第4話 探したぜ

 二人が新しい部屋で過ごすようになってから、一週間が過ぎようとしていた。


「うーん、今日も美味しい!」


 フェイの作った夕食を頬張りながら、柚香は目を細める。

 あれから特段の事件は何も起きていない。ただ平穏で、怠惰な日々を二人は送っていた。 柚香は本当に部屋から一歩も出ず、食事の時以外はずっとパソコンをいじっている。何でもネットビジネスをやっているとかで、それが結構な収入になっているらしい。


「ご馳走様」


 柚香が食べ終わると、フェイが後ろに回って肩を揉む。


「今日も一日お疲れ様」


 これが最近の日課になっている。


「ああ〜良い……あ、そこ! そこ強く!」

「……肩を揉んでいるだけなのに、卑猥に聞こえるのは気のせいか?」


 フェイの疑問符を聞き流し、柚香は挑発するように悶える。 


「ご飯作ってくれて、掃除してくれて、マッサージもしてくれるとか──フェイを拾ってホント良かったわ」

「喜んでもらえたようで良かったよ」

「フェイの方は順調なの?」

「カードの再発行の申請が通ったよ。次の仕事はまだだけど」

「そっかぁ」

「何か嬉しそうに聞こえるんだが」

「気のせいじゃない?」


 と言いつつも、柚香の声は弾んでいる。

 少しでも長くフェイがいるなら、喜ばしいと思っているのかもしれない。

 何となしにテレビを点けると、ニュース番組が流れていた。  


「うわ、何これ」


 柚香が顔をしかめた。

 画面には『テロ組織「義体の暁」が娯楽施設をジャック』『奇跡的に犠牲者はゼロ』という見出しがデカデカと出ている。

 どうやらサイボーグの集団が、人権を訴えてテロを起こしたらしい。


「ホント最悪ねぇ……」


 不快感を露に、柚香は呟く。


「柚香ってサイボーグ嫌いだよな」

「サイボーグなんて大ッッッ嫌い! あんなのは人間の形をしてるだけの屑よ!」


 吐き捨てるように言う柚香に、フェイは呆気に取られる。

 柚香もハッと我に帰ると、バツが悪いようにそっぽを向いた。 


「ごめん、大きな声出して」

「いや……」

「ほら葛西もそうだけどさ、アタシが会ってきたサイボーグって、ホントに最悪なのばっかりだったから……ついね」

「……なるほどな」


 サイボーグに対して、思うところがあるのだろう。


「あー何か気分良かったのに、テンションだだ下がりだわ……アタシお風呂入ってくるね」


 柚香は席を立つとバスルームに向かう。


「あっそうだ、フェイ。アタシがお風呂入ってる間に、部屋の掃除しといて」

「いいのか俺が入っても」

「別にいいよ。ブラもパンツも洗濯させてるんだから、もう見られて困るような物ないし」

「……少しは困れよ」


 フェイの小言を柚香の背中は受け流す。

 やれやれとフェイは肩を竦めた。

 この一週間、一度も立ち入らせなかった寝室の掃除を任されたという事は、かなり気を許してくれるようになったようだ。


 フェイは柚香が寝室にしている個室に踏み入る。中はベッドと床に脱ぎ散らかした服や、食べ終わったお菓子の袋が散乱していた。


「よくこれだけ散らかった部屋で仕事ができるな……」


 パソコンの置かれたデスクの周りだけは、綺麗にしてある。

 必要とあらば片付けもするが、不必要なら全く片付けられない──そんなところか。柚香は両極端な性格をしているようだ。

 と、眺めていても部屋は片付かない。

 サッサと終わらせようと、フェイは手を動かす。ゴミは分別してゴミ袋へ、散らかった服は洗濯かごに放り込む。


「ん?」


 散らかった物の中から、フェイは小さな手帳を発見した。

 合成皮革のカードサイズの手帳。

 パラパラと中をめくると、小さな顔写真が付いている。


(これは……)


 フェイが手帳を眺めていると、後ろから足音が聞こえてきた。


「どう? 掃除終わった」

「ほぼほぼ」


 答えながら、フェイは咄嗟に見つけた手帳をポケットにしまった。


「ありがとねー」


 ハーフパンツに緩いTシャツという格好の柚香が、ゴロンとベッドに寝転ぶ。


「一緒に寝る?」

「遠慮しとくよ」


 からかうように言う柚香の誘いを軽く流して、フェイは寝室から出て行く。

 そんなフェイを見て、柚香はつまらなそうに頬を膨らませた。


「……ねぇフェイ、明日って買い物行く?」


 このところ食材や日用品の買い出しは、二~三日に一回の割合で行っている。用心を重ね、フェイもあまり出歩かないようにしていた。


「今日で買いだめした食材も尽きたからなぁ……うん、行くよ」

「行く時になったら教えて」

「なんで?」

「アタシも行くから」

 



 翌日。近所のスーパーマーケットに二人は来ていた。


「──しばらく外出は控えるんじゃなかったのか?」

「いいじゃん別に。部屋に籠ってるのも、そろそろ飽きてきたし」


 いつものダメージ加工の入ったシャツとホットパンツという露出の多い格好で、フェイの隣に立つ柚香はとても目立つ。


「この一週間、何も起きなかったでしょ。警戒しすぎてたんじゃない?」


 しかし当の本人に、目立っているという自覚はないようだ。


「まぁヤクザも暇じゃないし、アタシみたいな小娘いつまでも追いかけないでしょ」

「だと良いがな」


 ちょっと気が緩んでいるような気もするが。

 二人でスーパーマーケットを周る。一つひとつ商品を取る度に、


「それ買うんだ」「こっちの方が良くない?」「ねぇ、コレも買ってこう」


 柚香が何かしら口を挟む。

 それが母親にじゃれつく子供のようで、少し可笑しい。

 必要性のある会話ではなく、コミュニケーションをとる事が目的の、中身のない会話だ。


「あとアレも買ってこうよ」

「はいはい」


 楽しそうに喋る柚香に釣られて、フェイも頬が緩くなる。正直に言えば、フェイもこの時間を心地よく感じていた。

 ついつい買い物の時間は伸び、カゴの中は山盛りだ。


「これ全部買って帰るのか……」

「いいじゃん。フェイ、力強いし」


 フェイは細身なのだが、見た目よりずっと膂力がある。


「いいけどさ……冷蔵庫に入り切るか……?」 


 フェイは会計を済ませ、レジ袋に商品を詰めていく。

 パンパンになったレジ袋の重さを感じながら、フェイは柚香を連れだってスーパーを出た。

 何という事のない、普通の日常。

 フェイは穏やかな日々の幸せを噛み締める。


 しかしその幸福は、いとも簡単に断ち切られる。

 マンションへ戻る途中、大通りから細い通りへ入った時、


「よう」


 横合いから行く手を塞ぐように、一人の男が出てきた。

 着崩した派手なスーツに、ジャラジャラと付け過ぎたアクセサリー。その姿を見間違えるはずもない。


「──葛西」

「探したぜぇ、ユズ」 


 葛西はニタリと笑った。

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