第1話 出会い

 5月。


 新緑のやわらかい黄緑色がまぶしい季節。瑠璃の家の周りの木々も、待ち望んだ初夏の陽射しに、背伸びしているようだ。


 そんな新しく生まれた葉っぱたちを、眩しそうに眺めながら瑠璃は、学校に向かって歩いた。


 すると、一際まぶしい陽射しが、目に飛び込んできた。


 瑠璃は、軽く目をつぶって、顔をそむけた。そしてそっと目を開けながら、ゆっくり光の方向を見ると、その光は、辺り一面を覆うほどの大きさだった。


「綺麗……」


 瑠璃は思わず呟いた。その光は、白っぽい黄金色で、薄く虹色にも輝くのだ。


 周りの木々の新緑が、反射しているのが、時折、光が見せる、黄緑色がかる黄金が、最も美しい。


 その美しい様子を、楽しんで見ていた瑠璃の表情が少しずつ、こわばっていく。それと同時に、鼻から大きく息を吸い込んでだ。肩が大きく上がるのがわかる。


 そして、息をのむ。


 光の中に、黒い影ができる。その影は、渦を巻き、徐々に色を帯びていく。


 瑠璃は、まばたきもせず、その一連の様子を見ていた。思考が止まる。


 その影が見覚えてのある形に変わった。人間の影に間違いない。さらに、色がはっきりしてくると瑠璃の思考がまた動き出す。瑠璃は、眉間に皺が寄るのがわかった。胸のあたりが、見慣れた色合いになってきたからだ。


「うちの男子生徒の制服?」


 少しずつ、顔の部分もはっきりしてくる。にも色が現れる。整った輪郭、色白の肌、薄茶色の髪。


 そして、涼しげな目元。整ったその容姿は、彫刻のようだ。


 少しの間、瑠璃と光の中から出てきた男子高校生は、見つめあっていた。


 瑠璃は、ごくっと息を飲んだ。「見ちゃいけないものをみた」と本能で感じた。


「逃げよう・・・」


 瑠璃は、後ろへ後ずさりをした。その歩調と合わせて、彼が近づいてくる。カバンを持つ瑠璃の右手に、自然と力が入る。カバンが、ぎゅっという音を立てているようだ。


 走り去ろうとした瞬間、頭の中に、爽やかで、やわらかい音が響いた。

「大丈夫だ、逃げなくていい」

 その言葉が、風鈴の音のように、瑠璃の頭の中に広がる。

「音?・・・違う、声?」


 瑠璃は、気が遠くなりそうだった。頭の中に響く声は、瑠璃の体の中に、空洞を感じさせた。今までの自分とは、全く違う存在になったようだった。その体験したことのない感覚が、恐ろしかった。自然に、軽く首が振れ、膝がガクガクした。膝が抜けそうになる。泣き出したくなった。


 パニック状態だ。自分に起こっている状況を把握できない。瑠璃が、叫びそうになった瞬間、温かなものが、体の中に広がった。それは、瑠璃の体全体を包み込んだ。


「……浮いてる?私、宙に浮いてるの?」


 ふんわりとした感覚が気持ちよくて、その感覚に身を委ね、目をつぶった。


 どのくらいそうしていたのか。また、頭の中に、音が広がった。


「驚かせてすまない。君に危害は加えない」


 音楽が流れるように響く声。慣れると心地よい。


 そっと目を開けると、目の前に綺麗に整った端正な少年の顔があった。瑠璃は、驚いて思わず目を見開いた。


 彼は、うっすらと笑って、瑠璃から離れた。

「落ち着いたみたいだね。問題なさそうだ」


 今度は、頭の中に響かない。瑠璃の耳から、涼やかな彼の声が聞こえた。その声からは心なし、ほっとした感じが伝わってくる。


「あなた・・・誰?っていうか、何?」瑠璃は、即座に聞いた。


 彼は、瑠璃の目をじっと見ている。すると、今度は最初と同じに、頭の中に声が響いた。


「君の見た通りのものだ。他に言いようがない」

「言いようがないって・・人間の格好しているけど、光がぐにゃぐにゃてして、人間の形になったじゃない。あれ何?あなた、人間じゃないよね?」


 瑠璃が、重ねて聞くと、彫刻のような顔が小さく上下に動いた。


 瑠璃は、睨みつけるように、その端正な顔をじっと見た。そして、心の中で考えた。


 宇宙人か、なにかだよね。光から出てきたっていうより、光が変化して、人間の形を作ったんだから。瑠璃は、ごくっと唾を飲み込んだ。


 まさか、ドッキリテレビ!とかじゃないよね。この場所で、あんなイルージョン、できないと思うし。


 私の見間違いじゃなければ、この人は、宇宙人。でも、今は、人間の姿をしているから、宇宙人と言われても、どうもピンとこない。


 瑠璃が、ごちゃごちゃ考えていると、その思いに絡みつくように、やはり風鈴のような彼の声が、今度は、瑠璃の体の中で響き始めた。


 声の感じからして、彼は、面白がっているように感じる。そして、多分、笑っている。


 なぜなら、瑠璃の中で、やわらかい、小さなオレンジ色の泡が、優しくぽん、ぽんっと弾けているみたいだからだ。


「マジックではないよ。それより、ドッキリテレビってなに?だいぶ、冷静になったみたいだね。」


 どんどん変わっていく感覚に、瑠璃は驚いた。


「ちょっと待って!!あなたの声が体全体に響くわ、さっきまでと聞こえ方と全く違うの!」と瑠璃は叫んだ。


「君が、私に興味を持ったからだ。人間の言葉では、『心を開く』とでもいのかな?そうなると、言葉を心で受け取る。それに、体が反響するのだ」


「え?そうなの?って言っても状況がつかめない。体の感覚が変。上下左右がわからないぃ!!」そう、瑠璃は声を出し、目をつぶった。


 その時、瑠璃は、体の中に、ぽわんとしたものを感じた。


「突然じゃ、びっくりする、ごめんよ。これが私たちの世界でのコミュニケーション方法なんだ。魂は同じだから、空間さえ整えば、この方法で通じ合える」


「私と同じ魂?宇宙人じゃないの?もっとわかんない!!!」

「はは、面白いな」

「何が面白いのよ!!何とかして、バランスがおかしい」

「少し経てば、さっきと同じで、また慣れるよ。君がこの状況に慣れるまで、もう少し、待つことにしよう。大声を出しても、この空間なら君の声は、誰に聞こえることもない」


 そんなことを繰り返し、やっと瑠璃は、不思議な存在と彼と落ち着いて話をすることができるようになった。

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