第14話 影誉め作戦

 「伊達先輩影誉め作戦」は、すぐ開始した。


 伊達先輩とマラソンの走るタイミングが一緒になった水野香織と島崎すみれは、男子着替え室から出てくるのを待った。そして、伊達がちょうど一人で出てきたのを確認した。

「ねえ、3年生の先輩って、大人って感じだよね。クールな感じがいい!」

「うん、行射の時はもちろんだけど、それ以外でもちょっと静かに考え込んでいる感じは、かっこいいよね」

「わかるぅ〜、先輩!ついていきます!とか思っちゃう」

「うん、うん。部長とかいいよね」

 そして、すみれは、ちらっと後ろを見て、伊達が歩いてくるのを見て、香織に言った。

「でもさ、伊達先輩とかもいいよね。いつも話をしているから、時折見せる黙って、考え込んだ様子は素敵」

「あ――わかる!いつもと感じが違うから、ドキッとしちゃう。」

 それを聞いた伊達は、顔を真っ赤にしてそこに立ち止まった。そしてちょっと思った。


「黙っている時の方が、かっこいいのか、俺って?」


 その雰囲気を感じ取った、すみれと香織は、前を向いてベェーっと舌を出して、走り出した。


 さらに、鈴木翼と小林雄一が、控え室で日誌を読んでいると伊達が入ってきた。鈴木は、小林に目配せをした。伊達が、更衣室に入ると二人は、会話を始めた。

「先輩たちって、袴姿が様になってるよな」

「ああ、特に伊達先輩とか、すっと立っている姿がかっこいいよな。俺たちも早くああなりたいよ」

「黙って立っている横顔は、男って感じで憧れる」

 そういって、小林は、嫌な顔をして口の前で手を振った。歯が浮く!!とアピールしたいのだろう。鈴木は、笑いをこらえて続けた。

「男は姿勢で教えるってか、すごいよな。そんなことできるのは伊達先輩ぐらいだろうな」

 更衣室に聞こえるように、大げさに言った。すると更衣室で着替えた伊達は、周りの同級生に小突かれていた。

「おい、伊達、後輩に噂されているぞ」

「かっこいいだってよ、すごいな」

「いや…そんなことはないが」

 流石の伊達も、皆の前で褒められると照れるらしい。


 初日は、その効果があって、伊達は、道場でも、道場の外の練習場でも、少しの間だけ、カッコつけて立っていた。でも、本当に少しだけ……。


 帰り道で、1年生部員、みんなで帰った。

「本当に、効果あるのかなぁ〜。誉め殺しじゃなくて、褒め損してない?私たち」

 島崎が言った。

「上手いこと言うな、その通りのような気がする」

 村田が、元気なく言う。

「部活に集中したいだけなんだけどね、俺たち」

 その言葉がちょっと悲しくみんなの心に響いた。瑠璃も、下を向いて歩き続けた。


 次の日も、誉め殺し作戦は続いた。


 昨日、「褒め損」と言っていた島崎が、やけに張り切っている。そして、水野もだ。さらに、小林も、いつになく明るい。その勢いに乗って、チャンスをみては、1年生部員で、伊達を褒め続けた。


 その日の帰りも、みんなで帰った。


「すみれちゃん、今日、結構褒め方がすごく上手で、気合いが入っていたけど、どうしたの?」

 瑠璃が、島崎に尋ねた。

「うん、昨日さ、家に帰ってから、母さんに相談したんだ。相談する気なんてなかったんだけど、私がふてくされていたから、声かけられてさ」


 島崎の母親は、化粧品の販売員をしている。部活での誉め殺し作戦を話たら、面白がってた。そして、凄腕販売員褒めテクニックを教えてもらったと言う。褒め言葉はたくさんある。でも、一番のポイントは、さりげなく、さらっと言うのがいいらしい。それも、さも自分が納得したように振る舞えたらなおよし。


 例えば、口紅をお試ししてもらったら、お客さんに語りかけるのではなく、自分自身問いかけるように言う。「やっぱり、色白の人には、この色が映えるわね」といった具合に、遠回しに色白を褒めるのだ。


 それを島崎は応用して、実践したらしい。


 伊達先輩の、なっがぁ〜い話が途切れるタイミングを見計らって、「そこが、伊達先輩の行射がかっこいい秘密なのか」と聞いて納得したふりをしたらしい。


「無心でやるのよ!と母さんに言われたから、頑張った。そしたら、爽やかな笑顔で立ち去ったわ。すごい効果」

「すみれちゃん、すごい!やったじゃん。私も昨日お母さんに、褒めるって言うか、よいしょテクニック教えてもらったの。お母さん、パートに行っているんだけど、その職場にも、やっぱりいるんだって、マウント取ってくる人が!その人を上手に避けるコツが、やっぱり相手を褒めるって言ってた。相手が声をかけてきたら、服装でも髪型でもなんでもいいから褒めて、逃げるらしいの。お母さんも頑張っているみたい」

 水野が嬉しそうに話している。

「へぇ、俺も親父、営業マンだから、聞いてみるかな……」

 鈴木がポツリと言った。

「やめとけ、小林の二の舞になるぞ。こいつ、今日、バカなこと言って、人の話を聞かない伊達先輩に『人の話を聞け』と言われたんだ」

 村田が、小林の首根っこを押さえて言う。

「やめろよ、ちょっと間違っただけだ!明日はうまくやる!」


 小林の家は、老舗の家具屋だ。大手の量販店などに押されていたが、アンティークの家具を扱うようになって、全国から客が足を運ぶようになったのだ。


 その父親に、いろいろ褒め方を教えてもらったらしい。しかし、実際、伊達先輩が小林に教えていたとき、どう質問をしていいかわからなかったらしい。


「それでこいつ『さすが、お目が高い!』て言ってやんの。流石の伊達先輩も、一瞬固まったからな」

「言うなよ、いいだろもう」


 そう言いながら、村田と小林が、じゃれ合っている。みんなで、その話を聞いて笑った。すると、笑いながら航輝が声をかけた。

「そう言うときは、相槌でいいんじゃないか。別に無理に質問することない。相手が納得すればいいんだから」

「そうだな、『なるほど』としたり顔で頷くといいかもな」

 高橋が航輝と目を合わせて言った。


 この様子を見て、瑠璃は心から安堵した。今回のことで、航輝がみんなに溶け込んだ。さすがに、男子同士でじゃれ合ったりしないが、会話の中に入ってくる回数が増えた。


 そして、「楽しい夏合宿」を合言葉に、その日は解散した。


 3日もたつと、1年生の変化に2年生、3年生も気づき始めた。伊達先輩を褒めていることはもちろんだが、いつも間にか1年生部員は、他の優しい先輩や、ちょっとつっけんどんな先輩にも同じように接するようになっていた。


「あいつら、何か変わったな。何していると思う?」

「どうやら、伊達先輩を変えようとしているんじゃないか……」

「部活の雰囲気も変わってきたよね。明るくなったって言うか、雰囲気が柔らかくなった全体の」

 違う学年の部員たちも、そう、ささやきあった。


 そして、何より1年生の態度が変わったことに一番驚いたのが、伊達であった。1日目は、有頂天になった。高校生がかっこいいと言われて、自惚れないはずがない。さらに教え方も上手と言われている。人生最高の日だった。伊達は、自分を褒める後輩の声を拾っては、薄ら笑いをしていた。


 そして、後輩リクエストの「黙って立っている姿」の研究や、「ピンポイントで教える」方法を模索した。


 そうなると、2年生も、3年生もなぜか褒めてくれる。


 さらに、渡辺先生まで、声をかけてくれた。その際、上手に教える方法を聞くことができた。


 上手に教えるにはまず、相手をよく見ること。そして、相手と自分の違いを知ること。身長など体型はもちろん、わかる限りの運動能力、経験値などを情報とする。その中で、今、相手に必要な情報を教えてあげるのが、一番上達する教え方だとアドバイスをくれた。


 逆に自分ができるから、相手もできるはずだと思い、教えるのは避けた方がいい。相手が逃げてしまう。どうすれば、上手になれるのだろうと一緒に考える余裕があれば、なおのこといい。


 伊達は、話を聞いて、知っていること全部教えてもダメなのかと初めて感じた。


 このことは、渡辺先生が、常日頃から言っていることだったのだが、今回は、伊達の気持ちにやっと届いたようだった。


 部活の雰囲気が、夏の日差しのように、明るく輝き始めた瞬間だった。


「ねぇ、伊達先輩変わったね。教えに来ないよ、私たちのところに。黙って自分の練習している」

 島崎が瑠璃に声をかけた。

「うん、そうだね」

 瑠璃は、それだけ答えて、練習を続けた。


 そういえば、ここのところ、教え方も変わった。


 1年生としては、伊達も含めて、先輩たちに教えてもらいたい気持ちはある。でも、伊達は説明が長くて嫌だったのだ。なので、一番影褒めの時に強調したかったのは「説明は短くがいい」だった。だから、「黙って立っている姿がかっこいい」とか、しつこくみんなで影褒めした。


 その効果あってか、よく考え込んでいることも多いし、教えるのも手短になった。


 伊達は、1年生だけでなく、同級生にも2年生にも教えたがり精神丸出しだった。同級生同士が話していると、そこに割り込み、自分の考えを話す。同級生や2年生が、後輩に教えている時に、その間に入り、自分が教え始めるのだ。「こうだろう。こうだろう」とやり方を見せるので、教えられた方が見ているしかないのだ。

 そんな態度を、やはり快く思っていない人たちも多かったのだろう。彼が、近寄るとなんとなくギスギスした雰囲気が漂っていた。しかし、今は、そう言った感じがない。他の先輩たちが、後輩に指導してても、それを遮って、教えに割り込むことはなくなった。


 いい意味で、穏やかな雰囲気の練習時間となっている。


 瑠璃は、いいかもっと心の中で呟いた。


 その日の帰り、久々に1年生全員で下校した。

「さっきさ、更衣室で2年の先輩たちに、お礼言われたよ。『伊達先輩のこと、いろいろありがとな』って」

 村田がみんなに向かっていった。

「あっ、私も!昨日、その前だったかな?私は3年の先輩だった。更衣室で、一人の時さ、3年生全員って言っても、4人だけど。『本当は、私たちがなんとかしなくちゃいけないのに、ありがとう。他の1年生にも伝えてね』だって」

 島崎も同じようだ。他にも、それぞれ個人的に言われている。


 どうやら先輩たちは、伊達先輩に対する私たち一年生部員の気づいていたらしい。それで、このままではまずい。自分たちも行動しなくちゃいけないと思って、1年生の真似をして、伊達先輩を褒め続けたらしい。


「俺さ、今日部長に『1年生全員にお礼を言っといてくれ』って、言われてたんだ。だから、みんなで一緒に帰ろうぜって誘ったんだけどな。部長の話では、引退まであと少しだし、伊達先輩のことは、見て見ぬ振りをしていたみたいだ。でも、俺たちの動きを見て、3年生もこのまま伊達先輩を野放しではいけないってことで、いろいろ気を配ってくれたらしい。それに、渡辺先生も、上手に伊達先輩に指導したみたいだ」

 鈴木が、みんなに伝えた。


 今までも、先生や部長も、伊達先輩には、さりげなくにやりすぎている態度を注意してきたようだが、なかなか伝わらなかった。でも、今回は、違った。1年生が一生懸命、いい先輩だと言い続けたことで、伊達の中に「後輩に慕われる先輩」という気持ちが持ち上がった。それを、先生は、伸ばしてあげるだけでよかったのだ。


「そうか、どうもおかしいと思ったのよ。1週間やそこらで、人がすぐ変わるとは思えなかった。ましてや、1年生だけの行動で、3年生が変わるかな?と不思議だったもん」

「うん、先輩たちも動いてくれてたんだね。助かったぁ〜」

「本当だよ、部活をするのが楽しみになってきた!」

「うん、いろんな先輩に教えてもらえるし、逆に質問もしやす」

 全員で、今の楽しい状況を報告しあった。


「加瀬、ありがとうな、いい提案してくれて。弓道部に入ったよかったよ」

 村田が、瑠璃にお礼を言った。

「え!あ、ううん。私は、別に。みんなが話を聞いてくれたからだよ」

 瑠璃は、手を顔の前で大きく振った。

「ううん、瑠璃ちゃん、ありがとう。やってみてよかった。伊達先輩のことは、もう嫌いじゃないよ、好きでもないけど――でも、人のこと嫌うのって、自分も嫌な気分になるし、困っていたの。今は、いい気分だわ、みんなと仲良くできるし」

「ありがとな。加瀬。俺さ、高校生では、くだらない上下関係に縛られない部活を探したつもりだったのに、違ったから正直ガッカリしてたんだ。でも、弓道はどうしてもやめたくなかったんだ。今回のことで、先輩たちとも、結束できたって言うか、気楽に話ができるようになってよかったと思っている」

 高橋も瑠璃に感謝を伝えた。


「私もぉ〜!高校生活ならではの、部活を楽しめそう。ありがとうね、瑠璃。それに、母さんとは中学の頃から、ちょっとギクシャクしていたんだけど、今回のことで、ちょっと距離が縮んだの。家まで明るくなっちゃった!感謝よ、瑠璃!」

 そういって、島崎が瑠璃に抱きついてきた。


 みんな口々に、瑠璃にお礼を言う。瑠璃は、嬉しくて、笑顔でみんなを見つめ返した。


「それに、今の伊達先輩なら、逆に合宿に来てもらいたいぐらいだ」

 村田が、ボソッと言った。

「あれ?あんなに嫌がっていたのに、村田ったらどうしたの?」

 島崎が聞いた。

「うん、今日の伊達先輩のアドバイスがわかりやすくてね、俺は、力があるから、弓を引きすぎるらしいだ。その調整の方法を教えてくれてね。その通りやってみたら、矢が綺麗に前に飛んだから、またいいアドバイスもらえたらと思ってね」

「僕も、そう思う。いいアドバイスくれるんだ、先輩」

 村田の話に、航輝が重ねた。


「でもさ、やっと順調になったのに、期末テストで、来週から部活休みだぁ〜、がっくり」

 小林が、肩を落として言った。

「で、テスト明けに、伊達先輩がまた元の『能書き弓道家』になっていたらどうする?もとの黙阿弥よ!」

「島崎、どうしてどう、ネガティブなんだよ。そしたら、またやり直せばいいだろう。次からは、先輩たちも一緒だ」

 高橋が、ちょい呆れて、島崎を見ながら言った。


「そうよ、また無心でがんばろ!すみれちゃん」

 水野が島崎を励ます。

「無心にならなくちゃならないのは、期末テストだ。考えたくねぇ〜」

 天を仰いで、小林がおどけていった。


 それを見て、みんな笑った。


「夏の合宿、楽しみだわ」と瑠璃はつぶやいた。


 もうすぐ、楽しい夏休みだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る