59話 熱中症
そんなこんなで時は進み、お昼を迎えた俺たちは何か適当に外で食べてこようかと思っていたのだが、母さんが気を利かせて雪菜さんの分の昼食も用意してくれるというので、それが出来るのを今か今かと待ち侘びていた。
が。
「ちょ、ゆ、雪菜さん!?」
「ふふ、なぁに?」
そんな最中、俺は雪菜さんにがっつりハグされていた。
というより、甘えられていた。
当然、今この場に姉さんの姿は無い。
母さんを手伝うため一階に下りてしまったからだ。
なのでこんなことが出来ているわけだが……。
「い、いきなりどうしたんですか……? な、なんかいつもより激しさが……」
「あら、何もおかしいことはないでしょう? だって私、もうあなたの女なんだから」
「えっ!?」
そう熱っぽい視線を向けてくる雪菜さんに、俺は「い、いや、あれは……」と辿々しく告げる。
「た、たまたま台詞を間違えただけで……」
「そうね。でも私、もう受け入れちゃったから無理よ」
「いや、〝無理よ〟って……」
「ほら、えっちな漫画とかでよくあるでしょ? 〝子宮が降りてきちゃってる〟みたいな?」
「え、ええ、ありますね……」
問題は何故それを雪菜さんが知っているのかということなんだけど、そういえば前に〝いっぱい勉強した〟って言ってたっけか……。
「私ね、今まさにそんな感じなの。これは困ったわ。ちょっと抑えられないかもしれない……」
――ぎゅ~っ。
「ちょ、ちょちょちょっ!? ゆ、雪菜さん!?」
さらに強く抱きついてくる雪菜さんに俺があたふたしていると、彼女は「ねえ」と懇願するように言った。
「嘘でもいいから私のことを〝好き〟って言って」
「えっ?」
「お願い。今日はそれで我慢するから」
「え、えっと……」
「お願い……」
「……分かりました」
まあそれで納得してくれるならと思い、俺は呼吸を整えてから雪菜さんを優しく抱き返して言った。
「好きです、雪菜さん」
「嬉しい……。私もあなたのことが大好きよ、弟くん……」
――ぎゅ~っ。
「……っ」
た、耐えろ俺……っ。
これで今日は満足してくれるんだからもう少しだけ耐えるんだ……っ。
そう気合いで欲望に抗い続けていた俺だったのだが、
――ちゅっ。
「――っ!?」
「……ごめんなさい。やっぱり我慢出来なかったみたい……」
不意打ちキスの上にめちゃくちゃ可愛い顔でそんなことを言われてしまい、ぼんっと思考回路がショートしてしまったのだった。
◇
「え、熱中症!? まだ春なのに!?」
「ええ、そうみたい。だからお膝を貸してあげていたの」
ぱたぱたと俺をノートで扇ぎながら言う雪菜さんに、姉さんが「えぇ……」と困惑したような声を出す。
「てか、鼻血まで出たの……? なんか両方の穴にティッシュ詰まってるけど……」
「ええ、そうなの。ほら、こういう時って放熱のために血管が拡張するから」
「な、なるほど……。まあでもそういうことなら水分摂った方がいいし、あたしちょっとスポドリ持ってくるね」
「ええ、お願い」
どたどたと足早に部屋を出て行く姉さんを見送った後、雪菜さんが俺の頭を撫でながら言った。
「上手く誤魔化せてよかったわ。でもひよりには悪いことをしたわね」
「いえ、まあある意味熱中症みたいなものなので……」
「ふふ、そうね。でも私、今とっても幸せよ」
「えっ?」
「だって大好きな弟くんに〝好きだ〟って言ってもらえたし、壁ドンやハグもしてもらえたんだもの。それに二回目のキスだって出来たわ。だからとっても幸せ」
「え、えっと……それはその……よかった、です……」
俺が恥じらいを隠すかのように視線を逸らしていると、雪菜さんがふふっと笑いながらスマホを取り出して言った。
「ちなみにね」
――ぽちっ。
『――好きです、雪菜さん』
「ちょっ!?」
「これは毎日寝る前に聴かせてもらうから」
「い、いやいやいやいや!? てか、なんで録ってるんですか!?」
がばっと慌てて上体を起こした俺に、雪菜さんは「え、だって……」と可愛らしく上目を向けて言った。
「また言ってくれるかどうか分からないし……」
「い、言いますよ!? 言いますからそれは消してください!?」
「……本当に? 本当に〝愛してる〟って言ってくれる……?」
「え、ええ。約束しますからそれを早く……って、うん? あれ……?」
愛してる……?
「ふふ、約束よ? 次からは〝愛してる、雪菜〟でお願いね、弟くん」
「……」
は、嵌められたー!? と俺はすこぶるショックを受けていたのだった。
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