57話 壁ドン2


「はい! そんなわけでぱいドンは禁止! さっさと壁ドンの練習をするわよ!」



 そう大きく慎ましやかな胸を張るのは、もちろん姉さんである。


 あれからしばらく干物みたいになっていたのだが、甘いホットミルクで完全復活を果たしたのだ。


 というわけで、姉さんが鼻下にミルクの筋を髭のようにつけながら続ける。



「あたし、前にドラマで見たから分かるんだけど、壁ドンってただドンするだけじゃダメだと思うの。やっぱこうきゅんきゅんするような台詞があってなんぼなのよ」



「きゅんきゅんするような台詞……」



 いや、まあ確かにドンしたあとって大体キスするかかっこいい台詞言うかの二択だからな。


 もちろんキスなんて出来るわけがないので、台詞になるのは自然な流れだと思うのだが……。



「……で、その肝心の台詞は?」



「うーん、顎クイしながら〝お前は俺の女だ〟とか?」



「出来るか!? なんで余計な動作が増えてんだよ!?」



〝顎クイ〟とか壁ドンより難しいわ!?


 陰キャの手に負える代物じゃねえよ!?


 いや、壁ドンもなんだけど!?



「あはは、冗談だって。お姉ちゃん、そんな照見たくもないし」



「〝見たくもない〟は言いすぎだろ。可愛い弟は泣きそうだよ」



「だからごめんって。ねえ? 雪菜」



 が。



「――いえ、その案で行きましょう。むしろそれ以外ないわ」



「……えっ?」「……」



 何故かめちゃくちゃ前向きな雪菜さんに、姉さんは笑顔のままぱちくりと目を瞬き、俺は半眼になっていたのだった。



      ◇



 というわけで、最難関クエスト《壁ドン顎クイ俺のものになれよ》をすることになってしまった俺だったが、当然そんなものをいきなりぶっ続けでなど出来るはずもなく、とりあえず一つずつ工程を踏んでいこうということになったのだが……。



「じゃあまずは台詞からにしましょうか。たぶんそれが一番簡単だと思うし」



「いや、まあそうなんですけど……」



 一番簡単なやつでマストダイレベルっていう……。



「え、えっと、まずは姉さんで練習しちゃダメですかね……?」



「ごめんなさい、それはちょっと……」



「いや、なんで姉さんが断ってんだよ……。しかも傷つくくらい素のお断りじゃねえか……」



 ちょっとマジ無理みたいに顔を引き攣らせている姉さんに、俺が抗議の半眼を向けていると、彼女は「いや、だって……」と相変わらず引いたような顔で言った。



「照が真顔で〝お前は俺の女だ〟とか言ってくるんでしょ……? なんかお姉ちゃん、反射的にビンタしちゃいそう……」



 え、酷くない?


 そんな即ビンタするような事案じゃないだろ。


 ……。


 いや、よくよく考えたら事案だったかもしれん……。



「まあ待て、姉さん。考え方を変えるんだ。子どもがよく言う〝お姉ちゃんはボクのだもん〟みたいに思えばいけるはずだ」



「お姉ちゃんはボクのだもん……」



 う~ん……、と難しい顔で腕を組むこと数秒ほど。


 顔を上げた姉さんは、「なんか……」と複雑そうな顔でこう言った。



「何度考えてもショタ照がおっぱいから離れないイメージしか出てこないんだけど……」



 ショタ照……。



「あら、可愛いじゃない。きっとひよりのことをママだと思っているのでしょうね」



「え~、そうなのかなぁ~」



「ええ、きっとそうよ。でもそう考えれば弟くんに何か言われても大丈夫なんじゃないかしら? ただ甘えてるだけなんだし」



 雪菜さんにそう促された姉さんは、「……なるほど。そう言われたらなんかイケそうな気がする!」と大きく頷いて両腕を開いた。



「というわけで、さあ! ママに言ってごらん!」



「いや、ママって……」



 なんだこの状況……、と半眼を向けつつも、言わないと話が終わらなそうなので、俺は一つ咳払いをして言ったのだった。



「――ひより、お前は俺の女だ」



「ごめんなさい、それはちょっと……」



「……」



 え、なんなのこれ?


 無限ループなの?



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