第5話 捕り物
いつもより早く警視庁の入口をくぐった黒川は、渡り廊下を通って別館に入ったところで、ふと足を止めた。
自販機コーナーの方から聞き覚えのある話し声が聞こえてくる。
「──川もね、昔はあんなじゃなかったのよ。とても優秀な刑事だったわ」
「やっぱり、三年前の事件からってことですか?」
「そうね。大切な人をあんなことで亡くして……まあ、普通の亡くなり方じゃなかったから、無理もないんだけどさ」
三年前の事件以来、黒川は自分に向けられる同情や憐みの視線をずっと受け続けてきた。様々な噂話も耳にした。
黒川の生活が荒れはじめると、向けられる視線は同情から諦めへと変わっていった。中には、堂々と軽蔑の目を向ける者さえいたが、気にはしなかった。
誰が何を言おうと、何も感じない。
黒川は、さっさとその場を立ち去った。
モニター室で昨日の
「あっ先輩、おはようございます! 昨日は大変でしたね。まさか火事に遭遇するなんて」
「ああ、まあな。おまえの方はどうだった?」
「いえ特には。ただ……柴田主任から、昨日の歩行者の中にハンターがいた可能性はないのかと聞かれました」
「ハンター?」
黒川は眉をひそめた。
ハンターというのは、警察がヒューマノイドの確保を委託している外部業者の通称だ。
「そんな訳ねぇだろ。奴らがいたなら、自分たちですぐにヒューマノイドを確保して手柄にしたはずだ。一体回収するごとに報酬を受ける出来高制のあいつらが、ヒューマノイドを通路に転がしたまま警察を待ってるはずがねぇ」
「ですよね。ぼくもそう思ったんですけど……さっき柴田主任から、このロボット処理班が廃止されるかも知れないって……そういう噂があるって聞きました。外部業者に完全委託するそうです」
木島の言葉に、黒川は思わず息を呑んだ。
外部業者に完全に委託すると云うことは、ヒューマノイドの発見から確保、処理工場への移送までの全てを、ハンターに任せると云うことだ。
ハンターも処理工場も民間の組織だ。どちらも、ヒューマノイドの製作していた会社の技術を継承している。今まではその流れに警察の監視の目が入っていたが、そこから一切手を引くということだ。
確かに、わからなくはない。警察にとってヒューマノイドの回収は雑事だ。そんなことに時間を割かれるよりは、実際の事件────ヒューマノイドによる事件なら、主犯を逮捕することに力を入れたいだろう。
「……本当なのか?」
「はい。だから……真面目に仕事しないと、クビになるって脅されました」
「柴田のヤツ……」
「どうしましょう先輩! ぼくやっと刑事になれたのに、このままクビになっちゃうんでしょうか?」
負のオーラをまき散らしながら、木島がうなだれる。
「バーカ。おれはともかく、おまえはクビになったりしねぇよ」
黒川が口元を歪ませて笑ったとき、荒々しくドアが開き、祐美が駆け込んできた。
「これから違法ロボットのバイヤーの根城を叩きに行くから、あんたたちも来なさい! 外国のテロ組織とのつながりも疑われてる組織よ」
「何でおれたちが?」
「クビになりたくなかったら、つべこべ言わずについて来なさい!」
「はっはい!」
ビシッと敬礼をした木島が、上着を持って祐美の後を追っていく。
黒川は面倒くさそうにゆっくりと立ち上がると、彼らの後を追ってモニター室を出て行った。
〇 〇
湾岸エリアの寂れた倉庫街に、テロ対策課の刑事が集結していた。
倉庫のひとつを取り囲むように、いくつかの班が配置されている。黒川と木島は、祐美の班に混ざって建物を見上げていた。
『出入口は全て押さえた。これから突入する。犯人を全員逮捕できるよう、各班逃亡者に備えろ』
耳につけた小型インカムから、指示が伝えられる。あまりに久しぶりなシチュエーションに、黒川は戸惑った。
合図とともに突入が開始された。
怒号が飛び交う中、外側の警備に当たっていた祐美の班は、ただひたすら倉庫からの脱出者を見張っているだけだった。
誰もがこのまま終わると思い始めたころ、どこかに隠し扉があったのか、チンピラ風の男たちが数名抜け出してきた。
『C班、逃亡者を確認。追います』
目の前で合図を送る祐美の声が、インカムからも聞こえてくる。
散り散りになって逃げだした男たちを追い、黒川たちも走り出した。
黒川の前を木島が走っている。木島はぐんぐん速度を上げて男に近づくと、男の背中に飛びかかった。
地面に倒れ込んだ男と木島が、転がりながら殴り合いを始める。
(おおっ、木島のヤツ頑張ってんなぁ)
どこか他人事のように感じている自分に、黒川は自嘲の笑みを浮かべた。
(そろそろ潮時かも知れねぇな……)
久しぶりの捕り物だというのに、少しも血が騒がない。
ロボット処理班が無くなるのが、ちょうどいい区切りなのだと感じている自分がいる。
「うわっ」
顔にパンチを食らった木島が倒れ込む。
ようやく追いついた黒川は、木島を倒して逃げ出そうとしていた男を後ろから蹴り倒した。すかさず男の体にのしかかり、両腕を後ろにねじり上げる。
「木島! ほら、手錠と報告!」
「せっ……先輩っ!」
木島は赤黒く変色した顔をほころばせながら起き上がると、内ポケットから取り出した手錠を男の手にかける。
「こちら木島、一名確保しました!」
木島の声が誇らしく響き渡った。
〇 〇
湾岸エリアの倉庫街で、この日確保できたのは一体のヒューマノイドと六人のバイヤーだった。どの男もまだ若く、暴力団の末端組織のようでもあった。
事情聴取はテロ対策課が全部仕切っていて、黒川と木島は聴取の様子をモニター越しに見ることしか出来なかったが、それでも木島は大興奮だった。
「先輩、ぼく刑事になれて良かったです!」
「そうだな」
下校時刻に
事情聴取のモニターに目をやりながら、木島がつぶやく。
「ぼくは……日本を標的にした外国のテロ組織が、
「まあ、いろいろだな。外国のテロ組織が自爆テロにヒューマノイドを使うことは多いが、日本人が起こすテロもある。ヒューマノイドを買う人間も様々だ。犯罪目的のヤツもいれば単なるコレクターの場合もある」
「コレクター、ですか?」
「ああ。奴らの中には、法を無視してもヒューマノイドを手に入れたがるヤツはいるし、反対に売りに出すヤツもいる。こいつらは、その仲介をしてるんだろう」
「テロ組織に渡ったら大変でしたね。今日押収したのは男性型のヒューマノイドでしたけど、やっぱりイケメンでしたね。女性型の〈明日香〉といい、ビジュアルに力入れすぎじゃないですかね?」
木島は拗ねたような顔をする。
黒川は押収したHA型ヒューマノイド、通称〈
「……まぁ、それが日本人なんじゃねぇの? 何しろオタク文化の国だ。二次元でも三次元でもビジュアルを重視する傾向があるんだろうな」
「ぼくは正直、あのヒューマノイドの隣に立つ勇気はありませんよ」
「そうか。おまえはおまえで、結構モテそうなのにな」
黒川は、柴犬のような木島の顔を横目で見る。
「いえ、ぼくは規制法が出来て本当に良かったと思います」
すっかりイジケた木島は、イケメンロボットの敵になったようだった。
なだめたりすかしたりしながらテロ対策課の刑事たちが聴取を続けても、六人の男たちは誰一人としてマトモな受答えをするものはなく、結局この日の聴取は徒労に終わった。
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