第3話 おそるべし
思っていた通り航輝は、瑠璃のクラスの転校して来た。席も、瑠璃の後ろだ。
お互い初対面の振りをする。瑠璃は、女優にでもなったかのようで、ちょっと面白かった。
しかし、かっこいい航輝を、クラスの女子がほっておくわけがない。彼が、教室に入るなり、女の子たちは、色めき立った。
そして、次の休み時間に、航輝の席には、女子の囲いができた。瑠璃など、椅子に座ったまま、机ごと前に押しやられた。女子パワー、侮るべし。
教室の出入り口には、どこから聞いたのか、他のクラスの女子も覗いているのだ。
瑠璃は、ちらっと、後ろを振り向いて、女子の囲いの中の航輝を見た。驚きの表情で、固まっている。さっきまでは、外見も、態度もクールだった。
が、女子高生相手では、そうもいかないのかもしれない。
瑠璃は、一人で、ちょっと笑った。
そして、思い出した。朝、航輝と別れ際、「私に何か手伝えることがあったり、助けて欲しいことがあったら、声をかけてね」と瑠璃は言った。
でも、航輝は、光の存在だ。時間を操れて、男にも女にも変わることができる。他にも、自分が思うより、より多くのことができるはず。そんな彼が、困ることなどないだろうと思った。
「お手伝いできれば、あの音と光の会話をもう一度楽しめると思ったけど、無理っぽいなぁ〜」
そう思いながら、瑠璃は、背後の黄色い声を聞いていた。
しかし、航輝からのSOSは意外に早かった。
2時間目の英語の授業が始まると、すぐに頭の中に、航輝の声が響いた。
「助けて欲しいのだが……」
瑠璃は、授業中にも関わらず、思わず「えっ!」っと言い、立ち上がってしまった。ガタッと音を立てて、席をたった瑠璃に、教室中が振り向いた。
「加瀬、どうした。俺の発音、おかしいか?お前の方が、上手なのは知っている、少し大目に見てくれ」と先生が言うと、ドッと笑いが起こった。
瑠璃の英語力は、先生たちも、他の生徒も認めるほど素晴らしい。
「すみません。違うんです。なんでもないんです」瑠璃は肩をすくませ、あやまった。
「続けるぞぉ〜」という掛け声とともに、教室は静かになった。
助けることなどないだろうと思った矢先に、航輝からのヘルプ要請だ。びっくりしたし、少し嬉しい。瑠璃は心を落ち着けて、航輝の声に答えようとした。
「航輝くん?どうしたの?」っと心の中で思った。
すると、瑠璃の声に光が集まり、白く輝くものにつつまれた。
「あれ?屋上?」
気がつくと学校の屋上だった。目の前には、航輝が屋上のヘリのところに座っている。
「航輝くん、どうしたの?なんか……ほんのちょっとの間に、やつれたみたい」
「――困った。女子学生とは、あんなにも恐ろしいものなのか?」
どうやら、休み時間に女子に囲まれたことを言っているようだ。まぁ、確かに、女子学生に免疫のない航輝にしてみれば、恐ろしい出来事だろう。普通に、人間に囲まれても、驚くだろうし。
「うーん、転校生は珍しいし、それに、航輝くんがかっこいいからね。女の子は、ほっとかないと思うよ」
航輝は、背が高くて、細身だ。栗色がかった髪と色白の肌。それで、目元は、ギリシャ彫刻のようにはっきりして、さらに涼やかさだ。間違いなくアイドルやモデルでいける。その容姿を持って、女子学生に騒がれないはずがない。
「かっこいい?私がか?」航輝は、不思議そうに答えた。
「そうよ、自分の姿、みたことないの?」
「いや……まぁ、確かにあらてめて、自分の姿を見たことはないな。この姿は、以前から使いまわしている形なのだ」航輝は答えた。
――使いまわすっていうものなのでしょうか?人間の肉体って……。
確かに、その容姿なら、男でも女でもいける感じ。
「以前は、あんな風に騒がれなかったの?女性であったとしても、よくモテたでしょう?」
「モテる?異性から好かれるってことだね。そういうこともあったかもしれないが、あそこまであからさまではない。大人だったこともあり、ていよくあしらえた」
瑠璃は、クスッと笑った。大人なら、それなりに、距離を取りつ自分の気持ちを伝えるのだろうけど、若い、それこと女子学生には、恋のやりとりなど、単純なものしかない。
押すか、秘めるかだ。
「私がいうのもなんだけど、航輝くん、彼女たちのアイドル的存在なのよ。それに、最初だし、物珍しいさも加わって、大騒ぎになっちゃったのかも。そのうち、収まるわ」
「この姿は、学生には、少々刺激が強いのか」
「学生だけじゃないわよ、多分、道を普通に歩いていても、皆振り向くと思うわ。アイドル顔負けのルックスだもん。きっと芸能界からスカウトされるわよ」
「そういうことか」と航輝は、首を傾げて、ちょっと考えているようだ。
「その容姿は、変えられるの?」と瑠璃は聞いた。瑠璃もかっこいい航輝の姿を見るのが好きだ。変わってしまうのは、ちょっと残念だな思った。
「いや、この形に変えはない。男女や年齢を変えることはできるが、基本、このままだ。ただ、存在を薄くすることができる」と瑠璃の方を見て、航輝は答えた。
「存在を薄くする?なにそれ、透けて、幽霊見たくなるの?」
「そうではない。それなら、人間の形など必要ないだろう。なんと説明すればいいのか……。そこに、いるか、いないかわからないように自分を調整するんだ」
それを聞いて、瑠璃の頭の中では、クエスチョンマークが飛び交ったが、またクスッと笑った。
「存在感のない人っているけど、そんな感じなのかな?」
「存在感のない人?いろいろ不思議な言葉があるのだな、人間には。今は、その言葉の意味は、追求しない。とにかく、私と話しても、記憶に残らなくなる。顔も記憶に残らない」
「それじゃ、名前もわからなくなるんじゃなの?クラスメートじゃなくなっちゃうじゃない」
「いや、その辺は、大丈夫だ。君に説明できないが、私はみんなのクラスメートだ」
「座敷わらしみたいじゃない、航輝くん」と瑠璃は、ちょっと不満げだった。
人間の情報を集めに来たと言え、一緒に学生生活を楽しめると思っていたのに。でも、確かに今のままじゃ、航輝くんに恋する女子も大勢出てくるだろうし、大変な騒ぎになるのは間違いない。
っていうか、現時点で騒ぎになっている。瑠璃が考え込んでいると、航輝が聞き返した。
「座敷わらし?」
「うん、日本のおとぎ話に出てくる不思議な存在の子供のことよ。『守り神』って存在らしいけど。いくつか言い伝えはあるのだけど、例えば、子供達が集まってお家で遊んでいると、9人しかいないはずなのに、数えると10人になっているの。でも、みんな知らない人はいないの。そんなお話しよ」
「まぁ、そんな感じでいいじゃないか。私に、興味を持たれるの困る。先ほどのように、質問ぜめにされると、なお困る」
「適当に、答えればいいんじゃないの?」
「『どこから、来たの?』『好きな食べ物は?』『好きな色は?』『彼女いるの?』……どう嘘をつかずに『適当』に答えたらいい」
「『どこから来たの?』には、『外国から』、そう、『アメリカから』って言えば?その容姿なら、いけると思うわ!」
「私は、嘘はつけない」とちょっと投げやりに答えた。
「日本じゃ『嘘も方便』っていうのよ。それに、嘘つけないって言ったって、ここに入るのに、いろいろ書類とか提出したでしょ?そこには、なんて書いたのよ。それも、立派な嘘よ。っていうか、法に反するのよ」
「そんなもの必要ない。どうとでもなる」
それを聞いて、瑠璃は、はぁっと肩を落とした。確かに、航輝ならどうとでもできると思う。ただ、嘘はつけないっていうのは、厄介だ。
「今までは、どうしていたのよ?いろんな国や場所で、調査してたんでしょ?」
航輝は、頷いて瑠璃の話に答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます