58話 壁ドン3


 危うく無限地獄に落とされかけたのはさておき。



「さて、これで準備はばっちりね。じゃあ本番を始めましょうか」



「いや、ばっちりも何もまだ雪菜さんとは何もしてないんですけど……」



 再び壁際でスタンバっている雪菜さんに、俺はそう半眼を向ける。


 だがすでに焦らされまくって我慢が出来なくなっているのか、雪菜さんは「大丈夫よ」と微笑んで言った。



「私、弟くんなら出来るって信じてるから」



「いやいやいや……」



 今までの何をどう見たらそんな物語終盤のヒロインみたいな顔が出来るのか……。



「大丈夫。あたしも信じてるわ」



「……」



 そして姉さんはもうあれだろ。


 ただ壁ドン見たいだけだろ。


 これだからアオハルかぶれは……、と嘆息しつつ、俺も再び雪菜さんの前に立つ。


 すると。



「……いいわ。来て」



「いや、なんですかそのポーズは……」



 まるでベッドにでも押し倒されたかのようなポーズをとる雪菜さんに、俺は半眼で突っ込みを入れる。


 なんかこのまま壁ドンしたら唇を奪われた挙げ句、逆にベッドに押し倒されそうな気がしているのだが大丈夫だろうか……。


 いや、まあ姉さんもいるし大丈夫だとは思うんだけど……。



「いえ、この方が弟くんもヤる気が出るかなって」



「あの、なんか今、字がおかしかった気が……」



「気のせいよ。それより早く来てちょうだい。今日はタイミング的にもばっちりな日だから」



 なんのタイミングだろう……、と呆けつつも、俺は意を決して左手を振り上げる。


 が。



「あ、ちなみに一応彼氏役なのだから〝さん〟付けはなしにしてね」



「えっ?」



 いや、それを今言うの!?


 ちょ、ど、どうすれば!? と困惑するものの、ここまで来た以上仕切り直すわけにもいかず、俺は(ええい、ままよ!)と振り上げた左手を勢いよく突き出す。



 ――ドンッ!



 そして何も考えずに雪菜さんの顎をクイッと持ち上げ、もうどうにでもなれとばかりに勢い込んで言った。



「――俺の女になれ、雪菜」



「!」



 ……って、あれ?


 せ、台詞間違えたあああああああああああああああああああっ!?


 がーんっ、と内心すこぶるショックを受ける俺だったのだが、



「……はい。なります……」



「!」



 何故かいつもよりもしおらしい感じでそう答える雪菜さんに、思わず面を食らっていた。


 え、なんでそんな視線逸らしちゃって恥ずかしそうなの……?


 てか、なんだこの空気……。


 なんかちょっと変っていうか……。


 え、あれ……? と俺も雪菜さんのことを直視出来なくなりつつあった――その時だ。



 ――ウ~~~~~~~~~~~~!



「「――っ!?」」



 唐突に鳴り響いたサイレンの音に、俺たちは揃って何ごとかと音のした方を見やる。


 すると、そこには頭にちょこんっと赤色灯を載せながら、半眼で手回しのサイレンを鳴らしてる姉さんの姿があったのだった。


 いや、だからそれは一体どっから持ってきたんだよ……。



      ◇



「というわけで、照は死刑です。罪状はなんかお姉ちゃん的に見ていられなかったからです」



 ――ちーんっ。



「酷い理不尽!? てか、そんな理由で人を死刑にするんじゃねえよ!? あと一々おりんを鳴らすな!?」



 ――ちーんっ。



「そして返事をおりんでするな!?」



 まったく何考えてんだこのアホ姉は……、と小さく嘆息しつつ、俺は「雪菜さんからも何か言ってやってください……」と彼女の方を見やったのだが、



「え、ええ、そうね。その……ごめんなさい、ちょっと聞いていなかったのだけれど、子どもは三人くらいがいいんじゃないかしら?(ぽっ)」



「本当に何も聞いてないじゃないですか……」



 まさかの反応にがっくりと肩を落としていたのだった。



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