第5話 そこでのたうち回っていろ
「どうやってここが……」
「俺らの情報網を舐めちゃいけねぇぜ。それらしい目撃情報を貰って、何日かここいらを張ってたんだ──ようやく見つけたぜ」
(数日間この辺りを張ってたのか……?)
フェイは訝しむ。
組員の面子を潰された報復にしては、やけに力が入っている。
「ユズにはやってもらう事があるからな、今日こそ来てもらう」
葛西はギラついた目で柚香を見やる。
柚香は身を竦ませて、フェイの陰に隠れた。
フェイは肩を竦める。
「なんだ、また気絶しに来たのか?」
フェイの挑発に葛西は青筋を立てるが、激昂したりはせず、パチンと指を鳴らした。
それを合図に建物の陰からぞろぞろと男たちが出てくる。葛西も含めて計五人。全員見るからに堅気ではない。
葛西の仲間か。
という事は栖鳳会の組員かその関係者。そして、
「みんなサイボーグ……」
柚香はゴクリと唾を飲み込む。
葛西は言わずもがな、他の男たちも皆手足を機械に──鉄の凶器に変えている。威嚇するように上着やズボンの裾を捲り、メタリックな輝きを放つ義肢を露出させている。
サイボーグ数人に囲まれた。
絶望的な状況に柚香は肝を冷やす。
「この前のようにはいかねぇぜこの野郎」
シャドーボクシングの要領で、葛西は義手でパンチを繰り出した。軽い動作とは不釣り合いな風切り音。
義手の動作速度が明らかに速い。
「違法改造した義手──いや」
「横流しされた軍用規格の義手だ。パンチ一つで銃弾並みかそれ以上の破壊力がある」
人ひとりに制裁をするには、過剰な武器だ。
どうやら葛西は、フェイを徹底的に叩きのめした上で殺したいようである。
「こいつでテメェの脳ミソをぐちゃぐちゃにするのが、楽しみで仕方ねぇぜ」
葛西が下卑た笑みを浮かべ、周りの男たちも釣られて笑う。
しかしフェイは平然としていた。
慌てるでもなく、冷めた目で葛西たちを眺める。
「女ひとり攫うのにこれだけ頭数揃えないと動けないか? 情けない奴らだな」
フェイが放った文言は、静かだが辛辣だった。
瞬く間に葛西たちは怒り狂う。
「っの野郎!」
「イキッてんじゃねーぞテメェ‼」
葛西も顔を真っ赤にして、肩を震わせた。
抑えていた怒りが、頂点に達する。
「舐めんじゃねぇ……舐めてんじゃねぇぞコラァァッ!」
葛西が吠えた。
それが合図となって、男たちが一斉に群がる。
柚香に手は出さないだろう──フェイはそう判断した。持っていたレジ袋を置くと、柚香を巻き込まないよう前に出る。
真っ先に葛西がフェイに襲い掛かった。
先ほど見せびらかした自慢の軍用規格義肢で殴りかかる。しかしどうした事だろう。フェイはあっさりと砲弾にも等しいパンチを避けた。
手さえ使っていない。
足捌きと体捌きだけで、フェイは葛西の攻撃を避けて見せた。
葛西はあっけに取られる。
まさか躱されるとは思っていなかったのだろう。呆けた顔をしていたが、すぐに気を入れ直す。
「何やってんだ。誰でもいい、そいつをぶっ殺せ!」
他の男たちもフェイに襲い掛かる。
ある者は義手によるパンチ、ある者は義足によるキックで、フェイを縊り殺そうと攻撃を仕掛ける。
四方八方から飛んでくる攻撃の数々、だがそのどれもがフェイに当たらない。
葛西は唖然とした。
なぜフェイに自分や仲間の攻撃が当たらないのか、全く理解できないのだ。
「何で当たンねぇんだよ! こっちは軍用規格の義体を使ってんだぞ、パンチの速さは0.1秒以下だ──なのに何で当たらねぇんだ⁉」
人間の反応速度の限界は0.2秒だと言われる。
脳が何かを認識し反応を起こすまでの速度は、どれだけ訓練してもこれ以上速くはならない。
だというのに何故フェイに攻撃が当たらない?
これは何かの間違いだ──なおもガムシャラに突き蹴りを繰り出す葛西たち。しかし涼風でも吹くかのような軽やかな動きで、フェイはそれらを全て躱して見せた。
「そんな気配が丸見えの攻撃なんて当たらんよ」
事もなげにフェイはそう言った。
「気配だぁ?」
「突こうと思えば肩が動く、蹴ろうと思えば軸足に体重が乗る、前に出ようとすれば体軸が傾く──これから出す攻撃を一々予告してるようなもんだ。どれだけ攻撃が速くても、それじゃ当たらない」
「──!」
言いながらもフェイは半歩下がった。
それを後追いするかのように、横合いからパンチが飛んでくる。
それを目の当たりにして葛西は愕然とした。葛西とその仲間たちが攻撃を出そうと思った時には、既にフェイは避ける動作に入っている。
攻撃を出したその時には、もうフェイは攻撃が当たらない位置に移動している。だから自分たちの攻撃は当たらないのだ──それを葛西は身をもって理解した。
「おまけにお前たちは義体の力に頼り過ぎだ。両手両足で計四本あるうち、機械化した手足一本でしか攻めて来ない──これ程読み易い攻撃もないな」
葛西は屈辱に顔を歪めた。
言わせておくのか。こんなヘラヘラした優男に、こうもコケにされて黙っているのか。
それは面子が許さない。
葛西にとって、これ以上の侮辱は断じて許容できるものではない。
「ざっけんなクソがぁ!」
「きゃっ」
懐からバタフライナイフを取り出す葛西。柚香に掴みかかると、ナイフを突き付ける。
「動くな。でねぇとこの女をぶっ殺すぞ」
「……」
フェイの表情が険しくなった。
「お前に柚香を刺せるのか」
「何?」
「どういう理由があるのかは知らないが、お前たちの狙いは柚香を殺さずに捕まえる事だろ。でなきゃこんな襲い方はしない」
フェイは冷静だった。
射抜くような視線を葛西に向ける。
「──うるせぇ! そのスカした面と物言いがイラつくんだよ‼」
バタフライナイフを握る手が、ブルブルと震える。
葛西のフラストレーションは限界に達していた。
「ああ確かに俺たちは、柚香を殺さずにとっ捕まえろって言われてる。けどな、逆に言えば殺さずにとしか言われてねぇんだ」
バタフライナイフの腹で柚香の頬を撫ぜる葛西。
「こいつを傷物にしてやんのなんて簡単だぜ」
「ひっ……」
思わず柚香は悲鳴を上げた。
葛西は本気だ。この男は本当に柚香の顔を、ナイフで切り刻みかねない。
フェイの顔がより一層険しくなった。
無言で一歩、葛西に歩み寄る。
「おい、動くなって言ってんだろ」
フェイは答えず、さらに一歩間合いを詰めた。
「動くなつってんだろうが‼」
苛立った葛西がナイフの切っ先をフェイに向ける。
その瞬間にフェイは動いた。さっきまでとは違う疾風のような踏み込みで、葛西との距離を一瞬でゼロにする。
葛西のバタフライナイフが動くより先に、フェイはその刃先を左手で掴んだ。
「なっ⁉」
葛西が目を剥き、そして苦悶に顔を歪める。
フェイは内懐に深く踏み込んだ反動を利用し、右のボディブローを思い切り叩きつけた。インパクトの瞬間、拳が葛西の胴体をえぐるようにめり込む。
葛西はボディブローを喰らった余勢で、身体が浮き上がった。
「が…………ぁ!」
くぐもった呻き声を上げて、葛西は倒れた。
腹を殴られた痛みが余程酷いのか、陸に打ち上げられた魚のようにバタバタともがき苦しんでいる。
頭部への打撃と違って、腹を殴られて倒れても気絶しない。意識が残っている分、痛みを味わい続ける事になる。正に地獄の苦しみだ。
「そこでのたうち回っていろ」
フェイはそれを意図して腹を打った。
背中に柚香を庇うようにして立ち、葛西とその仲間たちを冷たい目で睥睨するフェイ。
「柚香に手を出すのなら容赦はしない──選べ、地べたに這いつくばるか、それとも尻尾を巻いて逃げるか」
「……!」
視線だけで人が殺せそうなほど、フェイの眼光は冷ややかで鋭い。まるで抜き身の刀のようだ。
手を出せば容赦なく斬られる──それを取り巻きの男たちも肌で理解したらしい。
恐怖で顔を引きつらせ、悲鳴も捨て台詞もなく男たちは一目散に逃げ出した。
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