第2話 光のコミュニケーション

 美しい新緑の中で知り合った彼は、自分のことを光の存在だという。

 

 何度も地球に来て、人間に姿を変えて生活を送っている。彼らは、光そのものなので、性別はないとのこと。今回は、男性の学生を選択したらしい。今までは、女性の形をしていたこともある。


 人間と違って、肉体に支配されているわけではないので、植物などと同化しやすい。彼が、瑠璃に、光の状態を見られたのは、新緑のきらきらしたエネルギーを感じ、それと共感していた時だという。つい、人間の形を維持するのを忘れたと言っていた。


 不思議。


 瑠璃は、目の前にいる男の子をじっと見ながら考えていた。彼は、人間の形をしているけど、人間じゃない。今でも、なんとなく信じられないけど、肉体の声を使わず会話しているのだから、人間じゃないんだろうなと理解できる。


「なぜ、逃げ出さなかったの?」


 彼が聞いてきた。


「あの状態で、逃げられるわけないでしょ。動けなかったの、あまりにもびっくりして!」


 瑠璃は、ちょっと興奮気味に答えた。すると、彼が顔を上げて笑った。


 すると、身体中に、シャラシャラと小さな金属が触れて奏でる音が身体中を走った。金色の粉を撒き散らし、細かくやわらかい音は、とても心地よくて、私も楽しくなった。


「そうか、ずっと逃げないから、私の方がびっくりしたくらいだ」

「びっくりしていたの?どっちかって言ったら、威嚇してきたような気がするけど?」


 瑠璃は、少し冗談めかして答えた。かなり打ち解けてきた。


「君は、不思議だ。普通、この状況になるまでに、私たちは人間に拒絶されるのだけど、君は、自然だ。なぜだろう」


 それには、瑠璃の両親の影響と、ちょっとした体験が関係しているんだろうなっと瑠璃は思い、彼に説明をした。


 瑠璃の父親は、パイロットをしている。国際線のパイロットだ。瑠璃は、子供の頃から、帰宅した父から、いろんな国の様子を聞くのが好きだった。その時、父の不思議体験も聞くことがあった。


 父は、長時間操縦席に座っていると、時折、未確認飛行物体を見ることがあるんだと教えてくれた。目の錯覚かもしれないので、大騒ぎはできないが、父は、絶対地球外の物体だと主張している。


 また、母は、理論物理学者だ。物質の法則から、宇宙の法則など幅の広い研究を行うのが、物理学者。物理学は、様々な現象、もちろん自然現象なども理論的に説明する。その母から、世の中は、不思議で成り立っている。自分の理解を超えた現象に囲まれていると子供の頃から聞いていた。


 その父と母の趣味は、天体観察。瑠璃と瑠璃の弟、蒼隼あおとも、もちろん、天体観測が好きになった。


 これに、何年か前の、駅の階段での不思議な体験が重なり、瑠璃は、自分の理解を超えた存在はいると信じていた。


「父と母は、『地球も生命体だ』という人なの。だから、他の人よりは、不思議体験も受け入れられるのかもしれない。実際、地球だけに、生命体があるとは思えないほど、宇宙は広いしね。あなたが、本当に宇宙人かどうかはわからないし、思えないど、どっちにしても、悪い人……悪い対象じゃないのはわかるわ」


 瑠璃は、そう伝えた。その時、彼から輝く小さな光の粒子を感じた。


「ありがとう」


 その言葉と一緒に、光の粒子が瑠璃を包み込む。


「ねぇ、あなたの言葉が身体中に響くわ。光とか綺麗な色とともに。私の言葉も、同じようにあなたに響いているの?」


 瑠璃が問うと、彼はそっと頷いた。


「へぇ〜、面白い。私の思いはどんな風にあなたに響いているのだろう。知りたいなぁ」

「……さっきまでは、硬い青い雲で覆われた感じがしていたけど、今は、柔らかい水色の光を感じるよ」


 その答えを聞いて、瑠璃は、嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。瑠璃と彼は、洪水のように溢れるレモンイエローの輝く流れに包まれた。


 彼の世界では、全てのコミュニケーションは、イメージが先行すると教えてくれた。


 瑠璃が体で感じる、響く言葉がそれなのだろう。彼の話を聞きながら頷いた。確かに、キラキラ感が増えた感じがするときは彼が笑顔だったり、笑っていたりする。


 彼は話を続けた。


 彼らの世界では、誰が誰という識別を必要としない。すべてが一緒。これは、人間には、理解するのが難しい感覚だと思う。そのことを彼も、地球に来てから、知った。


 彼の世界の話は、確かに理解し難いところもあったが、興味深い。


 話を聞きながら、ふと瑠璃は思った。そして、尋ねた。


「地球には何しに来たの?」

「人間を知るために、ここにいる」

「知って、どうするの?」

「人間に必要なものが、何かを考えるんだ」

「ふーん、人間のために、地球に来てくれたのね。嬉しいわ。ありがとう」


 瑠璃は素直に感謝した。そして、続けた。


「それより、うちの学校の制服着ているってことは、今回は私たちの学校に通うの?」

「そうだよ、転校生として今日から通うことになる」

「――あれ?もしかしたら、私たちのクラスかも知れないわ。昨日、机が一つ、運ばれてきたの。先生は、何も言わなかったけど、机が増えるってことは、転校生か何かがくるのかなって思ってた。私の後ろの席よ」

「そうか、同じクラスか。君と一緒なら楽しそうだ」


「私、加瀬瑠璃。あなたは、ここではなんと名乗るの?」

「こうき……早川 航輝こうきと名乗る」

「名前の漢字は、どう書くの?」

「航海の『航』に『輝く』と書く」


「いい名前ね。あなたにぴったりだわ。」

「君の名前『瑠璃』とは、『青色』のことだよね?爽やかで君らしい」

「うふふ、ありがとう。父と母が天文が好きでね。「青い地球」にちなんでつけてくれたの。弟は『蒼隼(あおと)』って言うの。青々姉弟なのよ」


 嬉しそうに話す瑠璃から、淡いピンクの光がにじむ。


「楽しみだわ、あなたと一緒のクラスだなんて」

「私も僕もだ。さぁ、もうそろそろ元の世界に戻ろう」


 すると、今まで光の存在から彼から感じていた暖かなものが、徐々に弱くなっていく。


 言葉を使わないコニュニケーションに慣れてきた瑠璃は、少し寂しい気がした。言葉だけでなく、気持ちが輝きや色で伝わるのは、相手の思っていることがわかりやすくていい。


 すると、少し青みがかった白い空気が、波打つように流れてくるような感じがした。


「あれ?・・光の人は、彼は、何か、考えているのかな?」


 次の瞬間、瑠璃は、はっとした。光の存在が名乗るはずの、彼の名前が思い出せない。


 「なんで?それに、私……何してたんだっけ?えっと……」


白い空気が、瑠璃を包み込む。


「何か?何?あっ、そうだ。光の人と話をしてた、助けて!!光の人!!」


 すると、たくさんの藍色の光る玉が、螺旋を描きながら、瑠璃を捉えた。小川のせせらぎのような声だ。


「ごめん、怖がらないくて大丈夫だ。怖くはない。君の記憶から、私の記憶を消しているだけだ。本当は、記憶はすぐ消すべきだった。でも、私も好奇心があった。日本に住む者は、どのように私たちを考えるのだろうと。君のおかげで、楽しい時を過ごせそうだ。だが、ここで起こった記憶は消さなければならない」


「だめ、記憶は消さないで!せっかく、仲良くなれたのに!」

「高校で会えるよ。」

「その時は、私、この体験も忘れちゃうのでしょ?本当のあなたのこと忘れているのでしょう。それは嫌!」

「また、高校で仲良くなればいい。」

「その出会いと、ここでの出会いは違うわ。大切な私の記憶よ。消さないで!」


 瑠璃は、心から願った。自分の周りから、薄紫入りの光沢のあるリボンが巻き上がるのを感じる。


 薄紫のリボンは、私を覆っていた青みがかった白い波を囲んでいく。すると、その波の色が、少しずつ薄くなっていく。


「『祈り』か……。参ったな……。これも宇宙の法則なのだろう」


 瑠璃が感じていた藍色の光る玉が、明るさを帯びてクリアな青になった。光を放ちながら、やはり螺旋を描きながら、瑠璃の周りに飛び回る。光の存在は、少し首をかしげて、嬉しいような、困ったような表情をしている。


「航輝くん。ありがとう」


 瑠璃の記憶は消えていなかった。航輝は、凛とした態度で、瑠璃に伝えた。


「私のことは、他言されては困る。誰にも言わないと約束してくれ。約束が守れない時は、それまでの記憶を全て消すことになる」

「うん、約束するわ。その約束が守れなければ、その時は、あなたのためにも、私の記憶を消して」


 瑠璃は、しっかりと航輝の目を見ていった。さらに続けた。


「たとえ、私が暴れようともね!」


 ちょっと、いたずらっぽい目線で、笑いながら瑠璃は言った。


 それを聞いて、航輝も笑っている。瑠璃は全身に、暖かく、柔らかいものを感じる。


「君は、暴れるのか?それも困る。やはり、今のうちになんとかしたほうがいいのかもしれないな」


 軽口を叩く航輝は、ただの高校生にしか見えない。


「人間は、不思議だ。いろんな側面から、許される存在であることを思い知らされる。特に、今回のことは、君だからかもしれないけど」


 航輝は、瑠璃を見ながら呟いた。

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