第11話 カウンセリング
掃除の件で、航輝は瑠璃の話を理解してくれた。どちらかと言えば、瑠璃が押し切った感じになった。自分がもっと上手に説明できたらいいのになと思ったと同時に、これは、正しいことなのかな?と考えた。そう思うと、航輝に伝えた内容に不安を感じた。
誰かに相談したい。
今日は、父はフライトで不在。母は、遅くなると言っていた。そうだ、インディアン先生に相談しようと瑠璃は考えた。スマホで、インディアン先生の予約を依頼する。「予約が取れますように!」と瑠璃は、心の中で祈った。
少しして、連絡が入った。「予約済。お待ちしております」
部活が終わり、走ってインディアン先生のところに行った。
インディアン先生とは、心理カウンセラーの先生のことだ。本名は、江上信寿先生。一時期、インディアンと一緒に生活をしていたことがある。カウンセラーだが、話が面白くて、一緒にいて楽しい。
瑠璃は、小学生の頃から、この先生に通っている。両親が不在のことが多いので、話をしたくなると連絡を取っている。家族ぐるみの付き合いもあるので、慣れ親しんだ先生なのだ。
カウンセリングルームのドアを開けると、インディアン先生が笑顔で迎えてくれた。
「瑠璃ちゃん、君は、本当に運がいいね。君のために開いていた時間のようだよ。高校生活は、どうかな?」
「お久しぶりです、先生。はい、楽しいです」
先生のところに来るのは、3月に合格の報告に来て以来だ。
「部活も決まって、弓道部に決めました」
「おや、陸上はやめてしまったのか?中学の時は、結構いい成績を出していたじゃないか」
「ありがとうございます。うーん、でも、新しいことしてみたくて……。弓道って高校から始める人が多いから、私も挑戦してみたかったんです」
「そうか、ならいい。さて、今日はどうした?何かあったのかな?」
そう聞いてくれる江上先生の笑顔に、ほっとして瑠璃は話を始めた。
日本の学校に慣れていない転校生が来たこと。日本の習慣を知らない彼には、その都度説明がいる。瑠璃の説明の方法も悪いのだろうが、相手を納得させることが難しい。最後はどうしても、相手を押し切る形で話が終わってしまう。それは、押しつけになってしまうのではないだろうかと不安な気持ちを、江上先生に伝えた。
先生は、私の話をずっと「うん、うん」とうなずいて聞いてくれている。
「なるべくわかりやすく説明しようとは思うんですけど、私もそんなになんでも知っているわけじゃないから、最後はちょっとうんざりしちゃうんです。そんな自分も嫌なんです」
江上先生は、にっこり笑った。
「相手の疑問に全て答えてあげたいけど、それができなくて、辛い思いをしているんだね」
瑠璃は、自分の気持ちをわかってくれる江上先生の言葉が嬉しい。その嬉しさをちょっと隠すように目線を伏せて、考えるように言った。
「うーん、辛いとまではいかないのだけど、自分にも限界があるから。それに、辛いのは、航輝くんだと思うんです、日本のこと何も知らないんだもの」
「『航輝くん』というのか、その転校生は。いい名前だね」
先生のその言葉を聞いて、瑠璃は、目を輝かせて答えた。
「はい、私も最初聞いた時、素敵な名前だって思いました」
「そうか、仲良くしたいんだね、彼と」
「はい。だから、日本のことを好きになって欲しいんです。でも、彼にいろいろ説明している、私たちがいつも当たり前のようにやっていることが、実は、当たり前ではないのかもと考えてしまうんです」
「その視点は大事だね、瑠璃ちゃん。どうして、そう考えたのかな?聞かせてくれるかい」
瑠璃は、言われるまま、航輝に放課後の掃除について説明したことを話した。
「小学生の時から、ずっと授業が終わったら、お掃除をしてきました。だから、そうするのは当たり前だと思っていたんです。けど、何も知らない人から見たら『なんで掃除するの?』と疑問に思う。そうなると、『それは、当たり前だから』と思っている自分の方にも問題があるのでは?と考えたんです。実際、数カ国を除いて、海外のほとんどの国が、学生が放課後掃除をする習慣はないんです」
「なるほど」
「航輝くんに質問されて、思い出したのだけど、私も小学生の頃、なぜ掃除をするんだろうと思い、調べました。でも、いつも間にかそんなことも考えなくなっていて……。実際、掃除の時間にサボっている人はいるし、それなのに『みんなやっているのだから、やって!』みたいな言い方したから、押し付けちゃったかなと思っているんです」
「航輝くんは、なんと言っていたのかな?」
先生のその質問に、瑠璃は、ため息をつきそうになった。
「やっぱり私の説明の方法が悪かったみたいです。『掃除が学習の一環なら、こんないい加減な掃除は意味がないだろう』みたいなことを言ってました。彼、ちょっと考え方が大人なんです」
「そう言われて、言葉に詰まってしまったんだね」
「ええ、さらに『適当を覚えろというのか』と言われちゃって、私ちょっと怒っちゃいました」
「『適当』?」
瑠璃は、その時、航輝に言い訳がましく説明した内容を話した。
「ほほう、彼は、真面目な性格なんだね。でも、瑠璃ちゃんを怒らすとは、彼もなかなかのもんだ」
「先生……」瑠璃はちょっと上目遣いで睨んだ。
「私だって、怒りますよ。両親とも蒼隼とも喧嘩もするし、親友とも喧嘩します」
「ごめん、ごめん、悪かった。瑠璃ちゃんがボーイフレンドのことを話すから、ちょっとからかってみたくなった」
「ボーイフレンドじゃないです。転校生です」瑠璃は、顔を赤くして答えた。
「わかった、転校生だね。つまり、瑠璃ちゃんは、自分が思ってもいないことを、その転校生の航輝くんが言ったから、戸惑ってしまったんだね」
先生は、転校生を強調して聞いてきた。瑠璃は、それもなんとなくわざとらしくて、まだ先生を睨んでいる。
「はぁ、しかし、僕も高校の掃除時間は、ゴミ捨てだけとか、ベランダの掃除とか言って、よく友達とふざけていたからな。そんな真剣に掃除のことを考えたことなかったよ」
先生の言葉に、瑠璃は、ちょっと肩の力が抜けた。
「そうなんですよ……」
「それを思うと、瑠璃ちゃん、よく一生懸命説明したね。偉いぞ」
「ありがとうございます。自分で言ってびっくりしました。私も効率を考えて掃除したことなんでないです」
「あはは、そうだね。でも、皆で分担して掃除すること自体が効率的だから、瑠璃ちゃんの言っていることは間違っていないと思うよ。それに、掃除を押し付けたわけでもない」
先生は、瑠璃の気持ちをゆっくりほぐしてくれる。
人それぞれ考え方の違いはある。自分だけの考えを、押し通すのは、自分勝手の行動と言えるだろう。
しかし、今回のような場合は、違う視点から考えるのがいい。
瑠璃は、ルールを説明したのであり、そのルールをどう受け取るかは相手次第。押し付けではない。逆に、「なぜ掃除をしなければならい」との理由を、日本の歴史から説明したのは、褒められることだ。瑠璃が心配することはない。
だが、その説明を受けて、その後相手がどう行動するかは相手に任せた方がいい。行動まで指図するのは、押し付けというより監督になってしまう。
ルールに従わなければ、罰せられる。その辺りは、世界共通だ。
日本の学校では、みんなで掃除をするというルールがある。そのルールに従わなければ罰を受ける。例えば、自分は、掃除をしたくないのでしない。すると、その生徒は、先生から罰を受けることになる。
逆に、今後航輝くんが、修行僧のごとく完璧な掃除をしていても、それはそれでいいとすればいい。まぁ、行き過ぎであれば、声をかける程度にして、彼の適応力を見守ってみてはどうか。
先生の話を聞いて、瑠璃は、納得した。
「はい、先生。ありがとうございます。気をつけます」
「気分は晴れた?」
「晴れたけど、逆にちょっと言いすぎたことも思い出した」
「どうした?」
「航輝くんに『完璧な掃除がしたいなら、自分の家でやれ』と言ってしまった」
「あっはは!」
先生が、体をくねらせて笑った。
「そうかそうか、でも、結構いいアイディアだな、それは!」
「うん、でもその時に彼が、『適当にやれというのか』と言い返してきたの。やっぱり先生が言うように、相手の行動まで、あれこれ言っちゃダメだね」
さらに先生が、大きな声で笑った。
「もう、そこまでわかったのなら、大丈夫だ。彼も、最後は怒ってなかったのだろう?」
「はい、逆に慰められました。それで、私の中に罪悪感というか、その時、どう伝えるのが一番よかったのかと思ったんです。私たちの当たり前を押し付けたら、いけないかもと考えたんです」
「そう思って行動するのは大切だ。人間関係において、『当たり前』というのは、時に甘えになる。『当たり前だから、言わなくてもわかるだろう』『この状況なんだから、やってくれて当たり前だろう』とう考えは人間関係をこじらせる。夫婦関係、親子関係、友人関係も全て同じだ。今、そこに気づくことができた自分を褒めていいよ、瑠璃ちゃん。それと、一つ、人生の先輩としてアドバイスしてもいいかな?」
瑠璃は、目でお願いしますの合図をした。
「瑠璃ちゃんが、転校生の疑問に全て答える必要はないと思う。話を聞いていると、僕たちにだって。彼の質問意は、正確に答えられない。だから、逆に一緒に考えてはどうだろう?『なんでだろうね?』とか『一緒にやってみたらわかるかも!』と提案するんだ。そうすれば、責められている気持ちは少なくなるんじゃないか?」
「なるほど、納得できます。次からは、そう答えるようにします!」
瑠璃は、肩をすくめて、満面の笑みで江上先生を見た。
「ただいま」
江上先生のカンセリングを終えて、瑠璃は家のドアを開けた。すると、母と弟の蒼隼の笑い声がした。瑠璃は大きな声で呼びかけた。
「お母さん!いるのぉ?」
ちょっと間があって、ガチャっとリビングの扉が開いた。母が顔を覗かせた。
「おかえり!江上先生のところに行ったのね。どうだった?」
「お母さん!今日、遅いって言ってたじゃん」
ちょっと甘えたように拗ねた声をだす瑠璃。
「ごめん、ごめん。思った以上に早く仕事が終わったの。さ、早く入りなさい」
いい匂いが漂っている。蒼隼が何か作ってくれたんだ。加瀬家では、男性陣の方が料理が上手い。ちなみに、掃除、整理整頓も男性陣のお得意部門だ。
「蒼隼、ただいま。遅くなっちゃった。ごめん」
「あー、おかえり」ちらっと瑠璃を見て、蒼隼が答えた。
「すぐ夕飯よ。今日は、『リサのお店』のオムライス!テイクアウトしてきちゃった!」
テーブルの上には、すでに、彩り鮮やかなサラダが準備されている。
「俺も、今日は、オムライスにしようと思っててさ。オニオンスープとサラダ作っておいたんだ。姉ちゃんが帰ってから、作ろうと思ってんだけどさ、母さんがオムライス買ってきた」
「ホワイトソースのと、シーフードオムライス。それとベーシックなのと3種類。みんなで少しずつ食べましょ」母の提案に、瑠璃が答えた。
「賛成!!」
私の大好物がオムライス。子供の頃、どこに行っても頼んでらしい。
母が、テーブルに夕飯を広げながら聞いてきた。
「どうだった、江上先生は。何かあった?」
「ああ、大したことないの。今日から、転校生が来てね、どう対処していいかわからなくて……。席が近いから、明日からも話をするだろうし、早めに解決したかったの。お母さんが早く帰ってくるなら、お母さんに相談してもよかった内容よ。心配しないで」
「そう、よかった。気負わずにね」
「うん、ありがとう」
「母さん、炊いちゃったご飯どうする?冷凍する?」蒼隼が母に尋ねた。
「そんなにたくさん炊いちゃったの?」
母は、私から離れて蒼隼のそばに行って、炊飯器をのぞいている。母も、蒼隼も、カウンセリングに行った私のことを心配したんだ。
もう、そんなに心配しなくてもいいのにな。
そう思いながら、瑠璃は、二人の様子を見ながら、ちょっと苦笑した。
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