第13話 作戦会議
基礎トレが終わっても、弓道部では、道場に入る前に、ランニングをする。部員全員が揃って、走ることはあまりないのだが、この日、1年生は、学年集会があり、部活に遅れた。そのため、珍しく1年生全員が、一緒になった。
「久しぶりだね、みんなで一緒に走るの」同じ1年生部員の水野香織が瑠璃に話しかけた。
「うん、そうだね。ここのところ、皆バラバラに走っていたから、ちょっと嬉しいね」
基礎トレの試練をくぐり抜けた8名の精鋭たち。瑠璃は、この弓道部の仲間をそう思っていた。
走り終わり、次は柔軟。道場ではすでに、行射が行われているので、道場の脇で皆で柔軟をする。先輩がいないので、皆好き放題なことを言い始めた。
「やっと慣れてきたけど、伊達先輩はうざいな」
「ああ、細かいことばっか言われると、嫌になってきちゃうよ」
男性部員が、ぼやいている。
「あの調子で、夏休みの合宿とかつきまとわれたら、気が狂いそうだわ」
もう一人の1年生女子部員の島崎すみれも、その話に割って入る。いつも賑やかな彼女は、目立つ存在だ。
話は、だんだん、伊達先輩の悪口大会になっている。
瑠璃は、苦笑いをしながらその話を聞いていた。航輝は、まだランニングから戻っていない。相変わらず遅いのよね、走るの。
伊達先輩だけじゃなくて、ちょっと気難しい先輩は他にもいる。けど、今は、どうも伊達先輩が1年生の最大のトピックになっている。
航輝のように、うまく彼をかわせるほど、瑠璃を含め、1年生部員は、大人じゃない。そうなると、こうやって井戸端会議で鬱憤を晴らすしかない。けど、ちょっと不毛。
そんなことを考えていると、航輝が戻ってきた。
「お疲れぇ〜」
瑠璃は、航輝に声をかけた。すると、他のみんなも「お疲れさん」などと航輝に声をかける。1年生部員は8人だけとうこともあり、仲が良い。
はぁはぁと肩で息をしている航輝は、片手を上げてみんなに答えた。
「ねえ、なんとか伊達先輩をギャフンと言わせる方法はないかな?夏合宿も近いじゃない。このまま伊達先輩をほっておいたら、初めての、楽しい合宿がぶち壊されちゃう。何か対策を練って見ない?」
島崎が提案した。すると男子部員の高橋誠が言った。
「でもさ、3年生は夏の合宿はこないだろ?受験とかあるだろうし」
「いや、参加するって言ってたよ。弓道は、集中力も高まるし、いい鍛錬になるんだと熱く語っていた――」
小林雄一が答える。
皆、一斉にはぁ〜とため息をついた。
瑠璃の高校では、3年生は、夏休み前、つまり1学期で引退することになっている。しかし、大会などの関係もあるから、全部一斉というわけでない。部活によって違うのである。
弓道部の大会は、11月から始まるので、だいたい1学期で皆引退していく。が、それも人ぞれぞれだ。
「あー、もぉー、いらぬ人材が長居するのよね、困るぅ!」
島崎が頭を抱えてうずくまった。それを見て、みんな笑った。
「ギャフンと言わせる前に、私たちがギャフンて言わされちゃうよ、すみれちゃん」
水野が島崎を覗き込みながら慰める。
「あーゆータイプは、100倍にして返してくるから、触らぬ神に祟りなしだな」
高橋が答える。
「触ってもいないのに、祟ってくるのよ、伊達先輩は!神じゃないわ!」
「そりゃそうだ!」
さらにみんな笑った。
「でも、あの様子じゃ、夏休み後も、絶対、なんやかんやと部活に顔を出すなぁ、きっと」
1年生の中で一番、ガタイのいい村田拓海が言った。
「そうだな、まだ当分我慢の日々だな」
物静かな鈴木翼が、柔軟体操をしながら言った。島崎が、ヤダァーと叫ぶ。それをみんなで呆れて見ていた。
そして、瑠璃は、なんとなく今ならいいかもっと思い、自分の考えを言って見た。
「あのさ、やっぱりちょっとみんなで考えようよ、伊達先輩のこと。あの『教えたがり』がなくなればいいじゃない?つまり、教えてくれても、アドバイス程度で終わってくれれば、問題ないよね。教えてもらいたくないわけじゃないでしょ?」
「そうだけど、無理なんじゃない?暇さえあれば、話しているし、口から生まれてきたような感じじゃない」
島崎が、諦めたように瑠璃に言う。
「うん、でもさ、伊達先輩みたいなタイプは、周りからの評価を機にすると思うの。だから、みんなで、伊達先輩に『格好いい先輩はどう言うものか』をインプットしちゃうのよ。それと、どう教えてもらいたいか、知らず知らずのうちに伝えられたらいいよね」
瑠璃の作戦はこうだ。
まず、伊達先輩に気づいていない様子で、女子も男子も伊達先輩を褒めちぎる。「伊達先輩って、格好いいよな。弓道も上手だし。特に、何か考え事しているような時なんか、3年生の貫禄があってすごくいい」
「うん、黙って立っている姿がなんとも言えないわ」などと噂をする。伊達先輩に、「自分は喋っていない時が素敵」なんだと思わせる。
また、教え方も、その方法で会話に忍ばせる。
「自分の直さなきゃならないところを、ピンポイントで教えてもらえたらいいよな」
「でも、そんな先生みたいなことできる先輩は少ないだろう。できて、部長や伊達先輩ぐらいだよ」
「そうだな、説明長くされても頭に入らないけど、パッと指摘してもらえたらありがたいよ。でも、そんな高度なテクニックを持った先輩は、やっぱり部長や伊達先輩無頼だろ」
などなど、それができるのは、お前だけだと強調するように、会話に組み込む。
つまり「影褒め作戦」だ。面と向かって褒めるより、影で褒めるのは心理的に影響が強く出ることがある。
さらに、教えてもらったときは、質問をするように心がける。なるべく具体的に説明させるようにするのだ。相手は、自分のペースで話ができなければ、居心地が良くない。すると、その場を離れる可能性が高くなる。
最後には必ず、お礼を言う。これは忘れないこと。一番いい表現は、「先輩、いつも温かく見守ってくれてありがとうございます」だ。現実とは違うけど、言葉の中に、どう私たちが接して欲しいのかを組み込む。
瑠璃の説明を終わると、ブーイングが起きた。
「え〜、なにそれ!そんなことやったら、もっと図に乗るんじゃないの、あのタイプ」
島崎が、嫌そうに反論した。
「俺も、そう思う。それに、質問なんかしたら、それこそ話が止まらないと思う。無限ループ地獄に陥るな」
小林がそう言うと、皆笑った。瑠璃もそれには、笑った。
皆口々に「図に乗らせることはない」と言う。
やっぱりダメかぁと瑠璃は心の中で思った。私だって、できるかどうかわからないし、成功するかどうかもわからないもんな。
「いや、やってみる価値はあると思う。僕は、伊達先輩の説明が抽象的すぎるので、よく質問をする。そうすると、先輩は適当なところで離れていくよ」
航輝が話に入ってきた。
それを聞いた高橋が続けた。
「そう言えば、お前の時は、すぐ離れていくな、伊達先輩」
「そうだね、確かに」
みんな、なんとなく気づいていたらしい。
「僕は、人を褒めるのはあまり得意じゃないが、質問は得意だ。伊達先輩は、感覚的に説明するから、僕にはわかりにくい。『こんな感じ』とか言われたら『どんな感じ?』みたいに聞いてく」
航輝は、伊達先輩とのやりとりを例を上げて説明した。
部員は皆、なるほどぉと納得している。
「うーん、考えちゃうな。あと少しで引退といえど、夏合宿を邪魔されたくない!が、先輩を褒めるのは抵抗あるぅ!」
島崎が苦悶する。
「まだ、女子はいいけど、俺らが『あの先輩、かっこいいよな』とか言うの、変じゃね?」
「そうだよなぁ〜」
口を揃えて頷いている。すると、水野が口を挟んだ。
「なら、男子は『質問攻撃メイン』にしなよ。褒める方は、女子が引き受ける」
「あれ?香織は、やる気なの?」
島崎が尋ねた。
「うん、だって、私は捕まったら最後、その日の部活中ずっとまとわりつかれる。一番下手くそだから……。なんとかしたいの」
少しの間、みんなで考え込んだ。
「やってみるか!」鈴木が言った。
するとみんな、「いいね」とか「わかった」と同意してくれた。
それを聞いて、瑠璃はみんなに言った。
「提案したものの、うまくいくかどうかわからないけど、例文は、たくさん練ってきたら安心して!名付けて『影褒め作戦』よ!」
「おう!」
その日の帰り、1年生弓道部員は、近くの公園で作戦会議となった。
瑠璃が提案したこの作戦は、実は瑠璃の母が考えたのだ。
「その先輩は、練習しないの?」
「するよ。でもちょっとの時間だけ。3年生だし、余裕があるんだと思う」
母の質問に瑠璃は答えた。
「『教えたがり』さんか。学生でもいるのね」
「うん、他の先輩に教えてもらっていても、しゃしゃり出てくるから。みんな困っているの。あっ、でも航輝くんは上手にかわしている。自分は、交わしているつもりはないけど、いろいろ質問すると逃げていくって言ってた」
「転校生の航輝くん、うまくみんなと溶け込んでいるようね」
「うん、航輝くん言ってた。私も質問攻撃をやってみようかな?」
母は、少し考え込んだ。
「質問すると逃げていくか――高校生だし、教えたがり屋さんの特徴ね」
母は何か考えているようだった。そして、パッと何かを思い出したような顔をして瑠璃を見た。
「瑠璃、その先輩『影誉め作戦』で撃退したら?」
「影誉め作戦?」瑠璃は聞き返した。
母曰く。
教えたがりの人を相手にするのは難しい。複雑な心理が働いているからだ。ただ教えたがりの人の心理の傾向としては、自己満足するため行為であったり、現代の言葉で言うなら、相手にマウントを取るための行為だ。
ただ、そのような人は、周りの目を気にする傾向も強いのは確かだ。自分がいい人でありたい気持ちが先走ってしまう。
対策として一番いいのは、近寄らないことだ。でも、そうもいかないこともある。
そこで、自分はどう思われているかと言う気持ちを利用すのだ。特に今回は、高校生。一番、周りの目を気にする年代。特に女子の何気ない一言は、影響力大。
「素敵な先輩に変わってもらいましょう」
そう言う母、とても楽しそうだ。瑠璃は、その母の姿を見て、ポツンと言った。
「お母さんって、変わっている」と。
母はさらに付け加えた。
「それと、あなたたちの態度も少し変えてみましょ。高校生ぐらいだと、どうしてもうんざりしてくると態度に出ちゃうじゃない?そうすると、先輩は『こいつ、わかっていない』とか『先輩に対する態度じゃない』と思って、相手を従わせようとするものなのよ。だから、自分たちの態度も考えてみる!」
「あぁ〜、伊達先輩は、私たちを従わせようとしているのか。そう言われれば、そんな感じだわ」
「多分、話を聞いている限りでは、その先輩は、心の底では、人から頼られたいとか認められたいって気持ちが働いているのね。それは『承認欲求』というものよ。みんなにある欲求なの。その欲求は、人によって強い弱いがある。それは、子供の頃からの環境が影響していることが多いのよ」
「ふーん、認めて欲しいけど、認めてもらえないから、力づくでなんとかしようとするってことなのね?」
「まぁ、そんな感じかな。それに、他の先輩たちに対する態度と変えているでしょ、あなたたち」
「……お母さん、透視できるの?多分、そうだと思う。3年生には憧れの気持ちがあるわ。ちょっと緊張するけど、教えてもらえるだけでも嬉しいと思う。特に、大谷部長とか春日先輩に教えてもらう時は、自分で浮き足立っている。たぶん、かなり『嬉しいオーラ』出していると思う。けど、伊達先輩の時は、ダークな雰囲気を漂わせているかな……」
瑠璃は、両手をだらっと持ち上げて、暗い気持ちを表現した。母が瑠璃を見て笑う。
「それを感じて、その――伊達先輩だっけ?『俺の方がすごいだろ』アピールをするために、一生懸命教えようとしているんじゃないかと、母は思う」
そう言い切って、紙を取り出し、いろいろ対策を書き始めた。
こうして、瑠璃たち、弓道部1年生は、伊達先輩、影褒め作戦を開始した。
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