第10話 終わりだ
「単身武器も持たずに殴りこんで来るなんて、どんなバカな奴かと思ったけど、全身義体のサイボーグだって言うなら納得だ」
全身を機械に変えたサイボーグは、通常の身体の一部を機械にしたサイボーグとは大きく異なる。
どこを撃たれても刺されても、死ぬことはない。
生身の部分に制限されて、義肢の出力を落とす必要もない。
倒すには個人で携行が難しいレベルの火力、例えば対物ライフルなどが必要になるだろう。
市街地での戦闘では無類の
「いらっしゃい緋狼。最近日本に来たって噂は聞いてたけど、まさか君みたいな大物と会えるなんて、オジサン嬉しいねぇ━━出来ればアポ取ってから来てほしかったがね」
フェイの刺すような眼に、気圧されまいと藤木は軽口をたたく。
「アポを取りたくても連絡先を知らなかったんだ。連絡先を知ってそうな柚香を、アンタらが攫っていったからな」
「それは申し訳ない事をした。ちゃんと事前に連絡をくれたら、もっと歓迎できたのに」
「歓迎はされたさ、銃弾の雨で」
「だけどアレくらいじゃ物足りないだろう? 君のボディなら、弱装弾なんてそれこそ雨粒と変わりないはずだ」
銃撃と斬撃で、フェイの衣服は所々が切り裂かれ、ほつれている。
それらの隙間から覗くフェイの身体は、メタリックな鈍色の輝きを放っている。
「……」
それを見て柚香は何も言えなくなってしまう。
監視モニターに映ったフェイを見ていたし、さっき藤木の口からもフェイの正体──サイボーグであるという事は聞かされていた。
それでも直に見るまで実感を持てなかった。
「待ってろ柚香」
フェイが藤木から柚香に視線を移す。
頬が緩み、いつもの笑顔に戻っていた。
「すぐに助ける」
その笑みで。
その声で。
柚香の胸はいっぱいになる。
「……うん!」
それを藤木は面白くなさそうに眺めていた。
「盛り上がってるとこ悪いけどさ、もしかしてもう勝った気でいるのかな?」
「ああ、
「それはオジサンを守る手駒がゼロだと思ってるからだろう? 俺の手駒はまだ尽きちゃいない」
藤木はリモコンを操作した。
「来い、ブライアン」
支部長室の壁がスライドした。隠し扉が在ったらしい。
「仕事か」
そこから一人の男が現れる。
白人の大男だ。
身長は一九〇センチはあるだろうか。盛り上がった筋肉を見せびらかすような、タンクトップ。オーバーサイズのゆとりのあるカーゴパンツにミリタリーブーツ。
見るからに威圧感のある男だが、その巨躯や恰好以上に印象的なのは目だ。
その青い瞳は、フェイを見据えているようでいて、何も見ていないようでもあった。
何というか、生きた人間の眼差しという気がしない。
監視カメラのレンズがこちらを向いているような、無機質な圧力を感じる。
「
なるほど。
藤木が虚勢交じりとは言え、強気な姿勢を崩さないのは、切り札となる戦力を隠していたからか。
このブライアンという用心棒の実力を、随分と高く評価しているらしい。
「やれブライアン! その赤毛を
「
ブライアンが身体を解すようにコキコキと首を鳴らすと、フェイを無感情な目で見下ろす。
温度のない目。
なんの躊躇もなく、人を殺せる殺戮者の目だ。
フェイはさり気なくブライアンの様子を探る。油断している様子もないが、武器を取り出して構える素振りも見せない。
この男もサイボーグ──徒手空拳で戦う腹積もりだろう。
フェイが攻めてくるのを待っているのだ。
ならばその誘いに乗ってやる。
先手必勝。
フェイは疾風のような身のこなしで間合いを詰める。
左の上段回し蹴りを見せ技にして、右の後ろ回し蹴りに繋げる
普通の人間であれば頭蓋が陥没、もしくは頸骨を砕かれて即死するだろう後ろ回し蹴りが鮮やかに決まった。
だが──
「なっ⁉」
ブライアンは倒れなかった。
それどころか微動だにしていない。フェイの踵が当たったまま制止している。
そして今までにない蹴り応えが、フェイの脳髄に危険信号を送る。
(この感触は……!)
フェイが内心で戦慄を覚えるのも束の間、ブライアンが反撃に出る。フェイの脚を払いのけて中段回し蹴り。
しなやかな動きで繰り出すフェイの蹴りが鞭ならば、ブライアンの蹴りは振り回される巨大な金棒。
咄嗟にフェイはガードを固めるが、その上からお構いなしに叩き付ける。
重機で家屋をぶち抜くような重い打撃音がして、フェイは壁まで吹き飛ばされた。背中を強打したコンクリートの壁が、ひび割れてボロボロと崩れる。
まるでトラックに跳ね飛ばされたような衝撃だ。
フェイはブライアンを凝視する。
後ろ回し蹴りを叩き込んだ首筋の皮膚が擦り切れている。その皮膚──否、樹脂でできた表面装甲から覗くのは無機質なプラグ。
このサイボーグにしても尋常ではないパワー、そしてフェイの蹴りを喰らっても倒れないタフネス。
間違いない。このブライアンという男、
「全身義体型のサイボーグ──」
「正解だ!」
狂ったように藤木が叫ぶ。
可笑しくてたまらないというように。
「ブライアンは全身にサイバネティクスを施した、正真正銘の全身義体型の戦闘サイボーグ。緋狼、貴様のような紛い物とは違うんだよ!」
「何?」
「気付いていないとでも思ったか? 貴様の弱点に」
藤木は得意げに鼻を鳴らす。
「貴様は大抵の攻撃は防ぎもしないのに、拳銃を向けられた時は真っ先に頭を庇った──全身義体と言っているが、首から上は生身のままなんだろう」
「……」
図星だった。
フェイは闇に流れた違法な義肢・義体を繋ぎ合わせて作られたサイボーグだ。脳を機械の頭部に移植する手術は受けていない。
「だがブライアンは脳核を移植して身体の全てを機械化している。弱点など何処にもない──おまけに身体の規格は全て軍用。お前のように民間規格の素体を改造した、チャイニーズメイドの玩具とは違うんだよ!」
フェイは身体の感覚を探る。
疑似神経が至る所で悲鳴を上げていた。身体の各部が想定以上のショックを受けて、比喩でなく軋んでいる。
民間規格の義体の頑強さなど、軍用規格の義体の前には張りぼてのようなものだ。
「勝負あったな。サイボーグの強さは義体の性能次第。貴様のような粗悪品の寄せ集めは、ブライアンの敵じゃない」
「……」
「──やれブライアン! そいつを今すぐスクラップにしろ!」
今度はブライアンから仕掛けた。
間合いを詰めると猛烈なパンチの
「おおおおおぉぉぉっ!」
フェイも全身全霊で迎え撃つ。
左右から飛んでくる砲弾のようなパンチを、片っ端から捌いていく。
共に手足だけでなく、胴体までも全て機械化したサイボーグ。その攻撃速度は手足など、身体の一部を機械化しただけのサイボーグとは訳が違う。
秒間十発以上もの攻撃をお互いに出し合い、共に防ぐ。
常人にはどちらが攻めて、どちらが守っているのか分からない。それほどまでにハイスピードな攻防だ。
互角の攻防を演じながらフェイは冷や汗をかき、ブライアンはほくそ笑む。
両者の戦闘技術にほとんど差はない。
それだけに義体の性能差が如実に表れる。
パワーや速度にほとんど差はないが、いかんせん耐久性が桁違いだ。ブライアンの攻撃をガードするごとに、フェイの手足は軋む。
加えてフェイの頭部だけは生身のまま──つまり顔面への攻撃は、全て致命傷になり得る。ブライアンは頭部も人工骨格に換装しているので、多少攻撃を喰らっても平気だ。
その差は、攻防の天秤をブライアンへと傾ける。
次第にフェイは押されていった。徐々にだが攻め込まれる局面が増えていく。
そしてついに──ブライアンの右ストレートをフェイが左腕でガードした時、耳障りな異音が鳴り響いた。
「ああっ!」
固唾をのんで見守っていた柚香の悲痛な声。
フェイの左腕が垂れ下がっている。
ブライアンの猛攻を受けて、ついにフェイの左腕は限界を迎えたのだ。前腕のフレームがひしゃげて歪み、掌からは配線が飛び出している。
はみ出た配線から、ジジジッと漏電した音が聞こえた。
「ここまでだな。これで貴様も終わりだ緋狼──伝説の凶手も終わる時はあっけないもんだなぁ」
「……」
「何か言い残すことはあるか?」
「言い残すことなんてないな。俺は死なない、死ぬのはお前たちだ」
敵は未だ無傷、自分は満身創痍で片腕が使えない。そんな絶望的な状況の中、フェイは取り乱すことはなかった。
ただ刺すような目で藤木を見ている。
それに気圧されたのか、一瞬藤木の顔が引きつる。
「最後までムカつく野郎だ──ブライアン、そいつを殺せ」
「
ブライアンが拳を振りかぶる。
それはフェイの頭蓋を粉砕せんと振り上げられた戦槌。あれが振り下ろされた時、フェイの命運は尽きるのだ。
極限状態の中、フェイは頬を吊り上げる。
それは命の奪い合いに興じる肉食獣の笑み。
「──それを待ってた」
フェイはこれまでの戦闘から、ブライアンの攻撃を読んでいた。
その速さ、そのタイミングを完全に見切ったならば、攻撃を躱すなど容易なこと。
動いたかどうか分からない程わずかに、フェイは横へ体を捌いた。そのズレにブライアンは気付かない。
故にブライアンの渾身の一撃は虚しく空を切る。
「⁉」
「何だと⁉」
ブライアンと藤木は信じられないものを見たように瞠目。
その一瞬の隙を突いて、フェイは左手を突き出した。さして速くない掌打がブライアンの右首筋──装甲がはげて剥き出しになったプラグに当たる。
刹那、バチっと火花が散った。
「──────ッ!」
声にならない悲鳴を上げて、ブライアンが倒れた。完全に失神している。
藤木は開いた口が塞がらない。
「野郎……壊れて漏電した腕をスタンガンにしやがったのか……!」
絶体絶命の状況でフェイがしたのは、壊れた腕を庇って戦うのではなく、壊れた腕を武器にすることだったのだ。
発想がずば抜けている。
とても常人の考えの及ぶところではない。
「俺はガキの頃から義体を使い慣れている。経験の差が出たな」
フェイは酷薄に笑う。
それは狼が獲物を見る目だ。
「サイボーグの強さは確かに義体の性能に寄るところが大きい。だがその義体を操るのは人間だ──最後の勝負を決めるのは機械の性能じゃなくて人間なんだよ」
「ぐ……」
藤木は何も言い返せない。
醜く顔を歪めて歯噛みする。
その顔が意味するところは焦燥か、屈辱か、憤怒か。
藤木はフェイの左腕を見やる。スタンガンの代わりに使うという無茶をしたので、完全に壊れていた。全く動かずに肩から垂れ下がっている。
フェイは左腕が動かない。使えるのは右腕だけ。
頭部は生身の人間と変わらない──頭に一発ぶち込めばいい! 今なら緋狼の防御も万全じゃない。今ならやれる──一瞬で藤木の脳裏に思考が駆け巡る。
「死ねぇぇ!」
懐から拳銃を抜くと同時に発砲。
しかし銃弾は虚しく空を切る。体捌きだけでフェイは弾丸を避けてみせたのだ。
「殺気が見え見えだ。来ると分かってる弾なんて、当たるわけがないだろう」
藤木は青ざめる。
たかが片手が使えない程度で、フェイの戦闘能力は落ちない。やはり伝説の凶手・緋狼は化け物だ。
「──クソがぁぁぁぁ!」
半狂乱になって藤木は拳銃を乱射。
フェイは頭部に飛んでくる弾を全て躱しながら藤木に肉薄。
「終わりだ」
至近距離に踏み込むと同時に拳銃を払いのけながら、肘を前に突き出して頂肘──肘を使った体当たりを藤木の胸に叩き込んだ。
全体重を肘の一点に集約させた危険な技──それをサイボーグが使ったらどうなるか?
「がは……っ‼」
藤木は想像を絶する衝撃を受けて吹き飛ぶ。
肋骨は砕けて肺腑を抉り、心臓が破裂。
見るも無惨な姿に変わり果てて、藤木は絶命した。
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