しい銀色の髪を翻し、その子は暗闇へと進んでいく。
俺がどれだけ走っても、手を伸ばしても、開いていく距離は縮まらない。
夢だとわかっていても、なぜだか俺は諦めることなく手を伸ばし続けている。
なにか、大切なことを忘れているような気がする。
そんな考えがずっと、ずっと頭から離れない。
もう、10年も同じ夢を見ている。
夢から覚める。
俺の体はきちんとベッドの上で横になっている。
「またあの夢か……」
上体を起こし、ため息をつく。
目が覚めるまで走り続ける夢を見たせいか、なんとなく体が気怠い。
時計に目をやれば、5時を少し回ったところで針が止まっている。
いつもに比べれば、今日は随分と早起きをしてしまったらしい。
普段の起床時間はだいたい7時頃。
2時間もあれば二度寝の一つはできるだろう。
しかし、今日に限って眠気は全くない。
夢を見ていた割に、快眠できていたのかもしれない。
「仕方ない、か」
ベッドから出て、近くのカーテンを開ける。
12月の朝日はまだ顔を見せてはいない。
窓も開ければ、外から入った冷たい空気がより目を覚まさせる。
さて、早起きしたもののどうしたものか。
俺が普段学校に着くのは8時半頃だ。
そして家から出る時間は8時。
学校に向かうには早すぎるし、そもそも校門が開いてすら射ないだろう。
まあ、目が覚めてしまったのだから仕方ない。
なんとなしに登校の準備をすることにした。
俺、三ヶ島壮哉は今、東京の鷹八木市の端に建つ、この広い屋敷に1人で暮らしている。
小さい頃に両親を失くしてから、父方の祖父に引き取られて一緒に暮らしていた。
その祖父、じいちゃんも1年前に亡くなり、現在俺は一人で暮らすには大きすぎる屋敷に暮らしていた。
じいちゃんが生きていた頃も家事の大半は俺がやっていたため、生活に不便を感じたことはない。
しかし、2人が1人になる、朝起きても挨拶をする人がいないというのは寂しかったりする。
着替えをすませ、顔を洗う。
手早く身支度を整えて、朝食の準備をしていく。
今朝の献立は、ご飯となめこの味噌汁、目玉焼きにウィンナー。
急ぐ必要もが、慣れているおかげか用意は直ぐに済んだ。
食事を台所から居間に運び、いつものルーティンでテレビを点ける。
テレビの画面からは特に面白くもないニュースがいつものように流れていた。
「いただきます」
食事に手を合わせ、テレビを見ながら箸を進める。
去年までは、じいちゃんがいたため朝も会話があったのだが、今はもっぱらテレビが友達だ。
当然だが話しかけても返事が返ってくることなんかない。
『続いては、昨晩起きた痛ましい事件についてです』
昨日……?なんかあったのだろうか。
テレビに映るキャスターが沈痛な面持ちで語る。
『昨晩、東京の鷹八木市郊外で高校生3人が遺体となって発見されました。遺体はどれも損傷が激しく、制服と現場に落ちていた生徒手帳で被害者の身元がわかったとのことです。鷹八木市警は殺人の方向で捜査を……』
「まじかよ……」
なんというか、被害者の年齢も遺体が発見された場所も俺にとっては身近すぎる。
正確には、この鷹八木市に住む住人の全てが他人事ではいらないだろう。
昨日、学校から帰ってくるまでは特に町が騒がしくなっているようには感じなかった。
ということは昨晩、誰かが被害者を手に掛けたということか?
なんというか、随分近くで恐ろしい事件が起こっているようだ。
テレビは既に先程のニュースが芸能人の熱愛報道に切り替わっていた。
殺人事件なんて珍しいものではないが、自分が住む町で起こったものとなると話は大きく変わってくる。
「今日は早く帰ってくるようにしよう…」
背中にうすら寒いなにかを感じながら、朝食の食器を片付けていく。
どうにも頭からさっきのニュースが離れなかった。
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